09
「やみましたね、いい青色です」
「だな」
「歩くことにも慣れました、でも、久崎先輩的に少し物足りないんじゃないですか?」
彼的には軽くであっても走りたいと思う。
「いや、別に走ることが好きってわけじゃないし、こっちの方がゆっくりできるからいいよ」
「そうですか」
こういうところはまだ足りないという証拠ではないだろうか? こう……なんでもずばっと言ってくれるようになったら仲良くなれたと自信を持って言える気がする。
「最近、授業が始まるとテンションが下がるんだ、授業が嫌いってわけじゃないけどな」
「もう結構暑いからじゃないですか?」
「違うよ、暑がりでも寒がりでもないからな」
だったら……あ、お喋りが好きだからだろう。
どんなにふざける人間だって授業中にずっと喋っておくわけにはいかない、喋ることも可能だけど後の自分に全部乗っかってしまうことになるから一生懸命だ。
まあ、一番は先生が許さないというのが大きいものの、結局は自分のために動いているわけでしかない。
「あとは同じ階に、同じ教室にいないことが気になる」
「ひとみ先輩なら席は離れていてもいますよね?」
「為末は鈍感なのかもな」
最近は私の方からいくようにしているからだろうか。
「ふふ、作戦成功です」
「なんでこうなったんだろうな、普通は為末がそういう風に考えてもやもやするところだろ」
なんでと言われてもそれは私にもわからない、必死にアピールをしたわけでもなく、ただそこに私らしく存在していただけなのだから。
いつでも近いところに魅力的な先輩がいるのに敢えてこちらを選ぼうとするのは元いた土地でさとこではなく私を選ぼうとするのと同じだ。
向こうではそんなおばかな選択をする人はいなかった、だから常にさとこの周りに人が集まった、私をそれを見ていることしかできなかったのに……。
「ひとみ先輩がいる環境に慣れてしまったことが問題だったのかもしれません、麻痺してしまったんですよ」
「ひとみは関係ないよ」
慣れすぎると敢えて逆のことをしたくなったりするのだ。
初めての経験ならわかっていなくてもおかしくはない、この件が終わればきっと戻る。
私と付き合ったら先輩の大切さをやっと思い出せるのだ、そういう点では必要なのかもしれない。
「わっ」
少し前を歩いていたのもよくなかった、普通に怖かった。
引っ張ってきた彼は「引っ張って悪い、だけどそろそろそのひとみのことを出して逃げようとするのはやめてほしい」とこちらに変えてもらいたいみたいだけど……。
「べ、別にまだあの悪い癖が出ているというわけではないんですけど……」
先輩がいてくれることのありがたさがよくわかるようになるとは考えているものの、前ほどは……うん。
それでも続けるということなら、求めてもらえたなら受け入れる……し、私だって余計なことを考えなければ求めてもらえたら嬉しい……しね。
「でも、ここまできても為末の理想は俺がひとみと仲良くすることなんだろ?」
「つ、ついつい考えてしまうだけでいまはそこまででは……」
思い切り矛盾しているけどねっ、でも、やっぱり前とは違うよ。
ここでごちゃごちゃ考えて自らチャンスを潰すのはもったいなさすぎると叫ぶ自分もいる。
「いちいち考えるな、俺と為末の話だろ、ひとみは関係ない」
「難しいですよ」
「為末が俺といたいかどうか、俺が為末といたいかどうか、俺は為末といたいぞ」
「いやだから私だってそうですよ」
「ならそれだけでいいだろ」
いやだから私が必死にアピールをしているだけならこんなことにならなくて済んだのだ、彼も悪い。
だけど主に悪いのはこちら……なのかもしれない、経験がないから変なことをしていたのかもしれない、それが彼からすればもどかしかった可能性がある。
理想は間違いなく彼が動かないことだったけど、相手が未経験だったばかりに動かなければならなくなったということなのだろう。
だってそうでもしないと延々に前に進めないから、私任せにしていたらあっという間に三年生になって、卒業になって離れ離れになってしまうと考えたのかもしれない。
「俺の家にいこう」
「なら私はご飯を作っているところを見ていますね」
「おう」
これでも約束をした十九時までには帰れるから問題はない。
私のお家に来てくれることがなくなってやたらと自分のお家に連れていこうとすることが気になるけどまああれだ、どちらにとっても自宅の方が落ち着けるということだと思う。
一つ言っておくと母がいてもいなくてもやりたいことがあるならやればいいけどね、だってお部屋にいくのだからどっちだって変わらないのだ。
「食べさせてくれないのが残念ポイントです」
「為末の母さんが怖いから無理だ」
