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地獄の案内人  作者: 餅月 響子


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第50話 地獄谷 正真の使命

―――下界幼少期の小茄子川 岳虎の記憶


 砂埃舞い上がる小学校の校庭で、一人の少年が緑フェンスに転がったボールを拾った。


「ごめーん。吹っ飛ばしたわ!」

「おう、大丈夫、大丈夫。今、持ってくわ」


 その日は風が強く、強く蹴り飛ばしたボールが端の方まで転がってしまった。小茄子川 岳虎の同級生でもある鷹野 彪斗(たかの あきと)は気が強く、いつも一番ではないと気が済まない。ボールを強く蹴るのも無意識で強さアピールをしたいのかもしれない。


「全く、彪斗は強く蹴りすぎだよ。ゴールに全然入ってないだろう」


 体の大きい佐藤 蒼生(さとう あおい)は肩を揺らしながら笑った。当時小学3年生の小茄子川 岳虎は静かに周りの言う事を聞いて行動することが多かった。仲間外れになることを恐れて和を乱すことに神経を尖らせた。

 ボールを持ってコート内に入ると、校舎の時計がまもなく休み時間を終える時間になりそうだった。


「なぁ、そろそろ、終わりにしないか? 時間もないしな」

「んー、んじゃ、あと1本どっちかがシュート入ったらにしようぜ」

「おう、そうしよう。な、岳虎もそう思うだろ?」

「……あ、ああ」

 

 本当のことを言えば、なるべく早めに切り上げて、教室に戻りたかった。風が強いのもあって、ボール拾いに行くのも大変だと思っていた。


「何だよ、その顔。良いから、やるぞ」

「そうだ、そうだ。やる気ないなぁ。ほら、ほら。ディフェンス!」


 まるで自分が悪いような雰囲気になる。胃が痛くなってきた。


「よし、これでシュートだ!」


 なんでも手柄を取りたい鷹野 彪斗は力いっぱいを足を振り上げて、キーパーのいないゴールにシュートを決めた。ゴールの網がきちんと固定されていなかったようで、スルッとすり抜けて、転がっていく。小茄子川 岳虎は、無言で校庭の塀の下まで転がったボールを拾った。何だか、いつもボール拾いばっかりさせられているような気がして、モヤモヤと気持ちが良くなかった。これはいじめられているんじゃないかとイライラも増してくる。

 アスファルトに転がったボールを拾って戻ろうとすると、そこには緑色のショウリョウバッタが飛んで来ていた。小さくて、チョロチョロと動くショウリョウバッタを見て、無性に腹が立ってきた。


 昼休み終了の予鈴が鳴る。小茄子川 岳虎は、真新しいスニーカーであることも気にせずに思いっきりショウリョウバッタを踏みつけて、粉々に踏みつけた。小さいモノだからいいだろう。人間じゃない、弱い生き物はつぶされても平気とどこか曲がった考えになっていた。


「あーー、こいつー、バッタを今踏みつけていたぞ! 見たか?」


 佐藤 蒼生がどこまでボールを取りに行ったか気になったようで追いかけて来ていた。小茄子川 岳虎は悪そびれる様子もなく、恐い目つきで佐藤 蒼生を睨みつけた。


「えー? お前、まさか、バッタ殺したのか? 最悪だなぁ。そういうやつは地獄に落ちるんだぞ。昆虫殺し! 地獄行き! やーいやーい。刑務所にも行くのか? ハハハ……」


 握っていた拳をさらに強く握りしめた。伸びていた爪が掌に食い込んでいく。


「そんなので地獄行くのか? それは大変だな。俺も気を付けようっと。岳虎、それ、先生に言ってやるからな!」


「…………」


 先生に報告されるのは困ると思った小茄子川 岳虎は、既にショウリョウバッタに手を下しているんだから地獄行きになるのは当然と鷹野 彪斗と佐藤 蒼生の頬をそれぞれ力いっぱい殴った。本格的にいじめられる前にいじめてやれという魂胆だった。もちろん、ショウリョウバッタを殺した罪よりも重い。人様の頬を傷つけたのだから。伸びた爪で頬が切れて少量の血が噴き出していた。ボクシングジムに通ったわけじゃないが、うまい具合に当たってしまったようだ。


 担任の先生や教頭先生、養護教諭の先生、校長先生にまで話が繋がっていく。そこまで話が伝われば、保護者の連絡も早かった。警察官を父に持つ小茄子川 岳虎は、多額の慰謝料を用意されて、警察沙汰にしないようにと罪を揉み消された。悪いことをしたと分かっていたのに父は否定も肯定もすることはなかった。


 地獄行きと同級生に揶揄からかわれたあの日、本当は警察にきちんと届けを出していれば、大きな事件を起こすことは無かったのだろうかと走馬灯のように記憶が蘇ってくる。




――――地獄界にて

 大きな朱色の柱で囲まれた地獄の門の前、地獄谷 正真と茄子川 岳晃(小茄子川 岳虎)が立ちはばかった。深くため息をついて天を見上げる。



「――――俺はあの時から悪い事を悪いって思っていなかったかもしれないな。お金で解決できるんだと思ったら、どんな悪さをしても金さえあればいい……そう感じていたかもしれない」


