民の声(たみのこえ)
学校と光に照らされた広場を見て回った後、
リサンドラはふと足を止めた。
「アンブラの統治者よ。」
彼女は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「あなたの人々と話がしたい。」
「何の目的で?」
すかさずレイナが警戒の眼差しで問う。
「私の目に映るものが、ただの見せかけではなく、
真実かどうかを確かめたいのです。」
ハルトは数秒間、沈黙のまま彼女を見つめた。
やがて、静かにうなずいた。
「話すといい。アンブラが輝いているのは、
俺一人の力じゃない。
変化を信じ、選んだ人々がいるからだ。」
リサンドラは市民の集まりへと歩み寄った。
そこには:
・労働に染まった手を持つ年老いた女性
・煤にまみれた若き鍛冶屋
・二人の幼子の手を引く母親
リサンドラは優雅な所作で彼らを見渡し、問いかけた。
「あなたたちは、本当にこの男を信じているのですか?
ハルトという名の統治者を。」
老婆は、ためらいもなく答えた。
「以前は、誰も私たちの声を聞かなかった。
今は……声を持てるのです。」
若い鍛冶屋は、手にしたハンマーで地面を軽く叩いた。
「昔は、貴族たちを肥え太らせるために働いていた。
今は、自分たちの未来のために働いている。」
母親は、子どもたちをぎゅっと抱きしめて言った。
「この子たちが読み書きを学べるようになった。
それだけで、私は彼に忠誠を誓えます。」
その瞬間、子供たちが笑いながら叫んだ。
「ハルト様ーっ! ハルト様ーっ!」
リサンドラは黙ったまま立ち尽くした。
彼女が期待していたのは、
少しの迷い、愚痴、不満――「綻び」だった。
だが、そこにあったのは真実だった。
それは恐れからの服従ではなく、心からの感謝だった。
その様子を遠巻きに見ていた女王の随行員たちも、
ざわめき始めた。
一部のアステリオン兵士たちはささやいた。
「こんなに統治者を誇りに思っている民……見たことがない。」
リサンドラは深く息を吸い込み、
ハルトの方を向いた。
「鎖なくして人を従わせる。
……それは、どんな軍隊よりも危険な力。」
ハルトは落ち着いた声で答えた。
「だからアンブラは、そう簡単には倒れない。」
その日の夕方、彼らが屋敷に戻った後も、
リサンドラの心は揺れていた。
――この男を、同盟と約束で従わせることができるだろうか?
それとも……この『灯火』が大陸を燃やす前に、消さねばならないのか?
一方その頃、ハルトはワースたちを見ながら思っていた。
『もう彼女が何を企もうと関係ない。
アンブラには、俺のかつての世界に無かったものがある。
――“自分たちを信じる民”が、ここにはいる。』
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