「そんなに怖くないですけどね」
ちゃんと連絡をするし、食べないのに作ってしまった、なんてことにはならない。
「家で食べてほしいわね」と外で食べてきたときは言われるものの、そのこと自体が少ないから無問題だ。
だからこれは勝手に彼が恐れてしまっているだけ、母だって彼が来てくれるのを望んでいるからもったいない時間だ。
今度無理やり連れていくことでなんとかするしかなかった。
「まもる、ちょっといい?」
「おう」
おおと期待している内に先輩が彼を連れていってすぐに彼だけ戻ってきてしまった。
今度は不安になって見つめていると「友達に呼ばれただけだぞ」と答えてくれたけどそのまま信じてしまっていいのか……。
「ふぅ、戻ってこられてよかったわ、一緒にいられるのはいいけどまもるとのことでしつこく聞かれて答えるのが大変なのよね」
「うっ」
何故彼といないのか、何故敢えてこちらなのか、……しつこく考えた私に突き刺さる。
相手に言わなかったらセーフかもしれないけど私はそれすらも破っていたわけだから遠まわしに私に言っているようにしか思えなかった。
だけど自由にやられたら不満も吐きたくなるよね、別に彼女が悪いわけではないのだ。
「別になおは関係ないから気にしなくていいのよ」
「だけどほら、為末はそっち側だっただろ?」
そう、彼だって被害に遭ってきたわけだから乗っかりたいよね……。
「最近は違うからいいの、どうせなら私となおのことを聞いてほしいけれどね」
「ひとみって為末のことが好きだよな」
「ええ、好きよ?」
真っすぐな好き発言も効果的だ、なにもかもが違うからこそ、彼女が~とか彼が~とか考えてしまうわけだ。
「こうやって固まるところが可愛いわよね、その間に自由にしたくなってしまうわ」
「待て待て、そうしたら爆発するから俺が守るわ」
「ふふ、そんなに抱き寄せるようにしてまもるは大胆ね? それとも、自由にできるのは自分だけがいいのかしら?」
「そんなのはない、ただ爆発すると来なくなりそうだから止めておきたいんだよ」
うん、そうやってすぐに距離を詰めてしまうことで止めるのではなくとどめを刺していることに気が付かない彼は怖い。
もう嫌だね、これだったらまだなにもなかった頃に戻れた方がいいかもしれない、だっていちいち心臓がうるさいから。
彼らと離れられてもすぐに落ち着かないから心配になるのもあった。
「あら……これは重症ね」
「為末、とりあえず授業が始まるから戻れよ」
ぐっ、自由にやってくれたくせにすぐにこれだから困ってしまう。
ただ、彼らの教室にいくようにしておいてよかったよ、そうでもなければ隣の子に何度も聞かれてそれこそ爆発する。
やっていなくても私の顔とかでわかるのか聞いてくるぐらいなのだ、多少心配してくれているところもあるけど、うん、やはり興味があるのかそっち関連のことばかりだからね。
問題なのは私がどう答えても自由に妄想をして補ってしまうというところ、つまり少し前までの私がいるということだ。
「疲れた……」
もうあそこまで興味があるならお友達になってほしいぐらいだ、でも、結局は勇気が出なくて離れてから疲れたとか呟く毎日になっている。
「体力を残しておいてほしいけどな」
「あなたも原因なんですからね?」
「俺はひとみから守っただろ? だからそれは隣の席の女子のせいだ」
よく知っているのがなんとも……ね。
いつもの悪いところが出たわけではなくてあの子が付いてきてしまったことがあったからだけど……。
「でもさ、俺はずっと為末と仲良くしているのになにも聞かれないんだよな、これって悲しくないか?」
「疲れるだけですよ、もう一人私がいたときのことを考えてください」
時間が経過しないとどれだけ駄目だったのかを気が付けないときがある。
後悔しても遅いけど恥ずかしくなったり申し訳なくなったり忙しい、ごちゃごちゃしすぎていて風邪をひいてしまいそうなレベルだ。
「え、じゃあ俺はもう一人の為末も気になってしまうということか」
「な……にを言っているんですか、妄想癖が激しくてすぐに〇〇さんと仲良くしてほしいと言ってくる私が出現するだけですよ」
「でも、俺はその為末を気になっているんだろ? 同じだろ」
真顔で返されてしまうと困る、それならそれでまた違う私になるだけだ。
言うことを完全に聞かない私かもしれないし、やたらと汗をかく私かもしれないし、マイナス要素があれば気に入る可能性は低くなる。
「あれだよな、実は俺が一番友達的存在が少ないということだよな」
「そう悲しそうな顔をしないでください」
「傷ついたから為末の作った弁当を食べさせてもらうわ」
あー! 私のお昼ご飯が!
