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地獄の案内人  作者: 餅月 響子


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第31話 静寂を切り裂く者

 静かな警察署内の取調室。机に置いていたライトがやけに眩しい。容疑者の2人は、黙秘を続ける。マスクとサングラスを外し黒い服を着ていた2人は、実兄弟だった。兄である辻岡 将人(つじおか まさと)は、犯行現場の近所に済む細い身体で顎が2つに割れていた。鼻筋は通っていて、外人にも見えなくない。その反対に弟である直人なおとは、小太りで顔も丸く、目も小さい。凸凹コンビな2人でどこか漫才師にも見えてくる。話を聞いていた岳虎はくすっと笑いそうになると、コホンと咳払いして笑いを止めた。


「……それで、どうしてまた目と鼻の先の現場で物を盗んだのか、しかもそれを止めようとした自治会長さんを襲うなんて……顔見知りだろ?」


 沈黙だった空気を変えて、話を切り出した。狭い地域で起きた事件に呆れてしまう。2人はその質問にブンブン横に振った。声には出さないが、首を動かすことはするようだ。少し離れて腕を組んで話を聞いてた甚録は、そっと近づいた。


「自治会長を知らないなんて、何年そこで暮らしているんですか。分からずにしてずっとってことでしょうか?」


 沈黙を貫いていた兄の将人が口を開く。犯行とは違う話だからか声を出したくなった。


「……生まれたときからあそこに住んでいるが、一度も会ったことがない。後から初めて自治会長だということを知ったんだ。知っていたら、手を出していない……」


 ボソッと本音を言い始める。うすうす、警察署に来てる時点でアウトだろうなと思い始めてきた。弟の直人は頑固で一つの言葉も話そうとしない。その仕草に甚録はイライラを募らせる。もちろん、憑依してるのは正真の方。憑依の空間の奥の奥では、落ち着かない本物の甚録がいた。


「なんだか……現行犯逮捕で明らかに証拠もつかんでいるのに、悪くないって思っているのは納得いきませんね……教えてあげましょうか。強盗の罪というのはどんなに重いものなのか」


 表情からして自分が悪いと感じてない様子の2人。特に直人の方はここが警察で自分の置かれた立場を理解してないようなそぶりを見せる。逮捕の意味が知らないようだ。強行突破のように横に岳虎がいることを忘れて、ガンガンと近づく甚録。直人の額に手をそっと置いた。また何かやらかすのではないかと不安になった岳虎は、パイプ椅子から立ち上がり、甚録の腕をつかもうとした。甚録の体を動かす正真は、声に出さずに念じ続けた。


【滅諦】


 指から強くパワーが送りこまれる。みるみるうちに直人の顔がげっそりと細くなって、恐怖に陥っていた。余罪を調べてみると、この2人は今回の強盗だけではなく、近所の高齢者が住む留守を十数件狙って、金目のものを盗み、顔を見られそうになったら刃物で傷つけて逃走をして警察には捕まっていなかったようだ。防犯カメラには黒い服を着ていたこともあり、顔をはっきり映っていなかった。素性もバレずにここまでやってきた。意外にも指示を出していたのは兄ではなく弟の直人の方だった。スマホのゲーム課金に夢中になり、給料以上に使い込んだため、その借金返済に充てるために強盗を思いつく。ゲーム内容も強盗をするという何とも浅はかな行動だ。


 盗みを働いたものには、八大地獄のレベル2である黒縄地獄に送り込まれる。

 亡者は、燃え盛る炎の上に張られた黒い縄に追いやられ、肉は焼かれ骨は焦がされてしまう。炎で焼き付いたと思ったら、また再生し、その苦しみが何度も繰り返されてしまう。それが千年続くとされている。絶望と化した地獄の風景を目の当たりにした直人は、涙がこぼれ、体の力が一気に抜け落ちた。手足が震え、椅子に座ることもできなかった。


「……俺は、本当になんてことをしてしまったんだ……あーーーーーー」


 直人は、天を仰いで叫ぶ。自身の体で味わう地獄の体験は、とてつもなかった。何が起きたんだろうと岳虎は不思議で仕方ない。甚録は良い仕事をしたとそっと離れた。


「……俺たちがやりました。認めます。盗んでケガをさせたことを申し訳ないと感じます」


 巻き込まれた兄の将人は、目をつぶって謝罪した。弟の遊びに付き合った感覚だった。現実を見れば、本当に大変なことをしてしまったと後悔する。


「それでいいんだよ。それで……」


 腕を組んで一件落着かに思われた。不意に、甚録の腕の血液がゾクゾクと動くのが、分かる。意識とは反対の方向へ体が動いていた。一瞬の出来事だった。甚録の右手首が刃物のように鋭くなり、床に額をつけて絶望する直人の首を壁に向かって切り刻み始めた。一気に直人の血があちこちに飛び散って、壮絶な現場と化した。岳虎の顔には、斜めに線を書いたように赤い血が跳ね返って来ていた。


「じ、じ、甚録さ……ん。何をしているのですか……」


 甚録の背中から透き通った地獄谷正真の姿がぼんやりと映し出された。


『これが本当の俺の姿だ……』


 憑依の空間にいた本物の甚録は何者かの見えない力によって、身動き取れず、口も塞がれていた。地獄谷正真の暴走を誰がとめるのだろうか。



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