第16話 正義の迷い子たち
―――閻魔大王の玉座の間で、不機嫌な閻魔大王を相手する司命の姿があった。扇子を仰いで、怒りを鎮めようとするが、なかなかおさまらない。丸い異次元空間の窓を開く。
「なぁ、司命。わしは、あいつに罪人を減らせと言ったよなぁ?」
「え、ええ。そうですとも。確かにそうおっしゃいましたね」
どうにか怒りをおさまってくれとなだめるが、額の筋は消えない。
「見なさいよ。正真と司録の姿を。殺人事件を起こした犯人と接しておるぞ。しかも動物虐待と殺害、さらには女子高生の連続殺人事件を起こしてるやつじゃないか。誰が、その事件を解決しろと言ったんだろうか。わしは、罪を犯した者を連れてこいとは頼んでないんだ。あいつは、節穴なのか?」
舌打ちをしながら、ブツブツとつぶやく閻魔大王に司命は、浄波璃の鏡を差し出した。
「閻魔様! こちらをご覧ください。二人が追いかけている犯人の牧角 滉史の行動を映し出しました。兎殺しと女子高生殺人事件を起こしたあとに彼が乗った新幹線内で無差別殺人事件を起こし、十人以上殺傷しております。彼らはこの事件を未然に防ぎました。もし、捕まえることができなければ大変なことになっていましたね」
必死のフォローをする司命に、閻魔大王は眉をひそめる。どうにか納得し、にやりと笑った。もし防ぐことができなければ、地獄谷正真と同じ道を辿ることになっていたなと顎髭をボリボリとかく。
「あいつ、わかっていたんじゃないのか。そいつの起こす事件のことを……」
「え、それはどういうことでしょう?」
「まぁ、よい。わしが裁くのも軽い地獄案内で良いっていうことだな。説明が軽くなるから、仕事も軽いな。今回は良しとしよう。司命、お茶を出せ。お茶だ。わしは喉が渇いた」
「ハッ。かしこまりました」
どうにか閻魔大王のご機嫌を取ることができた司命は近くにいた小鬼たちになぐさめられて、お茶の準備に集中した。鼻歌を歌う閻魔大王には知る由もなかった。閻魔大王の玉座の間にはたくさんの亡者が行列をなしていた。閻魔大王は鼻歌を歌いながら、この行列を減らすなんてこと、地獄谷正真にできるわけがないとつまようじを歯にさして、昼食に食べた鶏肉を取っていた。なぜ、正真にそんなミッションを与えるのかは誰にもわからなかった。
―――一方、警察署の職員デスクに戻ってきた小茄子川 岳虎と鴇 甚録の二人は、自分の机を見て呆れてしまう。事務長の森山 多麻子が置いていったとされるお菓子の山ができていた。じーっとお菓子を見て、予感が的中する。耳元に風が送り込まれた。
「がくちゃん、お疲れ様!」
森山 多麻子が唇をとがらせて、岳虎の左耳に息を吐いた。
(きもっ! ばばぁにこんなことさせられるのか、こいつは)
正真は憑依した岳虎に同情を浮かばせる。甚録は、咄嗟にとびっきりの笑顔で多麻子に近寄った。
「多麻子さん、こんなにもお菓子ちょうだいしまして、ありがとうございます。頭を使ってきたので、甘いお菓子がちょうどよいですね」
これ以上近づくなよオーラを放ちながらも、笑顔を忘れない。正真のようにやったらセクハラ容疑で訴えるぞの視線を送る。
「あーら。鴇ちゃん、そんなに甘いお菓子が好きなの? でもねぇ、甘いものばかり食べていたら良くないから、ブラックコーヒー淹れてあげるわね。今日は和菓子じゃなくて洋菓子だから。待っててねぇ」
いつもより張り切る多麻子に手を振って笑顔を作る岳虎。立ち去ったあとに嗚咽が出てくる。甚録の視線やオーラは効き目が無かった。
「妖怪お菓子ばばぁだなぁ……」
「それは言い過ぎだ」
小声で話す岳虎に甚録がつっこむ。そこへ新人刑事の河野 芽依が睨む。
「聞こえてますよー? ムードメーカーいじめるのやめてもらえますか? この署内では看板娘らしいですからね。お菓子と飲み物を持った『多麻ねぇさん』ですよ」
「げ、聞こえていたんだなぁ。地獄耳なんじゃないか。今のは言わないでおくれよ。絶対に。しーってことで」
岳虎は冷や汗をかいて、静かにのポーズをとる。
「署長から抜擢されての看板娘やってるんですから。大事にしてくださいよ」
「へいへい……」
席につき、適当にバウムクーヘンの袋を開けて頬張った。
「それより、さっきまで取り調べしてた牧角 滉史容疑者いるじゃないですか。どう
やら、警察関係者のお知り合いか親戚らしいですよ。性格歪んじゃったんですかね。正義と悪を図り間違うってことでしょうかね」
家族または親戚、知り合いに警察がいると、正義を貫くあまりに悪者扱いされることも少なくない。近寄りがたい存在になるのも無理もない。子供に罪はないのだが、あまりにも正義をかためるとどこか緩めたくなる。人間のサガなんだろう。警察だけじゃない、教師や教育関係者も同じことが言えるのかもしれない。ごく一般常識で育ってきた人間になるというのは、度を越えるとよくない方向へ歪む可能性もあるのかもしれない。地獄谷正真にも身に覚えがある。
「警察関係者……ふーん」
岳虎は、河野 芽依の言葉が突き刺さった。首をブンブン振って、忘れることにした。今はそれを考えたくなかったからだ。
そこへ署内では通報アナウンスが響く。




