05
「こんにちは」
「こんにちは、だけどまもるならいまいないわよ?」
「甲斐先輩に会いに来たのでこれでいいんです」
久崎先輩は暇になったときに勝手に来るからそのときだけでよかった。
だから気になるのは先輩の方だ、そろそろ好きな人を知っておきたいというのもある。
「私は甲斐先輩のことも知りたいんです」
「そうなの? なにが知りたいの?」
「あ、えっと……好きな人……とか?」
もう少しぐらいは言わないで待っておくべきだったか? でも、なにかが変わってからだと遅いかもしれないから本人が受け入れてくれそうなときに聞くしか……。
「好きな人? 残念ながらいまはいないわね、人として好きな人なら沢山いるけれど」
「あれ……」
「まもるに聞いたの?」
「はい、好きな人がいると言っていたんですけど」
「いまはいないわ、中学生のときにはいたけれどね」
ということは好きな人がいるからということであの男の子が諦める必要はなくなるということか。
とはいえ、さとこもよく連絡をしてくるようになったし、下手に動くと後に困ることになるかもしれない、元々どうこうしようとする方がおかしいから見ているだけにしておこう。
だけどどうなろうと喧嘩別れとかにならない限りはいいことしかなかった。
「あなたはなにか好きなことってある?」
「石を探すことが好きです、最近はしていませんけど元いたところではしょっちゅう丸い可愛い石を探していました」
「持って帰るの?」
「いえ、探すだけですよ」
そのため、最後の日にさとこに嫌そうな顔をされて苦笑するしかなかった。
でも、一生懸命に探したのに結局相手が持ち帰りませんでした~となれば気持ちもわからなくはない。
告白をする場所に連れてこられて見ておけと言われたときぐらいの気持ちになるだろう。
「私はあの子にご飯を作ってあげられる時間が好きよ」
「文句とか言ってきませんか? もし言われたらちゃんと怒らないと駄目ですよ?」
お、幼馴染だから……だよね? ただ、妄想が得意な私としてはそれ以上のなにかがあるようにしか見えない!
前もこんなことを考えたけどお互いに素直になれていないだけだとしたら凄くもったいない時間だ、少しの勇気を出してしまえばそんな子の彼氏彼女になれるというのにっ。
「ふふ、なにその顔――あ、文句を言ってくることはないからそのときがくることはないわね」
「そうですか、なら大丈――ぶぇ」
急に背後から頭を掴まれて引っ張られたら普通に怖い。
振り向くと「勝手なことを言ってくれるなよ」と言ってきてくれているけど、こちらからすれ物理的な手段に頼る前に言葉でなんとかしてもらいたいところだった。
「経験値が高いから自然と異性に触れてしまえるのでしょうが簡単に触れないでください」
「ひとみ、今日の放課後は頼むぞ」
スルーか!
「ええ」
先輩も先輩で対応力が高すぎだ。
え、この場でいちいち引っかかっているのは私だけなのと慌てている自分と、当然のように頼んで当然のように受け入れられているところに意識がいっている自分がいる。
「ふふ、怪しいですね?」
結局、なにもできないとか言っている人間が学ばないあほな選択をするわけだ。
「勉強だよ勉強、ちょっと前からやっておかないと駄目なんだ」
「あ、そういう……」
「あ、なんか心配だから為末も参加しろ、ひとみ、いいだろ?」
「ええ、為末さんなら大丈夫よ」
「よし決まりな、場所は俺の家だから緊張もしないだろ」
いやいや……と言っても届くことはなく……。
動いてもらいたいところ自分が一番邪魔をしてしまっていたらあほすぎるでしょと考えている内に放課後になった、なんならいきなり現れた彼に腕を掴まれていて逃げるのは無理だった。
二人きりは避けているのだろうか? ならこの前いきなり他県に移動させた意味は? これからテスト勉強をしなければならないのに頭の中は依然としてごちゃごちゃとしていた。
「為末さん、この際だからはっきりと言っておくわ」
「は、はい」
きたっ。
「あの子が動く度にいちいち深くまで考えても疲れてしまうだけよ、大丈夫なら受け入れる、無理なら断る、それだけが私達にできることなの」
って、少し前を歩いている男の子の取扱説明書――はともかく、どうすればいいのかを教えてくれただけか。
「た、大変だったんですね?」
「ええ、だからあなたがいてくれて本当に助かっているのよ?」
「それならもっといきますっ、あの人から甲斐先輩を守りますっ」
「ふふ、お願いね?」
任せておけい!
