第30話 地獄谷 正真の束縛の鎖
閑静な住宅街で自治会長の沖坂 賢太郎が警察に電話をしていると、全身の黒い服を着た男性が2人組が逃げ出そうとしていた。明らかに顔を見られたと思った2人はこちらの様子を伺っている。手にはキラリと光る刃物が見えた。
「うわ……まさか、こっちに来るわけじゃないだろうな」
手には散歩していた犬のリードが繋がれている。追いかけてくると焦った沖坂は、心臓が高まり、持っていたリードを外してしまう。
「あ、おい。ロッキー。待て、そっちに行くな。飼い主の言うことが聞けないのかぁ?」
そうしてる間にも、空き家に入り込んでいた強盗が近づいてきた。大きな背中のリュックにはザクザクッと金目になりそうなものばかり入っていた。見られたらおしまいと思ったのか、散歩の沖坂にじりじりと近づく。
「や、やめろ。こっちに来るな」
外壁に責め立てられて、身動きが取れない。絶体絶命のピンチに立たされる。ラブラドールのロッキーは一目散にリードを引きずりながら逃げていく。冷や汗が止まらない。男2人組は身バレを防ぐため、何も話さない。マスクとサングラスをしたまま、細長いナイフを頬に突き立てた。
「くっ……まさか、ここで……」
両手を背中におさえられ、どうしようもないとしたとき、2人組の真後ろにカツカツと靴の音が聞こえて来た。
「はいはいはい。そこまでで、いいかぁ?」
「な?!」
「何者だ?!」
甚録に憑依した地獄谷正真が曲がり角にとめたパトカーから駆け出して来た。出遅れで、岳虎が後ろから着いてきた。甚録は、ポケットから警察手帳を取り出して、見せつけた。
「け、警察だ。逃げろ」
「はいはい。逃がさないって言ったろ」
さっきと口調が違うなと感じ始めた岳虎だったが、気にせずもう一人の犯人を止める。犯人を追い詰めようとしたとき、突然、体に異常がきたす。今は、甚録本人が入らない肉体を正真が動かしているが、憑依の空間で、違和感を覚える。こめかみがズキンと痛み出した。司命が唱えた術が効き始めた。抑制されていた悪事を少しずつ溢れ出てくる。じわじわと内側が出てくる。止めることができなかった。ドクンと心臓が打ち鳴らす。甚録の体が無意識に犯人の男の体に触れる。人間技とは思えないくらいの強烈な力で、細い首を片手でつかみ、空中に持ち上げた。声にならず、苦しみ始める。皮膚に爪がねじ込まれていく。
「甚録さん!!!!!」
甚録の目は、何かに洗脳されたように色が変わっていた。岳虎の声で、ハッと我に返る。つかんでいた犯人の首をすっと弱める。やっと息ができると、何度も呼吸をする姿を見た。
「甚録さん、やりすぎですよ。殺す気ですか?!」
「あ、いや……そんなつもりでは……」
正気に戻って、自分の手のひらをグーパーして肉体の動きを確かめた。心と体の不一致が生じた。肉体は、甚録そのものだからだろうか。正真は感覚が鈍くなった。自分の力でやったはずが、誤作動だと勘違いした。岳虎は、呼吸を整えている犯人の男の一人に手錠をかけて、逃げようとしないもう一人の男にも手錠をかけた。
「強盗の容疑で現行犯逮捕!」
横で見ていた沖坂 賢太郎は、胸をなでおろしたかと思うと、ロッキーの姿が見えないことを思い出し、慌てて、駆け出した。
「甚録さん、パトカーに行きますよ」
「あ、ああ。そうですね」
やっとこそ、いつも通りの対応の甚録に安心する岳虎だ。憑依の空間では、自分を信じられない正真と地獄界から戻ってきた甚録がいた。早々に司命に送り込まれたのだ。閻魔大王を助けようにも何もできず、行動を制限され、邪魔者扱いされた。青鬼の狼鬼丸が一緒にいたが、司命の側近に連れていかれた。悪さをしないようにと捕まってしまった。地獄での状況を説明すると、正真は納得する。
『そういうことだったのか』
『もうこうなってしまっては司命の言う通りにしないといけないようです』
『閻魔大王よりも下の司命の方か……複雑だ』
『とりあえず、今の犯人との対応が終わったら、今後どうするか考えましょう。今は、こちらに集中です』
『俺、ちょっとさっきやらかしたからさ……』
『何を言ってるのですか』
『まぁ、閻魔様が見てないなら、大丈夫だろ?』
『……そんなの知りませんよ』
『マジかよ……』
不安要素がたまる正真だった。甚録の体を動かすのは、甚録本人に操縦変更になった。しばらく正真は憑依空間で休憩となる。
「甚録さん、取り調べしますよ」
「はい、ただいま、行きます」
警察署について、岳虎に呼ばれた甚録は気持ちを切り替えて仕事にまっとうした。




