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第7話 鳩の鳴き声が止まる街路

―――下町にあったお菓子工場から約二十分の時間かけて、電車に乗った。渕田 圭介は、仕事の人間関係でむしゃくしゃすると、都会の雑踏に紛れて、精神を取り戻していた。たくさんの人の中に囲まれていると、世の中には色んな人がいることを実感できる。罵倒してきた上司や先輩だけの世界じゃないと言い聞かせるのだ。


 でも、今回の出来事はじわじわと心の奥底をかさぶたが取れそうな傷をいじられてる気分に陥っていた。ストレートにパンチを浴びるより、ストレートに罵詈雑言を言われることよりも傷が深い。むしろ、強く言われた方がすっきり解消することをどんな手立てを使っても解決できない謎解きのようでえぐかった。


 今までの職場とは一味も二味も違う。傷つくのには慣れている。サラリーマンとして働いた会社で窓際部門に追い込まれてることもあった。今回は、そうじゃない。ねちねちと女子特有の辞められない陰湿ないじめ。加害者には、背景に社長がいるというガードが堅い。職場社会がそうならば、変えようがない。


 これで何度も転職しなければならないのか、理不尽すぎる。

 渕田は、人々が行き交う街中に紛れ込んだ。護身用に持っていたナイフで、公園に植えられた広葉樹のクチナシを背に、餌を求めて静かに歩いていた鳩に鋭いナイフを向けた。


 石畳の通路に赤い血が飛び交った。


「人間様が一番に決まってるだろ」


 渕田はボソッと呟いて、やってやったというドヤ顔をした。作業着から私服のほつれた緑のトレーナーにダメージジーンズを履いていた。弱い者の鳩を殺すことで自分自身が優位に立とうとしていた。



―――地獄谷 正真が渕田 圭介の鳩殺しの動機を探しに水たまりの中に入り、異空間から戻ってきた。どうして、動物を殺すという気持ちになったのか本人の思考まで読み取ることができた。これは閻魔大王から与えられた特殊能力だった。正真の服が少し濡れたが、気にもせず、地獄を知って、腰を抜かした渕田を見下ろした。


「些細なことだな……そんなのどこでも一緒だろ」

「……一緒じゃねぇ! 俺は、どこの職場も居場所がなかったんだ。ここに存在して

いないみたいな扱いで、しかも周りは環境を良くしようと思わない。そんな世界は嫌だ。俺がこの邪魔くさい鳩を殺せば、強さを証明できるだろ。職場ではずっと新人で下っ端のまま。鳩より俺は強いんだ」



 尋常な様子ではない彼の姿に正真は、自分自身にも思い当たる節がある。左こめかみがズキンと痛みだす。全身にドクンと響く。


「お前だって、俺に攻撃することで優位に立とうとしてるんだろ」

「……俺は、違う」

「どうだか。たかが、鳩だ。人を殺したわけじゃない」

「人を殺したわけじゃなくても、鳩を殺した罪は変わらない。俺だって、今やっていることは仕事と変わらない。俺は、任務遂行しないとまた地獄に戻されるんだ。まぁ、俺のことはいい。とにかくだ。安心しろ、ここで心を入れ替えば、それ以上、地獄に行くことはないんだ」


  正真は、渕田の額に右手の人差し指をあてた。


滅諦めったい


 苦しみから解放されるよう願い込められた言葉だ。地獄に行くことは確定するが、怒りや苦しみは、ここまでで終了することを表している。渕田の体は、宙に浮かび、光に包まれていく。精神が穏やかになっていく。ふっと気持ちが落ち着くと、渕田は交番に出頭することを決意した。


 正真は、交番に向かう渕田を背に地面に膝をついた。


「任務完了だな」


 裏路地で渕田を落ち着かせた正真は、手をはたいて、その場から立ち去ろうとした。


「ほー。それでいいのかぁ」


 丸い鏡のように光る異次元空間の向こう側から閻魔大王が話し始めた。そもそも、罪を犯す者たちの行動を和らげるという任務を地獄谷正真に命じたのは閻魔大王だったが、何だか腑に落ちない。正真の行動に納得できなかった。


「閻魔様。なーに、これくらい簡単なものですよ。へへんだ」


 鼻の下を右人差し指でこすりながら、胸を張ってのけぞった。虹色の窓の向こう側、閻魔様の赤い皮膚の額は筋でいっぱいだ。


「わしは、罪人を減らしてくれと頼んだはずだが……? さっきの渕田圭介の罪はそ

のままで罪を軽くしただけであって、減ってはなかろう!!」


「なっ!?」


 正真は、殺されるような目つきで睨まれ、閻魔大王の一言に身体がざざっと後退した。予想外だった。任務は完璧にこなしていたと思っていた正真にとって、衝撃的だ。思わず、拳で路地裏の壁や地面をたたいた。


「それで完璧だと思ってるのかぁ……ハハハ」


 閻魔大王の赤い腕が伸びてきて、正真の顔をがっちりとつかみ、壁に追いやられた。高く高く、体が宙に浮く。夜のゴミ箱が並ぶ路地裏は誰も通ることはない。ぎぎぎと、詰め寄る閻魔大王の手が正真の両頬をつかむ。赤い目が光る。正真の額から汗がしたたり落ちた。


「二度とないと思え。いいな?」


「……御意」


 正真は、言葉にしたことのない小鬼たちが叫ぶ言葉を真似をした。今はそう言っておかないと容赦はないと判断する。


「もう少し、わしも息抜きというものを見てみたいからな。楽しみに待っておるぞ」


 正真にとってのチャンスはまだあるらしい。次は、罪人そのものを減らす努力をしなければと強く思った。


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