母に封じられた魔法
「あの店主はとんだタヌキ親父です。この指輪は間違いなく本物の魔道具です」
「どうしてそう言い切れるの」
「先ほど、アメリア様の指輪を外した左手が白く光りました。その光はお嬢様が子供の頃、魔法を使っていた際に発していた光です」
確かに子供の頃の私は、よく白い光を発することがあった。魔力を込めると、手が光り出すのだ。そして、強い魔力を込めると、手だけではなく全身が光る時もあった。
ただ魔法が使えなくなってからは、私の手や体が光ることは一切なくなってしまったが。
「今、アメリア様の手が白く光ったということは、封じられていた魔力が回復したからではないのでしょうか」
「魔力が……、回復……」
魔力が回復……。オズワルドのその言葉が、すんなりと私の頭に入り込んできた。
「この指輪は、本物の魔道具です。魔道具の中には、魔力を封じ込めるものもあります。この魔道具の指輪が、アメリア様の魔力を封じ込めていたのではないでしょうか? そして指輪を外したので、手が白く光りだした。つまり、魔力が戻ったのではないでしょうか」
「……」
「指輪を外したアメリア様は、また昔のように魔力が戻っているはずです。さあ、試してみてください」
確かに私の体の中には、先ほどから心地よい風のようなものが流れ込んできていた。
とても懐かしい力。
忘れかけていたけど、これが私の魔力なのだろうか。
試しに私は、自分の中に流れ込んできている爽やかな風を、左手に移すように集中してみた。
すると……、今度は、先程よりも強い光が左手から発せられた。
私はかがみ込み、道端に生える枯れかけた植物に光を当ててみた。
すると、そのしおれた茶色い葉が、生き生きとした緑色に変色し始めたのだ。
「私、魔法が使えるようになっている」
唖然としながら私は自分の左手を見つめた。
子供の頃の私は、天才と称されるほど、魔法に長けていた。
ある時は、魔の森で瘴気に侵された男の子を助けたこともある。
瘴気を体から抜き取るなんて、聖女様でも簡単にできることではない。それを、当時6歳の私は平気でやってしまったのだ。
そんな、魔法の天才だった私が、なぜか突然、魔法が使えなくなってしまった。
その原因が、この指輪だったのか。
でも、どうして?
この指輪をくれたのは、亡くなった私の母だ。
母はずっとこの指輪をつけていなさいと私に言った。
ということは、母は私から魔法を故意に奪ったということだ。
なぜそんなことを?
「子どもにこんな魔道具をつけさせる母親なんて、どうかしているわ」
私は思った通りのことを口にした。
オズワルドは困った顔をしている。
「きっとこれには何か事情があるのです。事情があって、お母様はアメリア様の魔法を封じたのです」
「そうかしら。魔法は使えないより使えるほうがいいに決まっている。魔法が使えないことで、私は多くの人に引け目を感じながら生きてきたわ」
そうなのだ。
聖女セレナや他の魔法使いたちを横目で見ながら、私はずっと彼女たちを羨みながら生きてきたのだ。
「こんな恐ろしい魔道具なんか、もう必要ない。別の道具屋に行ってさっさと売り払ってしまいましょう。きっと、すごいお金になるわよ」
「それはいけません。お母様から授かった大切なものですよ。それに、これからも身を隠すためには、このまま魔力を封じておいたほうが安全ではないですか」
オズワルドの言葉には、確かに一理あった。
魔法使いの中には、他人の魔力を感じ取る力を持っている者がいる。
強い魔力を持ち合わせていると、それだけで目立ってしまうのも事実だった。
「さあ、お嬢様、今はこの指輪をお付けになり魔力を封じて、まずは身を隠すことを考えましょう」
オズワルドは、グランデ公爵家の執事として、とても有能な男だった。
感情的な理由で指輪を売ってしまうよりも、今はオズワルドの言葉通り、目立たなくすることのほうが重要だ。
私は改めて、魔道具の指輪を左手の小指にそっとはめてみた。
すると、私の中に流れていた心地よい風のような魔力が、ゆっくりと消え去ってしまったのだった。