 地獄谷正真は、にやりと口角を上げて、眉が垂れ下がった茄子川 岳晃の顔を見つめた。


「おー? あんなに強気だったお前がこんなに細く気弱になるなんて、独房でかなり反省してきたのか?」

「……記憶を遡って過去を洗い流していたところだよ。俺の半生を綴った日記もあるからな」

「ふーん、その日記が本にして売れたら?」

「それは、もう被害者遺族に支払ってもらうさ。もしくは全国の警察官の家族にかな」

「なんで、家族に?」

「俺みたいに家も外も正義を貫かないといけない精神状態を救うお金になればってところかな」

「……生きにくかったんだな」

「ま、売れるわけねぇけどな。そんなことはどうでもいいんだよ。ほら、案内してくれるんだろ? 《《地獄の案内人》》さんよ?」


 茄子川 岳晃はマグマにあふれた地獄の方角を指差した。


「えー、あちらに見えますのが、等活地獄のマグマ温泉となっております。温泉たまごが今できあがるところですよ~。ほら、この通り! ……って俺はバスガイドか、ばかやろー」


 手の平を上に向けながら、丁寧に説明する地獄谷正真はマグマの中から出来立ての温泉たまご取り出した。金属かごに入ったたまごは熱々で触るのもやけどしそうだった。


「え、バスガイド並みに案内してくれるんじゃなかったのか?」

「違う違う。俺はなぁ!」

「ん?」


 地獄谷 正真は、突然、地面を蹴り上げて宙に浮く雲の上に飛び乗った。茄子川 岳晃は顔を見上げて目で追いかける。


「お前を丁寧にそれぞれの地獄ミッションを受けて、八大地獄まで一緒に行くっていうのが仕事なんだよ。全く、俺は人間界でお前ほど悪さしてないのに、八大地獄まで研修に行かされてさ。そして這い上がってきて? 名前はそのままでお前のふりしてろって言う話で閻魔様の話は訳分からんけど、敵を欺くには味方からとか言って……とまぁ、ここまで何とかやってきたわけですよ」


「は? え、何、お前、ずっと演技してたってこと?」

「まぁ、俺って名俳優だからさ、なんでも出来ちゃうわけだけど?」

「……”迷”俳優の間違いだろ?」

「は? 違うって……とにかくさ、俺はお前を案内する役割なの。だから幼少期からずっと隣でいただろ?」

「んー? 幼馴染として?」

「そうそう。そういうこと。そこからこのシナリオは始まってるわけ。つまり、俺は、お前とこうやってここに来るためにやらなくてもいい罪をかぶり、刑務所入って死刑になって、地獄に来て、受けなくてもいい地獄研修受けて這いずり回ってさ。本当、遠足の下見じゃないんだからって……」


 コンコンと説明する正真の話をじっと聞く岳晃はあることを思いつく。


「なぁ、それって辞めることはできなかったのか?」

「辞める?」

「ああ……」

「俺が望んだことなんだよ。お前と一緒に地獄をめぐりたかったんだ」

「意味分からねぇな。理解不能だ」

「……俺は、お前と過ごしたくて嫌な研修を耐え抜いて来たんだ」

「な、なんでそんなこと。俺、お前に何もしてない……」

「いや、お前は本当はいいやつだって知ってる。悪さしたい気持ちも分かる。自分を守りたかったんだって。他人を傷つけることは良くないけど、一番傷ついてるのは自分なんだよな? そんな状態でもあの時、俺を助けてくれたから」

「……タケノコ泥棒事件の時? あれは俺が手を出したのであってお前は何も……」

「ううん、違う。俺はお前の代わりをしたかったんだ。お前とこうやってここにいるには俺が罪をかぶらないと成立しない。目的地はここだから。やっと望みが叶って安心したよ」


 岳晃の額から汗が止まらない。正真の話が理解できない。罪をかぶってまで一緒に地獄にいる理由にどう共感しようというのか。


「なんで、そんなこと。俺は、何もしてないんだ」

「いーや、俺の生きがいは茄子川 岳晃、お前なんだ」


 雲の上からひょいっとジャンプすると空中に体を浮かせた。持っていなかった大きく鋭い大鎌が現れた。黒い上下の服の上に黒いローブが背中をふわりと舞う。


「俺はお前の《《死神》》だから」


 口が裂けそうになるまで口角をぐいっと上げる。今まで見た事もない恐ろしい表情を見せた。茄子川 岳晃の体は氷のように冷たくかまたり、動かすことができなかった。魔力で身体を動かすことができなかった。

 

 もう二度と抜け出せない八大地獄のさらに強烈な異次元世界の無限大地獄へと吸い込まれていった。


「うわあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー」


 大きく藍色の木製で出来た観音開きの地獄の扉はバタンを力強く閉まった。誰にも開けられない頑丈で巨大な南京錠を掛けられていた。


 静かになった地獄の審判の間にて閻魔大王は、葉巻タバコを吸って仕事をせずにくつろいでいた。


「閻魔大王様、行きましたね。やっとこそ」

「あーーしばらくゆっくりやれるな」

 

 閻魔大王と司録はくつろぎながら胸をなでおろしていた。大きなイベント行事が終わったようだった。


「ちょっと待ってください。私、話を聞いていないところが沢山あるんですけど、どういうことですか。正真が罪人じゃないって? 下界には閻魔大王様の仕事を減らすために行ったわけじゃないんですか?」

 

 何も真実を聞かされていない司命はあちらこちらと慌てふためく。騙されていたのは司命だった。閻魔大王の席を奪おうとする考えを持つ者に真実を言えるわけがないと閻魔大王が考えたことだった。今でも司命のことは信頼していない。


「さてと……仕事するか」

 葉巻を灰皿に押し付けて火を消す。司録は、口角を上げて巻物を広げた。


「次の者ー、罪名を述べよ」

「は、私は……」

「嘘でしょう? 私はノケモノものですか?!」

「……司命、うるさいぞ。早く罪状を読み上げろ」

「は、はい、今すぐにー」


 いつも通りの審判が行われようとしている。罪人の長蛇の列は途切れれることなく続いている。

 地獄谷 正真と茄子川 岳晃がどこにいて何をしているかなど地獄や下界の人間の誰にも分からなかった。


― 完 ―


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