第23話 正真と甚録の化学反応
「色々あって、疲れたんでしょうね。それじゃぁ、火傷の範囲は小さめなので局所麻酔でですね」
「了解!」
眩しいシーリングライトが遥大を照らす。たくさんの医師や看護師に囲まれて、手術が行われた。夢を見ているようだった。
―――警察署の取調室では、小茄子川 岳虎と鴇 甚録が永田 真紀の事情聴取を行っていた。黙秘することなく、日々の鬱憤を晴らすように次から次へと愚痴を吐き放題。一人で過ごすことが多かった専業主婦の真紀にとって、この取調室はまるでカウンセラー室と化していた。
「―――だから、何度も言いますけど、私は被害者です。容疑を否認するわけではありませんが、原因は社会もそうですし、家族も原因なんですよ! わかります? 刑事さん。主婦ってお金稼いでないからって下に見ないでくださいよね」
「……あの、永田さん。落ち着いて下さい。誰も、あなたを下に見てるなんて言ってませんし、思ってもないです。主婦は偉大ですよ、給料も発生しない洗濯、掃除、お料理、買い物を健気に頑張ってる姿は日本の誇りですよ。私も母には頭が上がりません」
甚録は、大げさに真紀を褒めてたたえた。今は、褒めてあげないと話の終わりが見えてこない。
「今まで黙っていたけどなぁ、あんたは地獄行きの切符を握ったんだぞ。わかってるのか? 息子に火傷の負わせた罪はこの刑務所で償っても一生癒えない傷となるんだ。その地獄その頭でよーく見ておけ」
さっきから御託並べて、なかなか本題に行けなかった岳虎はここぞとばかりにぐいっと体を前に出して、真紀の額に指を置いた。岳虎の体には地獄谷 正真が憑依している。幼い子どもに火傷を負わせるなどの虐待した者は、等活地獄のレベル1である多苦処というところに送り込まれる。ここでは、今でも折れそうな木の枝に身体を串刺しにされて、数知れぬ苦しみを味わう。この状態で五百年も続くとされている。人間として生きてる今の状態が不思議なくらいだ。真紀は、正真の力により、地獄のありのままの景色を見せられた。感覚的に疑似体験したようだ。現代に戻ってきた瞬間に喉の奥の奥から出るような嗚咽をした。息をするのもやっとのことだ。目からは大量の涙が流れる。
「これで、分かったか。あんたのやったことは人間としてあるまじき行為だ」
「ああああーーーあーあーーーあーーー」
言葉にならない言葉を発して、取調室の床に伏した。精神状態がまともにはできなかった。しばらく落ち着くまで二人はじっと見つめて、動かなかった。人間の尋常じゃない動きを何度も見てきた二人にとって、不思議でもなんでもない。人間はもがき苦しむとこんな風に誰でもなってしまうんだと俯瞰して見てしまう。自分自身も人間であったはずなのに、それさえも忘れてしまうくらいだ。
「もっと、早くに地獄を知って置けば、悪いことをしなくてもよかったのになぁ。息子も悲しむなぁ。まぁ、死んでからの話だ。しっかり罪を償って、これ以上悪さをしないことだな。自分のためにも、息子のためにも……」
窓についていたスクリーンカーテンの隙間から、外を見た。夕日が大きく半円を描いて、オレンジ色の光を出していた。
「五時だっていうのに、陽が長いですね。良いお天道様です……」
「ああ……そうだな」
甚録が夕日の光が差し込む窓を見て言った。岳虎は、ぼんやりと沈む綺麗な夕日を眺める。その綺麗さに真紀もほっと心が洗われた。
「ありがとうございます。これからは、真っ当な生き方していきます。もちろん、しっかりと償います」
「……ああ、それでいいさ」
任務を終えた岳虎本人は、自分で仕事をしたわけではないのに大きくガッツポーズをした。正真が憑依していて体を動かすことは不可能なはずが、自由がきかなくなる。
『おい、勝手に動かすなよ』
『それはこっちのセリフです』
『なんだって?』
ここは小茄子川 岳虎の頭の中の世界である。本人と地獄谷正真が言い争いを始めている。
『名前、知らないけど、俺の体を占領しないでもらえるかな。なぁ、あんた、一体何をしようとしてるんだ?』
『……くっ、普通の人間ならば、俺に話しかけることなんて、困難なはずなのに、
なんであんたは……ちくしょッ』
正真は、岳虎の脳内の中で息遣いが荒くなった。普段、霊体として地獄で存在している正真は閻魔大王の特殊な力で人間界に降り立った。人間に憑依することも通常の人間にほぼほぼ不可能。ましてや、憑依している人物と会話するなど到底できないはず。だが、この小茄子川 岳虎という体格の良い、筋肉ムキムキの暴走族の総長のような恰好の人間には何か特別何かがあるというのか。強気だった正真は膝をがくがくさせて、後退する。
『聞こえてますか? 俺の体に入ってこないでください!!』
強烈な目力で正真を睨みつける。どこから湧き出たのか強い風が吹き荒れる。正真の体が吹き飛ばされた。
『くっ…………』
正真は、空中に浮かび、態勢を整えた。岳虎に憑依することを諦めて、脳内空間から瞬間移動した。重い空気が漂っていた小茄子川 岳虎の脳内は正真がいなくなった途端に明るくなった。あぐらをかき、ため息をついた。冷静な心になるように黙想する岳虎は、片目を開ける。




