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地獄の案内人  作者: 餅月 響子


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第28話 運命を背負う者

 エスカレーターの下で走る犯人の國崎 慎也(くにざき しんや)は、鬼ごっこをするように、甚録と岳虎から逃げ回る。次の行き先を予測されて、がっしりと腕をつかまれる。するりとまた抜け出して、今度はエレベーターの方へ一目散に逃げ出した。


「ちくしょ、逃げ足の早いやつめ……」


 息を荒くして、岳虎は、両膝に両手をあてて肩を揺らす。周りにはたくさんのお客さんたちが行き交っている。いい大人が遊んでいるんじゃないかと勘違いされる。こちらは仕事で動いてるが、見た目は私服。警察だとは思われず、小学生の子供たちはいいぞいいぞと盛り上げる。真似をするものまで現れる。後ろから警察官の制服を着た坪井 太海が警棒を持って警戒する。


「みなさん!! 気を付けてください。そこにいる男は殺人事件の犯人です!!」


 そう発言すると、悲鳴が沸き上がる。緊急事態だと判断した女性たちが恐怖に怯える。國崎 慎也を捕まえることができなければ、新幹線で事件が起きる。急がなければと甚録の身体は震えあがる。


『こっから、本気出すぞ!』

『取り乱すことのないようにお願いしますね』


 まるでロボットのパイロットのように見つめる外の世界。甚録と正真が隣同士に憑依空間から覗く。


「ハッ!!」


 甚録は、隙を見て、壁に追い込んだ。近づいてすぐ、國崎 慎也に右手で左手首をつかまれた瞬間、さっと一瞬で左側に回り込みながら、自分の左肘を相手の体に付き出して振り払った。逮捕術の肘寄せだ。護身術を使ったと思うと、すぐに両手で服をつかみ、床に背負い投げでたたきつけた。甚録は、柔道の技を見せつけた。國崎 慎也は、言葉を発することなく、倒れて伸びきっていた。


「やりましたね。甚録さんが、柔道やってるとは!?」

「え、いや、私は……」


 服を整えながら、体を起こし、咳払いする。技を使ったのは甚録ではなく、正真の力を存分に利用していた。


「まぁ、こんなものですよ」


 まるで手柄を全部持って行ったように、話す。そういった瞬間に正真はイライラを隠せない。甚録の顔半分の額に筋がたくさん入る。


「お疲れ様です!!!」


 坪井 太海は、甚録に対して、敬礼をしてリスペクトする。岳虎は、拍手をして賞賛する。周りにいたお客さんたちも拍手喝采だ。まるでストリートミュージシャンにでもなった気分だ。横になったまま、うつ伏せの國崎 慎也は、頬杖をついてため息をつく。計画がすべて台無しになったことにものすごくがっかりする。ぐいっと体を起こされて、パトカーへと誘導される。もう逃げることはできなかった。



―――取り調べ室にて

 カチカチと時計の音が響く。何時間経っただろうか、全然口を開こうとしない國崎 慎也。甚録は腕組みをして、じっと待つ。パイプ椅子に座っていた岳虎は、貧乏ゆすりをし始める。昔ながらのコントでかつ丼でも出してやろうかと思ってしまうくらいだ。


「刑事さん、貧乏になりますよ……」


 突然、口を開き出す。椅子に座って貧乏ゆすりをするたびに母から注意されていたのを思い出した。その会話きっかけにようやく話し始める。殺傷した人数は男女5名。無差別に狙っていた。怨恨ではない。誰でも良かった。幸せそうにしているカップルにグループで楽しいそうにしていた友人同士を狙っていた。妬み、嫉み、嫉妬心むき出して、自分より幸せそうな人が羨ましかった。このまま、自分は不幸のままで生きていかないといけないのか。職を失い、恋人にもフラれ、友人も離れていく。誰もそばにいてくれない。自暴自棄に陥って、周りに当たり散らす。そんなことやっても幸せになれないって知っていた。わかっていた。実の母が亡くなる前は真っ当な人生を歩んでいたはずだった。母が亡くなって、心の寂しさから歯車が狂い始める。ギャンブルに溺れ、借金まみれになり、人がどんどん離れていく。こんなはずじゃなかったと自分自身を責め続ける。一度だって、自分を愛することができなかった。周りを攻撃することで強さを見せつけたかった。話せば話すほど、涙がとまらない。


 刑務所に入ることだって、本当は望んでいない。いくら、臭い飯と言われていても毎食健康的に食べられるとしても絶対に入りたくない。そんなの当たり前だ。それでも悪い行動を起こしてしまうのは人間のサガなんだろうか。この世で心を満たせないと感じた瞬間から、外側の人間がすべて敵に見えてしまう。


「もう、ここまで来たら諦めるしかねぇよ……」


ロールカーテンを触れてながら、外の夕日を眺める。電線の上でカラスが鳴いていた。自分がした容疑を認め、しっかりと受け止めた。

滅諦めったい


 甚録の中に入った正真は、國崎 慎也の額に指をあてる。浄化されて、心落ち着いた顔をしていた。


「ふぅー……どうにか防げましたね」


 ラウンジの自販機で缶コーヒーが落ちてきた。甚録は、腰に手を当ててため息をつく。


「世の中は、不景気で心が満たされない人間でいっぱいだな……」


 ボソッと岳虎が呟いた。その言葉を聞いて、甚録の中の正真は後頭部に両手を乗せて、深く息を吐いた。


『悪をやりこなして来た俺が正義を貫くって、こんな苦痛なことってないなぁ……』

『それが運命さだめということですよ、地獄谷くん』


 憑依空間に虹色の異空間に通じる窓が開き始めた。正真は警戒してジャンプして後退する。


「大変だ!! 司命が王座を乗っ取った。早く来てくれ。閻魔様が行方不明だ」

 

 青鬼の狼鬼丸ろうきまるが慌てた様子で司録である甚録に叫んだ。甚録はこの事態をどうするか思案顔で顎に手をつける。


『これはまずいことになりましたね……』

『どういうことだよ』


 正真は状況を読み込めずに、甚録に聞き返すが、警察署内では事件発生アナウンスが流れていた。緊迫した空気が漂っている。

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