どうせこちらは同学年にお友達がいなくて一人だ、いつだって上階にいってサポートができる。
上手いことを言って支えることは難しいだろうけど、いるだけで一ミリでも役に立てるのならそれでいい。
それでもとりあえずいまはテスト勉強を頑張るしかなかった。
「眠たい……」
大事なときに眠くて全く見られませんでした~などということになったら嫌だった、だから頑張ってお勉強をしたら翌朝にわかりやすく響いた。
いくら頑張っても授業中に寝ることになったら本末転倒のため、休み時間などにも一切いかずに寝て休んでいるとお昼休みに、今日はお弁当を食べるつもりにもならなくて静かな場所で寝ることにした。
硬い椅子に支えてくれるのは硬い机ということで普段よりも悪い環境のはずなのに気持ち良すぎる、下手をすれば長時間お昼寝だってできてしまうぐらいだ。
「ここ、いい場所よね」
「甲斐先輩でしたか、少し心臓がドキドキしました」
突っ伏していたから足音が余計に、ね、ちなみに先輩は「ふふ、ごめんなさい」と珍しく楽しそうに見えた。
「まもるのお家じゃなければ大丈夫なのかしら?」
「え?」
「例えばこういう場所ならあなただって落ち着いてお勉強ができるわよね」
「ああいえ、別に久崎先輩のお家でも甲斐先輩のお家でもそのことで緊張したりはしません」
「ならこの前はどうして落ち着かなさそうだったの?」
それはもどかしくて仕方がなかったからだ。
二人だけの世界を構築して浸るくせに大事なところでは踏み込まなかった、あと、やはり自分の存在が邪魔になっているとわかってしまったからだ。
それでも途中で帰るわけにもいかなくて一生懸命に抑えた結果がこれ……なのかもしれない。
「あのときはお腹が空いていたんです、でも、甘えるわけにもいかないので必死に頑張って抑え込もうとしたんですけど……思い切り出てしまっていたということですよね、いやー恥ずかしいです」
「そういうことだったの、それなら素直に言いなさい」
「いや私は久崎先輩というわけではないのでそれはちょっと」
「変な遠慮をするとまもると一緒にいさせるわよ」
「え、それは困ります」
という会話をしてから三時間後、何故かまた同じ顔をした彼に壁際に追い込まれていた。
「なんで困るんだよ?」とそうすぐに本題に移してくれたのはいいものの、正直それよりも近くて駄目だった。
「ふふ、気になるんですか?」
「気になるに決まっている、早く答えろ、答えなければ帰らせない」
「私はまだ期待しているからです、はい言いました、甲斐先輩のところに――ぐぇ」
今日だけで何回引っ張られなければならないのか、しかも引っ張った割にはその後の対応が優しいから気になるのだ。
「変なことを考えるのはやめろ、好きな奴がいないってのは聞いたけどだからって動くわけじゃないぞ」
「だから余計なことを言わずにお腹が減っているだけだと言って躱したんじゃないですか、それなのに久崎先輩がこうして余計なことをしてくるからですよ」
まあ、眠たかったから突っ伏していた私も悪いけどなにも先輩がいないところでやらなくていいと思う。
これから一緒に帰りましょうとほのぼのとした空気をぶち壊してくれたのが彼だ、つまり現在進行形で先輩を待たせていることになるから早くいきたいのだ。
「それはお前が悪い、一緒にいさせる云々の後に困るとか言われたら気になるだろ。さとこから言われたらどうせ傷ついて笑えなくなるくせによ」
「そもそも勝手に盗み聞きをしていたあなたが悪いですよね?」
「……通りがかったんだから仕方がないだろ」
「はい嘘ですね、いまのは顔でばればれですよ」
勝手な男の子に合わせている場合ではないから腕を掴んで歩き出した。
うん、先輩と彼の場合はもっとはっきりしているけど私の場合でも姉と弟という感じだ。
「お待たせしてしまってすみません」
「いいのよ、でも、まもる的には不満があるみたいね」
「いいんですよ、勝手に聞いていたこの人が悪いんです」
「厳しいわね」
「甲斐先輩も気を付けた方がいいですよ、どこでなにを聞かれているのかわかりませんから」
もちろんこうして合流できてしまえば出しゃばると邪魔になってしまうからすぐに離したけどね。
