第11話 空虚な兎たちの末路
「甚録さん、これで、俺は完全に小茄子川 岳虎ですからね。心配はいりませんよ」
ポケットから紙タバコを取り出し、自然の流れでライターの火をつけた。甚録は、岳虎が持つタバコを指先ではさみ、火を消した。怖い顔で睨む。
「社用車は、禁煙だ。吸うんじゃない。これは、正真でも岳虎でも注意することだぞ」
今すぐにも殺されるんじゃないというようなオーラで甚録は、タバコを粉々に消し去った。さすがは地獄の使者だ。長年、閻魔大王と一緒にいただけある。この世界のルールは律儀に守る性格のようだ。
「げ……俺の貴重なタバコが」
「それはお前のじゃなくて、小茄子川のものだろ。勝手に自分のものにするなよ」
「体は本人のものなんだから、吸っても何ら問題はないだろ。ケチだなぁ! 今、紙タバコ高いんだからな!」
負けじと怒りを見せる岳虎だったが、運転に集中しているため、聞く耳も持たなかった。
「…………」
岳虎は、タバコを吸うこともできず、ただただ、窓に映る都会の景色を眺めていた。国道の車線が多い道路を甚録は安全運転で向かう。事件現場につくまでは、ラジオからジャスのピアノ音楽が静かに流れていた。二人は、何も話すことはなかった。
「お疲れ様です! 事件の概要を説明させていだきますね。昨夜未明に都内の孤島
にて兎の大量殺害が行われたことが通報者の夫婦により分かりました。ここに一人で訪れていた男性の都内在住の牧角 滉史容疑者を逮捕したところです。署にて取り調べをしようかと考えていましたが、いかがいたしましょう」
巡査部長の野田 雅紀は、事件の概要を説明すると、敬礼をした。手袋をはめて、事件現場を確認する甚録に横で同じように手袋をはめてからKEEPOUTの黄色テープをもちあげて、鑑識に声をかける。甚録よりも動きは、早かった。
「んで? どんな感じっすか」
「お疲れ様です。そうですね。牧角 滉史容疑者が持っていたサバイバルナイフが凶器とみて、いいでしょう。指紋検査結果ですぐわかります。でもまぁ、可愛い動物をこんなふうに残虐に殺してしまうなんて人間として疑いますよね」
鑑識の筒井 直人は、小さな孤島全体に広がった兎の死体を悲しみ顔をして見つめ、ため息をつく。犯行に及ぶのも分かるのが、凶器を隠さずにずっと持っているのはおかしいと感じる。小茄子川は、ぼさぼさに生えた髭を触りながら、事件の起こった島の隅々まで調査した。何かを隠すために兎の大量殺害したのか。それでも殺人事件でも起こした後のカモフラージュなんじゃないかと様々な推測を立てる。小茄子川 岳虎は、さっそく、巡査部長の野田 雅紀の横にいた犯人の牧角 滉史 容疑者のそばに寄った。手錠をかけられて、落ち込んでいるかと思いきや、ほくそ笑んでいる。何か罠を仕掛けているのかと恐怖を覚えた。
「その企みも俺には分かるんだぞ」
小茄子川 岳虎は、牧角 滉史の額に右の人差し指をあてた。風が沸き起こる。指先が光る。岳虎の脳裏に瞬時に牧角 滉史の記憶と感情が送り込まれてくる。左のこめかみがズキンと痛む。また、正真の記憶が走馬灯のようにたくさんのモニターが揃うテレビ局の中のような空間に襲われた。どれが、正真の記憶で、どれが牧角 滉史の記憶か分からなくなる。何故か、岳虎の記憶まで入り込んでいた。頭痛がズキンとして、立っていられないほどだった。
「くっ……」
牧角 滉史の感情は憎悪で満ち溢れている。幼少期の記憶、学生の頃の壮絶ないじめ、職場の陰湿ないじめ。どこへ行っても、人として扱われない現実がそこにはあった。正真自身もどこか似ている記憶があり、自分と重ね合わせてしまう。迷いが生じてしまい、記憶の空間から戻って来られなくなっていた。そんな中、岳虎の筋肉がうずき始める。記憶の空間の中、正真はあまりにも自分自身と似ている過去に向き合ってしまい、精神が崩壊寸前まで行ってしまう。強靭なメンタルを持つ小茄子川 岳虎が記憶の空間の中で正真を助けようとした。両腕の筋肉がムキムキになり、正真の意識が正常に戻ってくる。
記憶の空間の中で、正真は岳虎に助けられて、どうにか正気に戻った。空中に透明なモニターを映し出し、そこへ牧角 滉史の記憶の映像をまとめ始めた。自分の記憶を邪魔することなく、牧角 滉史の過去を見ることができる。正真の横で岳虎は一緒にその映像を見入っていた。




