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2曲目のダンスパートナー

原作の乙女小説『聖女伝説』の中でも、舞踏会のシーンは出てくる。

王宮舞踏会は、主人公の聖女セレナとアレクシオ王子との愛が深まる重要なイベントだった。


実はエルフィンド王国の風習なのだが、舞踏会には、こんな暗黙のルールがある。

男性は2曲目のダンスで、本命の女性を誘うとされているのだ。

なので、1曲目で踊る女性は2曲目の前フリ、つまりは本命でない女性と踊ることが多い。


原作小説での流れはこうだった。


アレクシオ王子は、周囲の予想に反して、1曲目のダンスパートナーとして聖女セレナを選ぶ。

選ばれたセレナは、当然そのことにショックを受ける。自分は王子の本命ではないのだと。


けれど2曲目が始まった時、王子はもう一度セレナにダンスを申し込む。


セレナは驚きながら王子の申し出を受け、そのまま2人はしっかりと手をつなぎながら2曲目を踊り始めるのだ。


曲が終わると、アレクシオ王子はセレナを抱き寄せながらこうささやく。


「私は今日、セレナ以外の女性と踊るつもりはないからね」


小説での舞踏会は、こんなシーンで幕が閉じられる。


そしておそらく、今日の舞踏会でも同じことが起こるに違いない。


アレクシオ王子が、聖女セレナと踊り続け、甘い言葉をささやく。


アレクシオ王子は私の推しなので、そんな2人の熱いシーンなど見たくはないのだが……。


でも、こればかりはどうしようもない。


私は舞踏会場の隅っこで、できるだけ目立たないようにして、今日1日を乗り切ればいいだけのこと。


自分にそう言い聞かせている時だった。


会場の隅で隠れるように立っている私に、わざわざと近づいてくる女性がいた。


それは、取り巻きを引き連れた真っ赤なドレス姿の聖女セレナだった。


セレナは私の目の前に立ち、こう言った。


「アリアさん、そのドレス、まさかミランダ王妃からお借りしたのではないでしょうね?」


「……はい」


「そのようなお申し出は、丁重にお断りするのが礼儀なのよ」


「……お断りしたのですが」


「平民のあなたは、そのようなことも分かっておられないのね。常識知らずにも程があるわ」


「……」


「あまり調子に乗っていると、痛い目にあいますわよ」


セレナはそう吐き捨てると、私からくるりと背を向け、そのまま立ち去っていった。


やはり聖女セレナは、私のことがかなり気に入らない様子だ。


聖女を差し置いて王妃を救ったのだから、当然と言えば当然か。


でも、あんな言われ方をしたら、私の心も自然と波打ってしまう。

ふーと深呼吸をしてからつぶやいた。


「気にしない、そして目立たない」


それにしてもアレクシオ王子は、どうしてセレナのことを好きになったのだろうか。

何か彼女を好きになるきっかけでもあったのだろうか。

それともただ単に、容姿がドストライクだったとか。

小説では、そのあたりのことが描かれておらず、私はなんとなく不可解な気持ちでいた。


あんな根性の悪そうな女、どこがいいのだか……。


しばらくすると、オーケストラが楽器を演奏し始めた。その音は調和を保って重なり合うと、ゆったりとした上品な音楽を奏で始めた。

ついに舞踏会が、始まったのだ。


「あードキドキするわ」


令嬢たちの視線はアレクシオ王子へと集まっている。


「王子と最初に踊るのは誰かしら」


「きっと、無難にご親族と踊られるんじゃない」


「そうよね。いつも王子は誰も傷つかないようにと、ご配慮されるお方ですもの」


会場の隅にいる私は、アレクシオ王子にそっと視線を移した。


穏やかな音楽が演奏される中、アレクシオ王子は聖女セレナに近づき、スッと手を差し出しながら頭を下げた。


ダンスの申し出だ。


セレナは不満そうな顔を見せたが、周囲の目を気にしてだろう、すぐに満面の笑みを浮かべると王子の手に自分の手を重ねた。


周囲の令嬢たちがざわつき始めた。


「意外だわ」


「1曲目にセレナ様をお誘いするだなんて……」


「王子には、お目当ての女性が別にいるということかしら……」


王子とセレナが1曲目で踊りだしたことに、会場中の女性たちが驚いているようだった。


けれど、私は違った。

小説で読み、このあとの展開も知ってしまっているからだ。


1曲目で落ち込むセレナを、2曲目で喜ばす。


これは、王子の計算された演出なのだ。


この舞踏会で、私の推しの王子は聖女セレナとの距離を一気に縮めてしまうことになる……。


私にとってはかなり不満な展開だが、こればかりはどうしようもない。


今できることは、そんな二人を遠くからそっと眺めているだけ。


思えば私、アメリアは、アレクシオ王子と婚約していたときでさえ、彼からダンスを誘われたことなど一度もなかった。

王子にとって私は、親に決められた不本意な婚約者であるだけで、一刻も早く別れたい相手だったのだから。


王子とセレナが硬い表情で踊る中で、一曲目のダンスが終わった。


男性たちはパートナーに一礼をして、2曲目の本命女性のもとへと向かいはじめた。


そんな中で、令嬢たちの注目を浴びているのは、もちろんアレクシオ王子である。


王子は2曲目に誰と踊るのか……。


私は、一度見た映画をもう一度見直すような感覚で、王子とセレナの様子を伺っていた。


一旦、王子がセレナに礼をして別れるふりをし、その後でまた改めてセレナにダンスを申し込む。

そうなるはずだったけれど……。


けれど……、予想外のことが起こり始めた。


なんと、アレクシオ王子はセレナに丁寧に礼をすると、そのままセレナのそばから離れてしまったのだ。


大切な2曲目なのに……。


私は目を丸くして、王子がセレナから離れていく姿を見つめ続けた。


すると王子の姿が、私の目の中でだんだんと大きく映りはじめてきた。

王子は、私へと近づいてきたのである。


会場中の人たちが、王子の動きに注目している。

そして王子の足は止まった。私の目の前で。


王子は私にゆっくりと右手を差し出しこう言った。


「アリアさん、是非私と一緒に踊っていただけませんか」


アメリアには一度もダンスなど誘ったことのなかった王子が、今はアリアに扮している私と踊りたいと言っている。


冷静にならないと。


舞い上がっている自分に言い聞かせた。


私にとって最も大事なことは、目立つことなくこの舞踏会をやり過ごすこと。


だから……。


こんな誘い、断らないと。


だけど……、断ったら断ったで目立ってしまう……。


目の前では、推しの王子が私とダンスをしたいと言ってきている。


こんなことって……。


もうどんな理屈も通用しなくなっていた。

自然と私の右手は、差し出された王子の手に吸い寄せられていく。


そしてついに、私の手と王子の手が重なってしまった。


会場中の注目を浴びてしまったのは、言うまでもなかった。

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