壊れたプログラマーと神のコンソール
クリック。カタ。クリック。
その忌々しいキーボードの音は止まらなかった。
誰かが打っているのではない。
俺だ。午前4時26分、8日連続で。
手が震える。
寒さのせいではない。
カフェインのせいでもない。
恐怖のせいだ。止まったら、すべてが崩れる気がして。
プロジェクトは昨日終わっているはずだった。
クライアントは訴訟をちらつかせ、
上司は魔法でも使えって勢いで怒鳴る。
俺は……何も感じなくなっていた。
「もう少し……」
「あとちょっとで終わる……」
「少しだけ寝られる……」
全部ウソだ。
辞めるって言いながら辞めない。
今度こそ上司に言ってやる、なんて口だけ。
バグは6時間じゃ消えない。
画面がちらつく。
心臓も同じように。
エラーの嵐、コードのループ、自己否定のループ。
──そして。
胸の奥がチクッと痛んだ。
呼吸が止まり、視界がぼやける。
カーソルは点滅を続ける。
……俺は、止まった。
気づいたときには、もうオフィスにはいなかった。
真っ白な空間。時も音もない。
でも、不気味だったのは……その静けさじゃない。
目の前に浮かぶ黒いコンソールだ。
《スキルを獲得しました:「編集魔法 – コンソール」》
「……は?」
声が乾いて、空間に吸い込まれた。
自分が生きているのかどうかも分からない。
そのとき、どこからともなく声が響いた。
「お前は死んだ。
だが、お前のコードはまだコンパイルされていない。」
振り返ると、形容しがたい存在が宙に浮かんでいた。
「……神か?」
「俺はこのシステムを維持する者。
そしてお前は、新たな“編集者”となる。」
「編集者……って、何を?」
「この世界『レグノス』のだ。
ソースコードは腐敗し、感情はエラーを起こし、キャラクターは暴走し、魂のない存在が生まれている。
ルート権限を授けよう。そして、コマンドを与える。」
もう一つのコンソールが表示される。
target("Slime").removeSkill("selfDestruct")
「これを実行したら、どうなる?」
「やってみろ。」
タイプして実行した。
目の前のスライムが一瞬光を失い、静かに沈んだ。
スキルは消えた。
もう一行打った。
target("Slime").setEmotion("fear", 1.0)
スライムが震え、角のない部屋の片隅に逃げた。
「……これは魔法じゃない。感情を操作するコード……」
「そうだ。そしてそのコードは、他者を変え、世界を書き換える。」
「もし、俺がやりすぎたら?」
「システムは反応する。
そして今度は、“お前”を上書きする。」
恐れるべきだった。
だが、俺が感じたのは──
……解放だった。
はじめて、誰にも命令されずに
“意味のあるコード”が書けたから。
俺は静かにコンソールを見つめた。
……そして、理解した。
地獄はこの世界じゃない。
あの世界にこそ、あったのだ。
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