王子からのお届け物
(アメリアside)
私が宮廷から帰ってくると、オズワルドの息子、ゼノンが心配そうに尋ねてきた。
「アメリア様、正体がバレずに済みましたか?」
「大丈夫だったと思う」
疲れ果てた私はカツラを取りながらそう答えた。
老け顔メイクにメガネ、それとこのカツラ……。
本に書いてあるとおりだった。
「なんとか別人のアリアになりすますことができたはずよ」
それにしてもこんなカツラ、よく店に置いてあったものだ。
なかなかこの手のものは売っていない。
ちょうどいい具合に白髪が混じっているカツラなんて……。
本当にラッキーだった。
「それで、ミランダ王妃は無事に助かったのですか」
「ええ」
「王妃が死ななかったということは、これでアメリア様が処刑されることなどなくなったのですね」
ゼノンの若くて整った顔は真剣そのものだ。
おそらく本当に私のことを心配してくれているのだろう。
年下の男の子が、私のことを気遣ってくれるなんて、どことなくこそばゆい。
「だといいんだけど、まだ毒を盛ったのは私だと思われてるみたいだから」
「真犯人は一体誰なんでしょうか」
「分からない、全く分からないわ」
今私は、ゼノンの家で身を隠している。
お金がなくても身を隠せるところということで、オズワルドに紹介をしてもらったのだ。
オズワルドからは、息子は絶対に信用のできる男だから安心してほしいと言われた。
その言葉通り、ゼノンは誠実そうな青年だった。
歳はまだ17歳と聞いているので私より4つも若い。魔法高等学校の3年生で、成績は首席だそうだ。
「ねえ、ゼノンはそんなに勉強もできて、さぞかし女の子にモテるでしょ」
急な私の質問に、ゼノンははにかんだ顔をした。
「そんな、全くモテません」
嘘に決まっている。
もし私がゼノンの同級生だったら、ほっとけないくらいのイケメンなのだから。
「彼女はいるの?」
「おりません」
「だったら好きなタイプは」
「……」
本当に可愛い男の子だ。でもこれ以上思春期の男の子を刺激するのはやめておこう。
私も21歳、ゼノンとは4つしか違わない。
当分の間は、同じところに住むわけだから、万が一変な気を起こされても困ってしまう。
まあ、信用できるオズワルドの息子だから、大丈夫なのだろうけど。
そんなことを考えている時だった。
入口の呼び鈴が鳴った。
「ここに人が訪ねてくるなんて、誰だろう」
ゼノンが首を傾げながら玄関に向かう。
そしてすぐに慌てた様子で戻ってきた。
「アメリア様、大変です」
「どうしたの?」
「アレクシオ王子の使いと名乗る男が来ています」
「何ですって」
私は焦った。
「私の居場所がどうして分かったのかしら」
捕らえられるしかないのか……。
将来のこと、すなわち斬首刑に処せられることを想像すると、目の前が真っ暗になってきた。
そんな私の不安を感じ取ったのだろう。
ゼノンは慌ててこう言った。
「使者はアメリア様に会いに来たのではないようです」
「どういうこと、それなら誰に会いに来たと言うの?」
「男は、アリア様に会いたいと言ってきています」
何ということだろう。
城からここに戻る際、居場所が特定されないように、慎重に回り道をして帰ってきたはずなのに。
こうも簡単にバレてしまっているなんて。
「どうしましょう」
「とりあえず男を通すしか……」
「じゃあ、時間を稼いで。アリアに変装するわ」
「変装ですか?」
「そうよ。このままだとアメリアだとバレてしまうじゃない」
ゼノンは私の顔を見つめこう言った。
「今、アメリア様は、まだ老け顔メイクをされたままですよ。王宮から戻ってきたところですから」
言われてやっと気づいた。
それほど焦ってしまっていたのだ。
「そうだったわ。とりあえずはラッキーが続いてるわね」
私はあわてて白髪交じりのカツラをかぶり、メガネをかけ、アリアの姿になった。
「では、使者を招き入れますね」
「お願い」
「万が一の時は、僕が命に変かえてでも何とかしますので、安心してください」
「ありがとう」
そう言ったが、ゼノンに迷惑をかけるわけにはいかない。
もし私がアメリアとバレたら、私だけでなく、匿っているゼノンにも迷惑をかけてしまう。
そう考えると、ことの重大さに体が震えてきた。
女優よ。私は女優なのよ。
心のなかで呪文のようにそんな言葉を唱え続けた。
「お姉さん、入ってもらいますね」
こういう時のために、ゼノンは私の弟だということにしている。
彼にも演技をさせるのだから、色々と不安要素は尽きない。
「どうぞ」
姿を見せたのは、先ほど王宮でも会ったアレクシオ王子の側近、シビルだった。
「王妃を救ってくださり、本当にありがとうございました」
部屋に入るなりシビルは深々と頭を下げた。
「実は王子からアリア様にお届け物がございます」
「お届け物?」
「はい」
そう言うとシビルは小さな箱を私に差し出した。
「何ですかこれは」
「開けてみてください」
言われるがままに箱を開けると、中には驚くものが入っていた。
「どうぞ手に取ってください」
「これは……」
「王家に伝わる秘宝のネックレスでございます」
「……」
「こんな高価なもの受け取れません」
「これは、アレクシア王子のご指示です。受け取ってもらわなければ私が困ります」
「けれど……」
私は目の前にある宝石を見て困惑していた。
その宝石が大粒のルビーだったからだ。
ここグランデ王国では、男性が女性にルビーを送る場合、愛の告白として使われるのが慣例なのだ。
王子はその慣例を知っているのだろうか。
いや知らないわけがない。
ルビーを受け取とるということは、その女性は男性の愛を受け入れたという意味になる。
「ごめんなさい、何とかお返しする方法はないのでしょうか」
「何度も申しますが、お断りされると私の立場がありません。どうか……」
シビルは差し出した手を引っ込めようとしない。
「何としてでも受け取ってもらいます」
私は渋々、シビルからネックレスの入った箱を受け取るしかなかった。
「ありがとうございます。それから……」
「まだ何かあるのですか」
「はい、近々王妃の回復を祝した舞踏会が開かれる予定です」
「舞踏会?」
「もちろんそこにはアリア様も出席していただきます。是非、そのネックレスをお付けになっていただければと思います」
身の安全のため、アレクシオ王子とは、関わらない方が……。
でも、断れる雰囲気ではない……。
「具体的なことが決まりましたら、また打ち合わせに参ります」
そう言い終えたシビルは、特に不可解な様子も見せずゼノンの家を後にしてくれた。
「ふぅー、何とか凌いだわよね」
私は大きなため息をついてシビルを見送った。
王家の紋章が入った箱に収められているルビーのネックレスが、私の横で輝いていた。