第25話 憑依して異空間での小競り合い
「それにしても、誰に憑依すると言うのでしょう……これから探すとなると時間もないですね。あ、空間が捻じれてますね」
異次元空間の丸い虹色の窓がうねうねと動き始めた。正真の気で空間が歪み始めている。
『そんなの、簡単さ。こうすればいいってことよ!』
にやりと笑って空中をふわふわと浮かんだと思ったら、慌てて逃げて拒絶する甚録の身体の中にひょいっと憑依した。
「やめろーーー」
その言葉を発して数分後には、物々しい雰囲気の鴇 甚録が完成した。インテリで推理が得意そうな探偵のような空気だった甚録は、悪魔のような正真の力により睨みがきつく怖い印象になった。岳虎に憑依したときは影響を受けなかったが、今回はお互いの力が半分ずつ入った肉体になったようだ。
「うん。まずまず、良い動きだ」
手のひらをグーパーと開いて閉じてを繰り返して、体の動きをチェックした。脳内ではちょっとした小競り合いが発生している。
『勝手に私の身体に憑依するなんて、貴方も悪いお方だ……』
『それは、阿鼻地獄まで行ったことのある俺なんでね。悪い人であるのは当然でしょう』
『またそうやって、話の論点をずらす……もういいですよ、もう』
呆れて肩をすくめる甚録だが、肉体の操縦は、ほぼ正真に奪われてしまった。
「甚録さん、いつまでそこで油売ってるんですか。事件が発生したらしいですよ、行かなくていいんですか?」
ラウンジの自販機の前でずっと体が硬直して動かなかった甚録の脳内では、正真と小競り合いが起きていたが、今後二人の霊体が入った甚録の肉体はフリーズした状態が多くなることだろう。
「おっと……それはいけませんね。缶コーヒー飲んでいかないと……」
「甚録さん。別に缶コーヒーは強制じゃないですよ。さっき、タマさんがコーヒー淹れてくれてましたからそれを飲んだらいいじゃないですか?」
「それもそうですね……」
河野は、いつもと違う対応の甚録に違和感を覚えつつ、多麻子のコーヒーがあることを教えた。デスクの上ではたっぷりの差し入れが置かれていた。バディの岳虎は前から一緒であるはずがあたかも今初めてかのような対応で近づく。それもそうだ、正真が憑依する前はバディではない。
「えー、鴇 甚録さん、ですよね。小茄子川 岳虎です。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願い致します」
「えー? お二人とも前々から一緒だったじゃないですか。なんで初めてみたいな
対応なんですか?」
不思議そうに事務の今村 美貴が聞く。正真が操る甚録はバレちゃいけないと笑ってごまかした。よくわからない岳虎は頭の上に疑問符だらけだった。
『至急、至急。事件発生! 都内大型ショッピングモールにて、刃物を振り回す20
代の男性一名暴れている模様。至急、緊急配備発令せよ』
通報アナウンスが署内にて放送された。岳虎は、デスクの椅子を丁寧に片づけて、パとカーに乗り込んだ。甚録は、くるみゆべしをくわえながら、脱いで椅子にかけていたジャケットを着直した。
「いってらっしゃーい」
立ち去る二人に手を振って見送ったのは、お菓子とお茶に夢中の多麻子と美貴だった。
「このくるみゆべし、美味しいわねぇ」
「そうですね。多麻子さん、この請求書確認してもらってもいいですか?」
「あ、はいはい」
事務処理に追われる多麻子は珍しく真剣にパソコンと請求書と納品書、帳簿を確認して仕事に集中していた。新人である美貴のペースに合わせるようになったようだ。どっちが先輩かという雰囲気になりつつある。
「いやぁ、本当。美貴ちゃんがいてくれて助かるわ。仕事がはかどるぅ~」
(今まできちんと仕事していたのかなぁ……)
美貴はパソコン画面を凝視しながら、不思議に思う。夫というツテがあって仕事をしてるのかとつくづく感じた。
「今日もゆるゆるで頑張るぞー」
若者言葉を多用する多麻子に美貴は時々着いていけなくなっていた。




