第17話 涙の凶器と沈黙の教室
警察署内では通報アナウンスが響いている。
「また事件か。こうも次から次へと事件が起こるなぁ」
「警察は事件が起きないと行動を起こせないからね。未然に防ぎたいところだけど、難しいんだよ。小茄子川くんがこれからタバコを吸って逃げようとするのを未然に防ぐことはできるのはなぜだろうね?」
甚録は、岳虎がポケットからタバコケースを出して吸おうとしているのを見逃さなかった。バレた岳虎は、逃げようとするが、首根っこをつかまれてしまう。
「さぁ、事件を追いかけに行きますよ」
いつも以上に睨みをきかせて動く甚録のオーラは強烈だった。猫に追いかけられたネズミのように岳虎はしゅんと小さくなって、駐車場にとめていた車に乗り込んだ。
「今回は俺が運転ですか? 甚録さん」
「そうですね。君にも運転覚えてもらわないと」
「俺に運転させて大丈夫です? めっちゃあおり運転するかもしれませんよ?」
「……そんなことはしないでしょう」
「…………」
「パトカーでやるなんで、そんな知能レベルの低いことしませんよね?」
「…………安全運転で行かせていただきます」
甚録は、腕を組み静かに睨みをきかせて、助手席に座っていた。岳虎はラジオをつけて、そっとアクセルを踏んだ。
次の現場は、都内の小学校だった。まさか子供たちで活気沸くここで事件が発生するとは思わないだろう。悲鳴が上がったのは二時間目の国語の時間であった。三年三組のとても爽やかとは言えない空気の中、凶器を持った犯人は顔を隠そうとしない。それは堂々としていた。息子の涼聖がいじめられていることを担任の先生である熊谷に相談を持ち掛けたら、確認もせずにいじめは発生してないと断言する。守るべき生徒を被害者ではなく、加害者を守るという事態が起きていた。周りの保護者から確認をとると、明らかに涼聖は、生徒会長の息子の俊哉に暴力や暴言を吐かれているという。裏取りをすることもなく、すぐにいじめはないとする先生に対する恨みが熱を帯び、涼聖の父親の優弥を止めることは誰にもできなかった。手には鋭利な刃物をしっかりと握りしめている。時すでに遅しである担任教師の熊谷の左腕から血が滴り落ちていた。
「誰が、悪いことをしてるのを教えないって? ん? 先生らは、全部加害者を守って、被害者の意見を無視するだろ、あ?」
「……刃物を振り回すのは良くないです……」
教壇の上で倒れ込み、女子生徒たちの悲鳴が沸き起こる。学級委員長の吉田 瑠華が介抱に行く。
「先生、大丈夫ですか!」
「吉田さん、大丈夫だ。危ないから逃げなさい」
「さっきから人の話聞いているのか! そうやって被害者を守らないんだったら、俺は守られるよな? 加害者なんだから。当たり前だろ? 違うか」
血だらけの腕を持ち上げて、起き上がろうとするが、ふらふらで血が足りない。
「涼聖さんのお父さん。ちょっと、話の論点がずれています。いじめにも度合がありまして、加害者である生徒がやってないとなればこちらも手の施しようがないのです」
「証拠はあるんだぞ! 俺は、たくさんの保護者に聞いて回った。涼聖は阪上 俊哉君が殴るけるの暴行を受けているのを生徒たちは目撃してるんだ。先生の見えないところでやっていれば、それはやっていないってなれば信じるだろうな!!」
「そ、それは……まったく知りえない情報でした。たいへん申し訳ございません」
「ほら、謝ったな。あんたは謝った。認めるな。いじめがあったことを。涼聖は優しい子なんだよ。相手の俊哉くんのお父さんは生徒会長だからってあまり公にしちゃいけないんだって。でも毎日あざだらけ。言葉でのいじめも受けている。なのに、涼聖は苦しいのを苦しいって言わないんだ!! それがどういうことかわかるか。言わないことにより、おしく食べたはずのご飯は嘔吐して、満足にお腹に入らなくなったんだ。誰のせいって言いたくない。だけどな、こんなにも苦しんでる生徒もいるんだってこと教えたかったんだ。加害者は本当に守られるかの確認だ。さぁ、先生。俺
は、加害者だ。守ってくれるんだろう?」
涼聖の父親の優弥は、教壇で倒れる熊谷 塁に泣きつく。つけていた眼鏡が落ちた。何とも言えない表情をして、声を押し殺して涙した。もうとんでもないことをしてしまったと後悔する。たった一言で人間一人、いや、それ以上の人を傷つける。生徒会長という肩書を持つ俊哉の父の長谷川 隆幸は、教育委員会で会長を担っている。教師として肩書が邪魔をして本当のことを言えなかった。いじめがあるということを問い詰めることもできない。それが間違いだということに気づく。いじめをする生徒である息子の親が生徒会長を務めるなんて言語道断。土下座をして謝った。
「大変申し訳ございませんでした」
左腕からの出血は止まらない。この血以上に涼聖は辛く苦しい日々を過ごしてきた。殴られて出る鼻血もぶつかったからと説明し、暴言を吐かれても言い返すことなく、無視した。無視しても今度は背中を殴られ、話そうとするとお腹をパンチされる。どれもこれも、先生が見えないところでやっていた。周りにいた取り巻きの友達はただただ笑うだけ。じゃれ合っているのだろうと勘違いしていた。本当は苦しくて辛くて逃げ出したかった。あざができても黙って耐えた。上靴を隠されても靴下のままやりすごす。先生に注意されたら、職員室に借りに行った。学校の貸出してくれるのはわかっていたが、先生に気づいてほしかった。靴箱には、画鋲入りの上靴があったこと言えなかったから。
「警察だ! 現行犯逮捕!!」
後ろ側の扉が勢いよく開くと、刃物を持っていた河村 優弥の手を弾いた。教壇に落ちた刃物でカツンと高音が響く。岳虎は、背中側に両手をまわして、犯人をぎゅっとおさえた。