そりゃ彼のためにお弁当を作ったりはしていないからこうなる。
「焼きそばパンを買ってやるから我慢してくれ」
「それなら返してくれれば……」
「駄目だ、ほら、金をやるから」
ぐぅ、だけど食べなければそうでなくても体力を失っている状態だから駄目なわけで、走ってパンを買ってきた。
どかっと座ってびりっと封を破いてがつむしゃと食べていると「ひとみのそれに全く負けていないんだよな」とぶつけてきて止まった。
「練習はしていますけど流石にそれはないです、前に食べさせてもらいましたが朝ご飯は絶対に作ってほしいぐらいのレベルでしたからね」
「じゃあ気に入っている補正がかかっていると?」
「そうなんじゃないですか。というか、適当に気に入っている気に入っていると言われてもあんまり信じられませんけどね」
一ミリもそう思っていなくても自由に言えてしまうのが人間だ。
「つまり足りないということか、でもなーこれ以上は難しいだろ」
「……そもそもまだ名前で呼ぶことすらしてくれないんですよ? 忘れていますよね?」
「なお、ひとみと一緒にいるときに同じ場所にいれば誰だってわかる模様」
「は?」
「じょ、冗談だよ」
がつむしゃ食べた時点でもう終わりかけていたからちゃんと食べ終えて意識を向ける。
彼はピンク色の箸と容器を持ちながら黙っている、やはり取られるぐらいならもう彼のために作ってしまった方がいいという考えが出てきた。
「なお」
「はい」
「今度は俺がなおの弁当を作る、だからこのまま容器は持って帰るよ」
「久崎先輩の分を作ってきた方がいいですか?」
「それは恥ずかしいからやらなくていい」
それでも作ることは恥ずかしくないと、恥ずかしく感じる基準はどこにあるのか。
なら大人しく待っていようとして結局、翌朝になったらいつもの癖で作ってしまったからあげてしまうことにした。
記憶力が怪しいのはこちらだった……。
「なおは意地が悪いところもあるよな……」
「ま、まあまあ、ほら、途中で気が付いて青色に変えてきましたから」
「色が気になっているわけではなくてな?」
「とりあえず今日も頑張りましょう、頑張ったからこそご飯はより美味しく食べられるんです」
あっちにいったり向こうが来たり、もういちいちそのことでどきどきすることはなくなった。
お弁当を作ったり作ってもらったり、歩くときに手を繋いでいるのに一緒にいるだけでどきどきしていたらちょっとあほだとわかって落ち着けたのだ。
ただ、完全になくなってしまうのもそれはそれで問題だから近い内になにかが起こってほしいのは本当のところだ。
「でもさ、こう同じ日に動かれるのもそれはそれで問題だよね……」
また壁際まで追い込まれていた。
「いいから答えろ、またはるを呼んだのか?」
「違いますよ、はる君本人がいきたかっただけだと答えていたじゃないですか」
そう、はる君に嫉妬……というかあの子を警戒しているのだ。
ちなみにもっと細かく言えばこっちのことをお友達に教えたかったから来たのだ、私や彼に会うことが目的ではないからもう他のところにいってここにはいない。
「さあほら、玄関で変なことをやっていないでリビングかお部屋にいきましょう」
「誰のせいだと思っているんだよ……」
え、誰のせいって……誰のせいでもないよね?
はる君が来てくれたのは優しいからだし、うん、そうだ。
「頑なにこっちにするのはなんでですか?」
「前にも言ったけどなおの母さんが怖いし、それに……」
「それに?」
「ふ、二人きりの方が好都合なことがあるんだよ」
「その割にはお喋りしてご飯を食べて終わりですよね」
しかも食べられないご飯だ、私は見ていることしかできない。
つまり普段通りお喋りして終わりということだ、これは流石に私ではなくても言われるよ。
「どうぞ」
「は?」
「二人きりではないとできないことをしてください」
待っているだけでは変わらないならこちらから動かないと。
曖昧な状態は疲れるからたまには勢いで動く必要があった。