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第6話 渕田 圭介の心の闇

「もう、社長もなんでパートさんたちにそんなこと言ったんだか……私、調理場の方に移動してやってくるわ。ここの作業は終わりにするから。渕田くんも一緒に調理場に行きましょう」



 陽葵は、嫌な人たちが帰ったことですっきりしたが、仕事はたっぷり残っていることを思い出す。気持ち切り替え、割り切って、作業に取り掛かろうとした。もちろん、渕田も誘って一緒にするつもりだった。さっきまで笑顔で話していたはずの渕田の顔が、不意に暗くなり、前髪で目を隠していた。



「……え、俺もしなきゃいけないんですか。ここの掃除しっかりしましたけど、それに午後の十分休憩もまだとってないですし……」



 突然の渕田の闇を見た陽葵は、ごくりと喉を鳴らした。今までずっといい人を貫いてきた渕田には見えない顔があった。心の奥の奥深い思いがあふれ出てきた瞬間だ。


「あ……ごめん。うん、休憩取っていいよ。社長にも伝えておくから。休憩が終わったら、キッチンの方に来てね」



急に表情が変わった渕田を見て、陽葵は察した。確かにお局グループの働き方には疑問を感じるが、正社員の扱いもひどすぎる。社長は何を考えているのか。陽葵はそそくさと事務室の扉を開けて、キッチンの方に移動した。渕田の横に瑠香が緊張した様子で話しかける。



「な、なんかごめんね。掃除やらせすぎたね。私も新人の頃にたくさん掃除させられたから一緒かなと思って……間違いだったね」



「……掃除するスタッフの人、就業終わりに来てくれるはずですよね?」



 怒りポイントは自分のせいだと気づいた瑠香は、事務室の仕事をそのままにキッチンの方へ黙って向かった。これは現場を手伝いをしないとまずいと感じた。渕田は、拳をぎゅっと握りしめて、デスクにあったボールペンをカチカチと何度も音を鳴らした。イライラした時にどうしてもやってしまう癖だった。さらにイライラが増して、デスクにボールペンを突き刺したが、ビニールシートに穴が開いたくらいですっきりはしなかった。怒りはまだおさまらなかった。


 そもそも、この会社に入った理由は、お菓子が好きだからという理由ではない。親に敷かれたレールを走ってきただけだ。自宅から近い。近所の付き合いのある社長である。給料もそこそこもらえる。いつかは社長の後継ぎになれるように経済学を学べる大学に行けと言われたが、誰かの下で働くのはまっぴらごめんだと思っていた。自分で事業を立ち上げて、お菓子屋を作る方が断然よかった。スタッフなんて雇うつもりもなく、ただ一人で黙々とやりたかったが、母親がうるさくて言うことを聞かざる得なかった。


 案の定、社長に媚びを売らないとここの会社で生きていけないし、スタッフとの関係性も気をつけなきゃいけないとわかっていても、感情が表に出てきてしまう。本音を出したくなかった。どうして、自分はここにいるんだろう。


 もやもやと考えながら、たまったストレスは消えなかった。衝動的に事務室から飛び出して、着ていた作業着のファスナーを下におろした。深いため息をついて、瑠香が何か叫んでいたが聞きもせず、ロボットのように感情を消して職場を後にした。無断退社だ。今までクソ真面目に働いてきた渕田にとって、はみ出した行動だ。誰にも耳は貸さなかった。脳の中のきちんとしなければいけないねじが外れた音がした。



―――「陽葵さん! 大変です。渕田くんがいなくなりました」

 

 事務室にいた瑠香はキッチンに駆け出して、状況報告した。事務室では顧客の電話が鳴りっぱなしでそれどころではなかった。まさかの行動に動きが固まる陽葵に、瑠香は肩を何度も揺さぶった。あんなに真面目な渕田を怒らせるなんて思いをしない。それよりも何よりも、業務が滞ってしまうことに義務を感じた。


「い、今はこの仕事に集中しないと……私は、一人でも頑張るから」


 正社員は、陽葵と瑠香の二人になってしまったが、事務での仕事は止まらない。手分けしないと大変だとわかっていた。社長に頼りたいところだったが、イベント案件で忙しい時期で迷惑をかけられない。


「陽葵さん、大丈夫なんですか。発注って、今日の夕方までってことらしいですけど、間に合いますか? お得意様ですよね」


「大丈夫、いいの。何とかなるから! もう、何とかするしかない!」

 

 瑠香もそう言いながら、手伝いますの一言も言わない。自分の仕事ではないと、業務契約上は現場をやらないと定められているためだ。


 事務員として入ったのに調理員をさせてしまったら、社長に叱られることを恐れた。陽葵は、高まる鼓動に言い聞かせて、落ち着くように自分自身に指示を出した。新人が逃げ出したいのはわかる。それ以上にリーダーとして仕切る中堅も逃走したい気分になるのは分かってから逃げてほしいと切実に考えてしまう陽葵だ。

 

 お菓子工場の外では、たくさんのカラスが電線に並んで休んでいた。瑠香は何か嫌な予感がするなぁ感じながら、受けポストから郵便物を取り出した。



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