焚き火の下で──お姫様たちの初夜
第○章 ― 火と沈黙の夜
太陽がゆっくりと森の中の空き地を照らしながら沈んでいく。
ハルトは、四人の少女たちの前に小さな袋を放り投げた。
「今夜はここで寝てもらう。魔法はなし。手助けもなし。贅沢も当然なしだ」
少女たちの表情が一変する。
レイナは腕を組んでふてくされたような目。
マリは視線を下げて周囲を冷静に観察。
アイコはその場に座り込みそうなほど疲れきっていた。
そして――リカだけが笑っていた。まるで、「もっと面白くして」と言わんばかりに。
その時、ルナが背後から現れ、乾いた枝や樹皮を抱えていた。
「これを集めなさい。火を起こすための最低限よ。私は夜通し付き合うつもりはない」
「あなた……助けてくれるの?」
マリが問う。
「そうね。けど、勘違いしないで。私は人を導くタイプじゃない。例外は……ハルトだけ」
ハルトが振り返り、腕を組んだ。
「その前に、一つだけ聞く」
「そのデバイス――どこで手に入れた?」
その瞬間、四人は動きを止めた。
マリは黒い結晶が埋め込まれたブレスレットを、
レイナはボタン付きのコンパクトミラーを、
アイコは小型の折り畳み型通信機のようなものを取り出した。
「次元融合技術よ。『プログラム』の担当者がこっちに来る前に渡してきたの」
ハルトの眉が僅かに動く。
「……プログラム?」
「あなた、知らないのね」
静寂。
リカが木にもたれかかりながら、通信機を指で弄ぶ。
「私たち、みんな同じ方法で来たわけじゃない。この世界に来る前に……“指示”を受けた子もいるのよ」
そう言って、リカは通信機を地面に投げつけた。
「けど見ての通り。ここじゃ全部、機能しない。まるで、この世界自体が拒んでるみたい」
ハルトとルナが静かに目を合わせる。
「……想像していたより、ずっと大きな話かもしれないな」
夜が落ちた
ルナは無表情のまま、火起こしの方法、風向きの読み方、安全な場所の見極めを淡々と教える。
少女たちは不器用ながらも試してみた。
アイコは煙に泣きながら咳き込み、
レイナは「汚い棒なんて使えるか」と文句を言い、
マリは理屈で何とかしようとし、
リカだけが――誰の手も借りず、火花を生み出した。
「火がつけられるとは思わなかったわ」
ルナが腕を組みながら言う。
「あなたが人間と会話できるとは思わなかった」
リカが半分笑いながら返す。
ルナは何も言わず、踵を返して丘へ戻っていった。
丘の上
ハルトは無言で下を見つめていた。
「どうだった?」
ルナが隣に立つ。
「……ほとんどは迷子だ。一人だけ、光ってる」
「リカね。……でもまだ信用できない。不安定すぎる」
「それは全員そうだろ。この世界が変えるまではな」
深夜
唯一、生きた火を保っていたのは――リカだけだった。
他の三人は寒さや不快感に耐えながら、ぐっすりとは程遠い眠りに落ちていた。
リカは立ち上がり、静かに丘へ向かった。
「……寝ないんだね、あんた」
「疑問があるときは寝ない主義だ」
「それ、私たちのこと? それとも自分自身のこと?」
ハルトは無言のまま彼女を見つめる。
リカは火に枝をくべながら呟いた。
「ここに来て、初めて“本物”を感じた。あっちの世界は、白い壁と偽りの約束ばかりだった」
「……それで、なんで来たんだ?」
「誰も、『行くな』って言わなかったから」
朝
朝日が静かに差し込む。
少女たちは疲れ切った顔で目を覚ます。寒さに震え、食欲もなければ笑顔もない。
最初に降りてきたのはルナだった。
リカの前に立ち、じっと火を見つめる。
「まだ起きてたのね」
「火がある限り……生きてる証明になる」
最後にハルトが降りてきた。
「……よく生き残ったな。いや、正確には……なんとか、だが」
「当たり前でしょ。ここ、衛生的じゃないわ!」
レイナがスカーフで顔を覆いながら叫ぶ。
「データなしでの生存。想定外だったけど……」
マリがぼそりと呟く。
「お湯とベッドが恋しい……」
アイコが涙目でつぶやいた。
「……で、いつから本番なんだ?」
リカがハルトに視線を向ける。
その質問に、ハルトは答えなかった。
ただ――初めて、心からの笑みを浮かべた。
令嬢たちの第一歩──もしかしたら、これは彼女たちにとって「初めての敗北」だったのかもしれない。
次回、初めての戦闘が彼女たちを待つ!
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