第41話 邪悪なオーラを纏った罪人
朱色の太い柱が何本も立ち並んでいる赤い屋根のお屋敷の奥では、体格の大きな閻魔大王が、おちょこに日本酒を注いでイカの塩辛をつまんでいた。今日もまた、死んだばかりの罪人たちの裁きを下していた。右手に美濃焼の黒いおちょこを、左手にはガベルを持ち、ひゃっくりをしながら、司命に指示を出していた。
「次だ。次の罪人だ。もう、最近はしょぼいやつばっかりだな。そろそろ、濃いやつはいないのか?!」
閻魔大王は弱い罪人たちに飽き飽きして来ていたが、突然、重々しい空気が流れ始める。オーラとも言うんだろうか、暗雲が立ち込めるかのごとく、審判の間が暗く、どよめき始めた。2人の小鬼たちが両脇を抱えて、連れて来た罪人はやせ細っていたが、目を見なくても強いオーラを感じられる。閻魔大王は、ひゃっくりをしてすぐ、ごくりと唾を飲みこんだ。
「あー、この感じ。懐かしいなぁ。あいつだよ、あいつ。地獄谷 正真と同じ空気だぞ。まさか、あいつがこの列に並んだわけじゃないだろうな。ん?」
閻魔大王は、顔を見ずにオーラだけで判断したが、周りの罪人たちも恐れおののいていた。鎖に巻かれたようにみな固まって動けなくなる。閻魔大王のお酒を注いでいた手も止まるほどだ。
「あ……ああ。そうだな。審判を下さないといけないなぁ。さぁ、名前を申せ」
話す声が震えていた。閻魔大王でも恐れる罪人とは――
「茄子川 岳晃……」
「ハハハ、そうか。そうか。なすびみたいな名前で面白い。気に入った。気に入った。さぁ、罪状を出せ」
閻魔大王は恐れをごまかすようにあえて笑いながら話していたが、茄子川 岳晃の目はずっとまっすぐ遠くを見つめていた。表情は暗く、無精ひげがあごに生えていた。頬はげっそりとコケていて、見るにたえない。司命は、慌てて茄子川 岳晃の緑色の巻物を広げて見せた。
「こ、こ、こちらでございます。数々の殺人事件を起こした罪ももちろんのこと、その罪を他人になすりつけて隠し続けてきたようです。下界では反省の色も見せず、あたかも自分が正義かようにふるまっていたようですね……」
司命の声は震えていた。これを言ってしまったら、自分も殺されてしまうのではないかという恐怖であふれていた。
「殺人事件と……あいつと一緒じゃないのか? 地獄谷 正真はどこ行った。あいつと同じならば、一緒に連れて行けばいい。またあいつも反省の色を見せるだろ?」
「…………正真?」
茄子川 岳晃は、閻魔大王の言葉にふと気づき、顔を少し上げた。小さな望みが隠れているような気がしたのだ。審判の間の空気が重く沈んでいたのが、さらに重くなると思いきや、和らぐような人物が現れた。それは葉巻をスパスパとご機嫌に吸っている地獄谷 正真の姿だった。
「え、なに。俺、呼んだ? 今、無理。葉巻吸ってるから」
腰を落として、下から見上げる地獄谷 正真。やる気が見受けられない。今は邪魔しないでと言わんばかりだ。
「誰だよ、あいつに葉巻を渡したやつはーーー?!」
閻魔大王の額にたくさんの筋が出来上がった。小鬼と司命、司録は、静かにそっと閻魔大王を指さした。みな、物凄く嫌な顔をしている。閻魔大王はそんなまさかと信じられないような顔を見せた。
「いやいや、いやぁ、わしじゃないね。嘘だ。まさか、ねぇ?」
誰に聞いてるんだか、閻魔大王は後ろに並ぶ罪人女性に同意を求めた。彼女は知らん顔をしていた。しばらく沈黙の時間が訪れる。閻魔大王はごまかすようにおちょこに何度も高級な日本酒を注いでがぶがぶ飲んだ。何も言わずにただ時間が過ぎていく。ざわざわと閻魔大王の行動にみな、不信感を覚えていた。
どこから入ったのか一羽のカラスがカーと鳴いた。