少し距離を作って歩くのが最適な距離感だ、話を振られたときにちゃんと反応していればいちいち相手も気にしない。
あの色々な意味で鋭いさとこが相手のときだって有効的だったそれだ、まずなにかを言われることはないね。
「あ、なおー」
「え、は、はる君っ」
そう離れているわけでもないけど移動する度にお金はかかるわけだし、よくやるなあというのが本音だった。
「学校は?」
「実は明日はお休みなんです」
「そうか、なら俺の家に来いよ」
「いきますっ」
さとこは……いないか、思い切り平日なのだから当たり前か。
予定はなかったけど彼のお家にいくことになったから付いていったものの、来いとは言われていないから不安になり始める。
「為末、ちょっと手伝ってくれ」
「はい」
こうして求めてくれるということはと安心していた自分だけど、他の子がいるところでははっきり言えない子でもあるからすぐに不安になり始めた。
「はるって為末のことが好きなのか? いちいち来るってことはそういうことだよな?」
「え、違いますよ」
好きな子がいる的な話を聞いたことはない、が、だからといって来るから好きだと考えるのはおかしい。
だってそれなら彼だって私のことが好きだということになってしまう、盗み聞きなんかをしている分、怪しく見えてくるわけだけどそんなことはないのだから。
冷静になった方がよかったし、私とはいつでも話せるのだからはる君と話すべきだった。
「でも、可愛いとか魅力的とか言っていたよな?」
「そのときも聞いていたんですか……」
「ふ、二人でこそこそしていたら追いたくなるんだよ、俺は猫みたいなものだ」
「ぷふ、久崎先輩が猫ちゃんなら一緒にいたいのに素直になれない猫ちゃんになりそうですね」
特定の相手にだけごろごろにゃーんと甘えてばかりのところも想像できるけど。
先輩も猫ちゃんだったらいまみたいに引っかかったりはせずにアピールをしていそうだ、私だって男の子だったら積極的に動いていただろうからやはりなにもない現在がおかしいと言える。
「で、どうなんだよ? なにかなかったのか?」
「なにもありませんでしたよ? 仲良くはさせてもらいましけど」
というかこの話は前にもしましたよねという目で見ていたら「まあいい、飲み物を持って戻ろう」と終わらせてくれた。
意外にもはる君は先輩よりも彼に興味を持って何回も話しかけていたけど彼も楽しそうに相手をしているだけだった。
平和だ、でも、これなら連絡先を交換しているのだからお金を使ってまで移動するのはもったいないと思う。
「為末さん、一階でお勉強をしましょう」
「はい」
先輩と二人だけの時間を気に入っている。
静かで落ち着くいい時間なのだ、たまにちらりと先輩の顔を見ることが好きだった。
ただ、やはり久崎先輩が言っていたようにすぐにご両親が帰ってくるわけではない、遅くまで残ったこともあるのにまだ一度も会えたことがないのだ。
お世話になっている身としては本人にも言いたいし、ご両親にも言いたい、ちなみにこの前時間があるときに先輩のご両親には挨拶ができたからそこでは満足できている。
「今度、一人で為末さんのお家にいってもいい?」
「なにもありませんけどそれでもいいなら大丈夫ですよ?」
「ありがとう」
おおぅ、なんでここでこんなに柔らかい笑みを浮かべるのか。
ついついじっと見ていたら「なにかついているの?」と聞かれたから慌てて首を振る。
意識して変えているわけではなくてこれが自然だということか、これまでの先輩をよくわかっていなかっただけなのだ。
「ねえ、なおって呼んでもいい?」
「ど、どうぞ?」
し、しかしあまりに唐突すぎるとそれはそれで付いていけないというやつだ。
「なお」
「は、はい」
なんで名前で呼ばれただけでドキドキしているのかあ!? え、実は同性もいけてしまう人間だったのだろうか?
それでも人を好きになれないよりはいいけど自分のことなのに驚きすぎて倒れてしまいそうだった。
「ふふ、ただ名前を呼んだだけでしょう?」
「だ、だってあまりに急なので」
「これぐらい普通よ」
慣れている人間からすれば、が足りない気がするけど……。
と、とにかく、お勉強をやるために無理やり進ませてもらったら「ふふ、面白いわね」と言われて全身が熱くなったのだった。