第8話 殺人事件の会議室を覗く
―――固定電話の音が鳴り響く警察署内では、生活の困りごとの相談の住民や窃盗容疑で捕まった犯人を連れた警官、交通指導隊などの面々があっちやこっちでせわしくなくしていた。そこへ自動ドアを開けたまるで西部劇でもするような恰好の刑事がズカズカと入る。こめかみの黒さが際立った。捜査一課の刑事たちが所轄へ入り込むのを目撃する。
「おいおい、まさか、俺のことを無視するんすか」
「事件は迅速な対応が重要なんだ。よけてくれないか」
小茄子川 岳虎は、綾瀬警察署の組織犯罪対策部・強行犯係に所属していた。バディがいるはずだが、どんな人とも折り合いがつかず、一緒に組むのが嫌でいつも単独行動をしていた。そこへ、警視庁捜査一課から肩パットの入った黒いスーツで入ってきたのは小栗 浩輔だ。ノンキャリアでのし上がってきた人だ。昇進するのに相当の忍耐と努力で現在の地位を築き上げてきた。
「ああ……時は金なりとも言いますもんねぇ。いや、もう。本当」
小茄子川 岳虎は、悪態をつくように小栗 浩輔が立ち去った後、舌をぺろりと出して、両ポケットに両手をつっこんで舌打ちをした。
「へーへー、お偉い人は平気な顔して人を見下すんだよな。いけすかねぇな」
「がくちゃん! がくちゃん!」
警察受付の事務長の森山 多麻子。ベテランで御年六十歳である。永遠の二十五歳と言い張っている。片手に緑茶のティーバックが入った急須を持って、小茄子川 岳虎をなだめた。瞼につけた水色のアイシャドウが目立つ。年をとっても肌色のストッキングを履くのを忘れてはいない。
「えー?」
「良いから、良いから。僻まなくて。ほら、私の入れた特製ミラクルヤミーなお茶飲んでいかない? あとね、あとね。さっき、近所の田中さんから仙台のお土産の『萩の月』があるわよぉ。さぁ、食べてのんびりしましょう」
急須からクマの可愛いマークが描かれたマグカップに二人分の熱い緑茶を注ぎ入れた。森山 多麻子は、岳虎の腕をぐいっと引っ張って席に座らせた。
「い、いや、ヤミーって。嫌味ってこと?」
「違うわよ。あら、がくちゃん。今、流行りなの知らないの? デリシャスって英語もあるけど、今は、YAMIって言うのよ。SNSは、見てないの。遅れているわね。今じゃ、小学生から英語習ってるんだから、覚えなさいよ」
ずずっとお茶を飲む岳虎は、今はその情報どうでもいいやと思いながら、出されたお菓子を袋から出してぱくっと頬張った。
「たまおばちゃん、あとでじっくり話聞いてやるから。俺、会議に参加しなくちゃいけないから、ね。ごちそうさま」
マグカップに入ったお茶を飲み干して、立ち去ろうとしたら、おかわりを自動的に注ぎ入れられた。二杯目のお茶がしっかり入っている。
「何をしているの? 一杯茶はお葬式。二杯目も飲んでいきなさい。あとね、同じ事務の美貴ちゃんから新婚旅行のお土産。石川県の長生殿よ。上品な落雁あるから食べていきなぁ」
緑茶はわんこそばのように、次々とお菓子は、甘味処のように岳虎に出す事務長の森山 多麻子。新人の今村 美貴もタジタジだ。事務業務が滞っているのは間違いない。
「俺、もう食えないって。いいから。ごちそうさま」
「なんだべ。そうやって、もったいないことして!」
立ち去る岳虎に言うが、結局は自分で食べてしまう多麻子であった。
「あら、やだ。これ食べたら、太っちゃうわね。もう、残すのが悪いのよぉ」
ぶつぶつと呟きながら、残った和菓子とマグカップを持ちながら、給湯室に向かった。
連続殺人事件の対策本部会議室に向かう途中の廊下で、口の周りに付いたお菓子のカスを取る岳虎は、身だしなみを整えて後ろ側の出入り口からそっと会議室に入る。既に警視庁捜査一課の小栗 浩輔がリーダーとして取りまとめて所轄の刑事たちとの話し合いが繰り広げられていた。モニターには事件現場である写真を映していた。無残な女子高生の朽ち果てた姿だ。鋭利な刃物で何度も刺し傷がある。
岳虎は、会議室の後ろの方で、腕を組みながら、真剣に見ていたかと思いきや、瞼に油性ペンで目をかいて見ているふりをしていた。
事件のことは興味ないわけではない。指示があったときだけ動く。
岳虎は、ただ単純な動きの仕事をしたいだけだ。
会議は形だけの出席であり、真面目にしないと刑事課長にしこたま怒られるからだ。
「―――以上、事件の概要はこのくらいだ。何か質問があれば答える」
真剣に事件方針を説明する小栗 浩輔に、未だにいびきをかきながら眠り続ける岳虎の姿があった。
その会議室の横の窓の向こう側にある木の枝に座り、覗いているのは地獄谷正真だった。そもそも、やみくもに罪人を見つけるのは至難の業だ。事件が集まる場所と言ったら、警察署。チラッと覗いた場所でちょうどよく、殺人事件の会議をしている。連続で次から次へと無差別殺人が続いているようで、これ以上行ったら、自分と同じ運命をたどるのではないかと他人事ながら心配になる。まだ連続と言っても三人目。まだ大丈夫とため息をつく。自分自身の悪事がどれほど醜くて、ひどいものだったが、逆に思い知らされる。さて、これからどうするか。顎を指でこすって考える。窓から覗いた先に、小学生みたいに瞼に目を書いて会議に参加する岳虎を目撃する。
「な、何あいつ。めっちゃふざけてるな……やべぇ、刑事だ」
服装もどこか西部劇を思わせるような大きい態度。岳虎の姿にあんぐりと口を開ける。
ふと、正真はひらめいた。
ここで自分の姿をさらけ出すのは、少々リスクが生じる。いくら数年前の事件の起こした犯人だとしても、先祖の話で聞いていた可能性もある。身分を隠すために憑依するのもありじゃないかと提案する。木の枝に座ったまま、空中に指で丸を描いて、輝いた異次元空間を呼び寄せた。