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第5話 理不尽な仕事

「さ、さ。嫌なことは忘れて、今は、仕事に集中しましょう」

「……はい」


 渕田は納得できないままだったが、天野の言葉で少し気持ちを切り替えられた。作業に取り掛かろうとすると、3人が笑いながら戻ってきた。


「さーてと、午後の仕事も緩くやっていきますかぁ」


 腕のストレッチをしながら、恵津子と笑い話で盛り上がる美弥子と恭子は、後ろからそろってやってきた。


「あれ、それ、私やるから。天野さんはゴミ集めでもしてなさいよ」


 どんっと体当たりをして有無も言わさず、陽葵から小麦粉をまぜる作業を奪う恵津子。手柄を取りたくて仕方ない。パートはいくら働いても出世はない。


「あー、ぼっちゃん。あなたは玄関の掃除しなさいよ。ほら、貸して」


 ボールで生クリームを作ろうとしていた渕田は、美弥子に仕事を奪われた。


「あ、あー……」


 あまりにも強い体当たり。とどまることができなかった。争うのも嫌だった渕田は、そのまま仕事を譲った。恭子はというと大人しく2人の横で仕事がまわってくるのを待っていた。


「渕田くん、あっちに行きましょう。ここじゃない仕事はたくさんあるから」

「え、あ、はい。わかりました」



 正社員の2人は、別室へと追いやられた。お菓子工場勤務だというのに清掃業をさせられてしまう。従業員も少ない職場だが、こんなことが日常茶飯事。見方によっては仕事が清掃になっただけで、楽になってるいと楽観的に考えられなくもない。注文を受ける事務室へ移動すると、事務員の佐々木瑠香が顧客の電話応対に追われていた。渕田と天野は、ぞうきんを絞って清掃業務に移ろうとしていた。



「―――お電話ありがとうございました。失礼いたします」



 電話を終えると、受話器を置いた瑠香が、目を見開いて驚く。


「なんで、お菓子調理屋さんがここにいるのよ。ここ掃除なんて私がやるから気にしないで」


「瑠香さん、私たち、お局さんたちに追いやられたのよ。少しの間だけ、掃除させて。ほとぼ

り冷めたらまた行くから」


「えー、また? あの人たちも懲りないわね。結局、仕事内容も正社員の人から仰ぐのに?」


「お疲れ様です。僕もここで避難させてください」


「渕田くんも? 新人いじめも大概にしろって感じよね」


「……お願い、社長には黙っていてね」


「ええー、重大案件なのに? 天野さんがいうなら仕方ないわね。まぁ、くつろいでいって。お茶でも入れてあげるわ」


 ここの事務所は安らぎの場だ。瑠香の癒しで気持ちが落ち着く。持ち場のキッチンの方が戦場って仕事に集中できない。


「ありがたく、いただきます」


「ごめんね、瑠香さん。気持ちだけいただくわ。そういえば、掃除だけじゃなかったわ。私、仕事たまってて……」


 天野 陽葵は事務所に入るとパソコンデスクに座って、書類ファイルを開いた。彼女は現場だけではなく、事務管理の併用して、仕事を任せられている。


「もう、いつも天野さんばかりに仕事押し付けて、お局さんたちは分かっててそうなんだよ、きっと。無理しないでね、天野さん」


「いいの、いいの。結局、こういう仕事は正社員である私しかできないから。あの人たちはあくまでパートだし……もう気にしていないよ」


「そう? そしたらさ、正社員で入った渕田くんに仕事任せられるね、天野さん」

「え、お、俺? 俺、新人ですし。無理っすよ」


「瑠香さん、大丈夫。私、できるから。渕田くんは入ってきたばかりなんだから、無理させられないよ」


「えー、そう? まぁ、できることからコツコツだよね。掃除なら、できるっしょ。天野さん、渕田くん借りていい?」


「いいよ。どうぞどうぞ。私はこの書類終わらせておくよ」


「俺? どこの掃除っすか?」


渕田は、事務の瑠香とともに事務室の掃除を始めた。いつもはしないトイレ掃除や雑巾がけをやらされた。何だか普段しないのになんでこんなことさせられているんだろうと疑問を浮かべるが、お局さんたちと絡むよりはいいやと思いそのまま継続する。すると、しゃがんで雑巾がけの掃除中の渕田に斎藤恵津子が通りかかって、左手を踏まれてしまう。


「痛っ!!」


「あーら、ごめんなさい。私の足が長くてねぇ。お掃除ご苦労様ぁ。そういや、調理場の方も掃除してくれないかしら。新人さん。私たちパートで時間無いから仕事したいところだけど、残業できないし。ねぇ、美弥子さん?」


「きゃはは。なーに、言ってるの。恵津子さん。新人さんにまたそんな風にいじめたら、辞めちゃうわよぉ。今の若い子たち、ちょっとでも注意したら、即日辞めちゃうんだから。ねぇ? 恭子さん」


「…………」


 坂本恭子は黙ってうなずくことしかできなかった。


「知ってる? 恵津子さん。今、退職代行とか使って本人が直接来なくても辞められるみたいよ。すごいわよね。楽しすぎじゃない?」


「あー、わかるわかる。SNSでまわってるの見た事あるわ。電話するのも嫌とかっていうじゃない」


 タイムカードの機械の前でぺちゃくちゃと話ながら、休憩室へ移動しようとする。


「あれ、まだ就業時間終わってないですよ」


パソコン画面の時計を見て、陽葵は三人組のパートさんたちに声をかけた。


「えー? 何言ってるの。さっき社長からの指示で休憩時間も仕事のうちだから帰っていいですよって話よ。あー、今日も頑張ったわ」


 恵津子が嬉しそうに話す。いつもする仕事内容が軽くなった上に就業時間で運がよかったと喜んでいた。それを聞いた陽葵は、


「……え、午後の仕込み全然、終わってなかったのに……」


 ボソッと小さな声で言う。渕田も拳をにぎりしめて何も言えなくなった。

「私もちょうど用事あったから帰るわ。ありがとうねぇ。正社員さんたち~」


美弥子も用事あったことを思い出し、笑顔で帰っていく。恭子は申し訳なさそうな顔をして、通り過ぎていく。


「お先に失礼します」



 事務室に残された陽葵と渕田、瑠香の三人は、賑やかなパートたちが帰ってきた後、しばらく何も言えなくなった。残された仕事はほとんどメインの作業だったからだ。パートと言えど、社員に文句を言って業務を奪う上にやらなくてはならないことを残して帰っていく。面倒なスタッフたちだ。めちゃくちゃに人間関係を振り回していく。渕田は新人として入って、足を踏まれ、理不尽にやらなくてもいい掃除をさせられた。


 掃除スタッフの人は別に雇ってるはずなのに、優しそうな瑠香も良いように使ってくる。沸々と怒りがこみあげてくる。

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