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地獄の案内人  作者: 餅月 響子


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第29話 予想外な展開に

 朱色の太い柱が立ち並ぶ地獄の閻魔大王が座る王座の間には、次々と罪状が書かれた巻物を司命が読み上げ、座っていた。閻魔大王と交代となったのか、不思議で仕方ない。青鬼の狼鬼丸ろうきまるとともに、甚録から本来の姿に戻った司録は、罪人で行列をなしていた王座の間に立ち尽くす。

 以前よりも増して、ぎゅーぎゅーに罪人が集まっていて身動きが取れなかった。閻魔大王が仕事をこなさないことにより、どんどんと混み合って来ていた。


「おい、司命!! これは、どういうことだ! 私がいない間に一体何があったんだ」


 顔がもみくちゃになりながら、どうにか司命の前にたどり着く。隣では狼鬼丸もいた。


「司録ではないか! 久しぶりだなぁ。そちらにいるということはお前も罪人扱いか? 私が裁いて見せよう」


 ガベルをカンカンを打ち鳴らしながら、閻魔大王になりすました。そんな簡単に裁けるわけがない。閻魔大王にしか、罪人を裁くことができないはずとたかをくくった。ガベルを打ち終えると、不思議な力で司録の身体が空中に浮いた。


「な、なに!? やめろーーー!」

「司録!」


 狼鬼丸は高くジャンプをして、司録の着物を引っ張った。どうにか、壁に吹っ飛ぶところを防げた。そっと、地面に足を着くことができた。


「危なかった。悪い、狼鬼丸。助かった。一体、どうなっているんだ。閻魔様はどこに?」


「そ、それが……」


「まだ、罪人になるには早かったかぁ?! 司録ーーー。地獄谷 正真はどこにいる? 見張っていなくていいのか?」

 

 人混みの中をかき分けて、司命は、司録の顎を扇子でトントンと触れる。まるで、自分が閻魔大王にでもなった素振りだ。


「お、お前、閻魔様を裏切るつもりか?!」


「あ、裏切る? ハハハ……何をおもしろいことを言ってるんだ? 閻魔様は、自ら望んでいるんだぞ。ゆったり過ごしたいというんだから、私が望みを叶えて差し上げたのだ。審判などしなくても罪人はいつまでも増え続ける無駄ことなどする必要なんて無い。適当に振り分ければ、地獄など機能し続けるだろう。さーて、司録はどこに案内させようか?」


 さっきの不思議な力が作用しているせいか、体が思うように動かない。膝をついて立ち上がることさえ困難になった。


「くっ……なんでこんなことに……」


「あー、そうだなぁ。もう、地獄谷 正真は用無しだろう? 何のために人間界に送り込んだのか。さらに罪を重ねるに決まってるだろう。そろそろ、術を解いてもいいなぁ」


 司命は、天高く手を振り上げて、指を鳴らした。ぐわんぐわんと空間が捻じれ始める。指から空気が共鳴し、人間界まで力が送り込まれた。


「術?! どういうことだ。人間の罪を軽くするために送り込まれたわけじゃなかったのか? どうして、正真の術なんて解くんだ! お前、そんなことしたらどうなるかわかっててやってるのか?!」


 司録の体は未だに動けない。叫ぶだけ叫んで何もできないことに悔やむ。嘲笑い、再び閻魔大王の王座に座った。


「わかってるに、決まってるだろう。閻魔大王の交代だ!! さぁ、今から私が裁こうではないか!!」


 ガベルをカンカンとたたく。地響きが鳴る。行列をなしていた罪人たちとたくさんの小鬼たちが、両手を挙げて叫び盛り上がる。何かがおかしい。通常ではない審判の間に司録は、がっくりとうなだれる。


「私は、まんまと罠にはまったということなのか……くっ」



――― その頃、人間界では……

 閑静な住宅街にラブラドールの散歩をする自治会長の沖坂 賢太郎(おきざか けんたろう)はボランティア活動の一環で地域のパトロールをしていた。反射板が着いたベストと懐中電灯を持って、左手には犬の散歩のリードを持っていた。


「おいおい、そっちに粗相をするんじゃない。全く、もう」

 沖坂 賢太郎は、持っていたビニール袋で電柱に粗相をしたものを拾い上げた。


「散歩した時の方が解放感なのなんだろうな。ほら、次行くぞ。まだ散歩は終わらない!」


 散歩をしながら、空き家続きの通路を歩いていると、突然、ガラスが割れる音がした。


「な、なんだ?! 侵入者か?!」

 空き家の窓ガラスを割って、黒い人影が見えた。 沖坂 賢太郎は、慌ててスマホを取り出し、110番通報をした。持っていたリードは何度も引っ張られて、電話をするのも一苦労。電話の最中に犯人が逃げていく。


「あ……大変です! 黒い服を着た犯人が逃げていきます」

『わかりました。大至急、そちらに向かいます。凶器を持っている可能性がありますので、気をつけてください』


 警察署内で通報アナウンスが響き渡る。地獄谷 正真が憑依した人間界の甚録がデスクから立ち上がる。


「さて、行きますか」


 一人で肉体を操作することになり、幾分楽になる。


「無理だけはしないでくださいね」


 岳虎は、甚録の動きが何となくいつもと違うことを察していた。署内の出口ではカラスが空に飛び立っていくのが見えた。


「何か不吉な予感がするなぁ……」


 一言呟いて、車に乗り込んだ。車の上にサイレンを乗せる。事件現場に急いで走らせた。


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