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地獄の案内人  作者: 餅月 響子


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第35話 真実は闇の中

 過去と現代が走馬灯のように小茄子川 岳虎の脳裏に蘇る。

 

 壮絶な環境で生きていた躑躅森 顯毅の表情はこの世のものとは思えないほどの憎悪にあふれていた。幼き頃のあどけない顔はいつのことだったのだろうか。家族ぐるみで付き合いのあった小茄子川家と躑躅森家。先祖代々警察官を務めてきた小茄子川家族と反対に弁護士の仕事で家にいることはほとんど無かった躑躅森の父。夏休みの部落の行事にどうにか仕事のスケジュールを合わせて参加したBBQには、顯毅が笑顔になったのを岳虎は覚えていた。家族揃って参加していて嬉しかったのだろう。笑顔を見たのはそれが最後であった。顯毅が3歳の時に病弱の母は早々に亡くなった。父子家庭で過ごした時間が長い。仕事はいつも殺人事件の被疑者弁護をすることが多かった。

 

 資料には幼き子供には見せられない写真が生々しくあった。父が席を外していた時に興味を持って、日常的に犯人の行動を疑似体験していた。父のように弁護士になりたいと思えば、常識からはみ出すことはなかっただろう。資料を見るたびに邪魔をするなと虐待を受けていた。仕事の邪魔をしたわけではない。興味を持ったのだ。父の仕事はどんなものか。どんなことをしているのか。一生懸命に向き合ってる父の背中を見て、真似をしたいと多少思っていたはずが、その父の行動一つでねじ曲がってしまった。首や肩、背中にあざを作ることが多かった。母が亡くなったことで守ってくれる人もいない。祖父母は、顯毅が生まれた時に病弱で亡くなっている。父がいなければ、天涯孤独。尊敬すべき父に裏切られた気がしてならない。信じてくれない。子供ながらに、沸々と沸き上がる憎悪。


 それを近くで見ていた小茄子川 岳虎は、就職したことを境に躑躅森 顯毅の元から離れてしまった。寄り添って、良き相談相手としていた人がいなくなり、ホームポジションが歪んだ。事件は岳虎が警察官になってすぐのことだった。


―――閑静な住宅に囲まれた小さな神社で起きた殺人事件。keepoutの黄色いテープのそばでは、近所の主婦の野次馬で溢れていた。


「ねぇ、田中さん。聞いた? 犯人の目星がついているらしいわよ」

「え、そ、そうなの? 怖いわ。誰なの、一体。こんな残虐なことをする人は」

 

 耳打ちで聞くと田中 美菜(たなか みな)は、大きな口を開けて驚いた。噂好きの自治会長の妻である村上 馨子(むらかみ かおるこ)は、辺りを見渡しながら小声で話し、何度も頷いた。


「う、嘘。そうなの?! あんな優しそうなお父さんだったわよね。その息子さん……顔は見た事なかったけど、ひきこもりって言ってなかったかしら」


 噂話に盛り上がる2人の間を小茄子川 岳虎は素性がばれないように通り過ぎる。近所付き合いもある岳虎にとって、躑躅森家と関わりがあることがバレると面倒なことになりそうだと感じた。帽子を深くかぶって何事もなかったようにやり過ごす。

捜査一課の刑事に報告しなければと関係者として捜査現場の中に入って行った。


「お疲れさまです。この事件についてのご報告に参りました」


 一つ敬礼をして、捜査一課長の森山 憲治郎が対応した。約10年前、 現在の東警察副署長を務めていた森山は、当時、躑躅森 顯毅の殺人事件の担当刑事に抜擢されていた。

 真相を追えば追うほど、いたたまれない思いにあふれていた。


 躑躅森 顯毅の父躑躅森 嚴輝(つつじもり いつき)は敏腕弁護士で警察内では名が知れていたこともあり、こんな事件に発展するとは思ってもみなかった。家族ぐるみで付き合いがあったことは伏せて、どんな家庭環境に育ったかを詳細に伝えた。小茄子川 岳虎と躑躅森 顯毅は、身近な存在であったことには間違いないはずなのに、素直に年の離れた幼馴染だったということは言えなかった。警察の仕事ができなくなるのではと恐れていた。


「―――貴重な情報の報告、感謝します」

「いえ、仕事ですので……それではこれで失礼いたします」


 いつかどこかでボロが出るんじゃないとヒヤヒヤした気持ちでいた。自分が犯人ではないはずなのに、責められている気分だった。keepoutのテープを持ち上げて、その場から立ち去ろうとしたとき、野次馬の主婦の1人、田中 美菜に声がかかった。


「あれまぁ、あなた……どこかで……」


 小茄子川 岳虎の実家の目の鼻の先に住んでいる人だった。顔がバレたかと、心臓が止まりそうになった。


「あーーー、分かった。韓流スターの人に似てる。ほら、最近の主演ドラマの。もう、かっこいい人が地元の警察官だなんて! 最高ね」


「あぁー、あれね。田中さん。『私の妻と結婚して』ってタイトルよね。あれまぁ、本当に。顔も濃いし、ほり深いからぁ。身近にいるのねぇ。こういう人ぉ」


 村上 馨子もジロジロと小茄子川 岳虎の顔を拝む。肌の手入れは一切したことはないが、昔から白い肌だった。岳虎は素性がバレたわけじゃないと胸をなでおろした。


「あ、すいません。仕事がありますので……」


 ぺこりとお辞儀をして、まるで韓流スターにでもなったのように野次馬の中をすり抜けて通った。バレていたら、どうなっていたんだろう。フラッシュバックして、現代に一気に戻される。



―――「俺のことを洗脳したのはお前だろう?」


 鍵を閉めた留置場の中で、ボソッとつぶやく地獄谷 正真に小茄子川 岳虎の背中が身震いをした。進めようとした足が固まる。


「気づいているくせに……」


 尋常じゃないくらいの汗が噴き出て来た。にやりと地獄谷 正真の口角が上がる。

 カチカチと時計の音が響いていた。

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