第18話 涙の奥に隠れた覚悟
岳虎は、涼聖の父親である優弥は、の背中側に両手をまわして、ぎゅっとおさえた。
「危ない、危ない。これ以上、悪さはできませんよ」
「くっ………」
優弥は下唇をぎゅっと噛んだ。後ろ側にいた一人の生徒が職員室に助けを呼びに走り出した。ちらりと状況を見た校長先生が警察に通報した。ほんの数分間の出来事だった。警察署からほど近いところにある小学校。岳虎と甚録は生徒や教師に事情を聴きに回った。一緒に着いてきていた警官に犯人の輸送を頼んだ。衝撃的な出来事で生徒たちのメンタルケアが必要だと校長先生は慌てた様子で話していた。
「校長先生。今回の事件で何か思い当たる出来事はありませんでしたか?」
甚録はメモ帳を片手に聞き込みをした。横で岳虎も一緒に聞いていた。
「あー、もう。我が学校は素晴らしい生徒ばかりでいじめなんてありませんよ。ええ、そうですよ。みんな仲良しこよしです!」
「……っけ。幼稚園児でもあるまいし、いじめの一つや二つあるだろうが」
「何かおっしゃいました?」
小声でつぶやいた岳虎に鬼のような怖い顔で睨む校長だった。
「い、いえ、なんでもありません!」
「そうなんですね。ありがとうございます。お忙しいところありがとうございまし
た。事件ということもありますでしょうし、本日は集団下校ですか?」
「……そうですね。授業どころではありませんもんね。そうします」
「では、私たち警察がパトロール協力いたしますね。犯人は一人とわかっておりますが、念のため」
「はい、よろしくお願いします。教頭先生、全校生徒の集団下校の準備をお願いしますね」
「はい。承知しました」
教頭先生は、急いで職員室の先生に声をかけた。甚録と岳虎は校長室を出て、廊下を歩いた。
「この学校、人間を育てようと思ってなくて、学校の地位と名誉を守りたいようだな。いじめの無い学校で通したいんだろうな。現実問題うまいこと言ってないようだが……」
「学校も会社と一緒ですよ。評判が悪くなれば、生徒の数も減ります。存続の危機ですね。ここは尚更私立学校。名誉は大事なんでしょうよ。今回の件でマイナスな評判を全国に知らせることになりますけど、もう、守ることはできませんね。校長先生もこの事件の発端になってることは間違いないでしょう。逮捕にはなりませんが、とんだ被害者は熊谷先生ですね。あの人は、上司に忠実に動くような真面目人間のようなので、縦社会のトップの考えではもう……」
「俺はそこまで難しいこと考えていないけどよ。安心、安全である学校がこんなふうになってしまったら、学校に通う意味ってなんだろうなって思ってしまうんだよな」
「……時代は変わりましたからね」
ため息をついて、学校の昇降口を出る二人の後ろから黄色い帽子
かぶり、ランドセルに黄色いカバーをつけた一年生たちが駆け出した。あどけない笑顔見せ、楽しそうにしている。平和な学校あってほしいと切に願った。
パトカーの後部座席に河村 優弥を乗せて、甚録は隣に座った。すると、突然、湿っぽい空気になる。人が発するオーラがこんなにも変わるのかと息をのんだ。さっきまで熊谷 塁先生に対して強い気持ちで闘っていたはずの優弥はパトカーに乗って現実を知った。なんてことをしてしまっただと手錠をついた手首を額にあてて、声を出して泣き始めた。まるで小さな男の子が体だけ大きくなったみたいだった。大の大人でもこんなにも泣くことができるんだと運転席に座っていた岳虎が後部座席のドアを開けた。こちらの様子に一切気づいていない。泣いている状態のまま、優弥の左こめかみに右人差し指を置いた。
【滅諦】
今の優弥の苦しみから解放されるための言葉を送った。怒りや悲しみ、悔しさをここで終了である。感情がだんだんと落ち着いてくる。優弥の体の周りが光で包まれていき、精神が整っていく。浄化されて、顔をすっと上にあげた。
「俺は、まだ生きているんだな……。死んでも死にきれないだろう。こんな俺は」
「お前の地獄は他人を刃物で傷つけた罪で刀輪処というところに送り込まれる。今、自分で自分を追い詰めたんだろう。自負してるなら、見せなくても受け止めるよな? ただ、一つ気になるのは、瓮熟処に行くよう、案内がある。お前は、動物を殺したことはあるのか?」
甚録は、空中に浮かぶ透明なウィンドウに書かれた地獄案内板を確認した。
「……さっきから何の話をしているんだ? 俺は、別に地獄に行ってもいいという覚悟で行動したまでだ。息子の名誉、いや、俺の名誉を守りたかったかもしれないけどな。俺がいじめられていたみたいで悔しかったかもしれない。俺が犠牲になって息子が幸せになってくれればそれでいいんだ。それで……」
「……その気持ちを忘れずにいたら、きっと閻魔様も何かしらの施しをしてくれるでしょう」
「は? 閻魔様? 舌を抜くってやつの閻魔大王のことか?」
「ええ、そうですね。舌を抜くのは嘘をついたときですよ」
甚録は、身振り手振りで説明した。目で実際に見たこと以外は信じなかった優弥も真剣に話す彼を見て、本当じゃないかと思い始めていた。
岳虎は運転席に座り、パトカーのアクセルを踏もうとすると、父の優弥が捕まったことを聞きつけて家にいた息子の涼聖が走って追いかけて来た。パトカーの周りには近所の野次馬でいっぱいになっていた。




