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お姉様は妹に会う

 

 リチアが八歳の時、隣国との婚約が決まった。

 その少し後に妹フローラの婚約も決まったのである。相手はレオフォルト殿下。

 なんとフリージア王国、第三王子である。

 王位継承権はあるが低い。もし第一王子イオスに子が産まれてもその子供よりも王位継承順が上になる事はない。それはレオフォルトが側妃の子供だからだ。

 だが王位継承権がある、レオフォルト本人の意思関係なく王位継承争いに巻き込まれる事を危惧した。


 王妃の子は二人。第一王子イオスは優秀勤勉、人柄も良く他国からも評価が高い。第二王子はそんな兄であるイオスを支える為に帝国へ留学、騎士になることを選んだ。

 王族が王位継承権を放棄すれば、その代わり公爵の爵位と領地を賜ることもできる。

 だが、ひとりで城から出すのを可哀想に思ったのだろう。

 陛下はリチアの父、リブランド公爵と相談した結果レオフォルト殿下は、リブランド公爵家に降下することが決まったのだ。

 こうしてレオフォルト殿下と妹フローラとの婚約が結ばれた。当時わずか六歳である。


 殿下が公爵家に降下してくる、妹はリブランド家にずっと居ることができる。自分の婚約が決まった事より喜んだものだ。だって家に行けばいつでも会えるし、屋敷の中ならば安全に守れるのだから。


「…そう思っていたのだけどね」


 整えられた芝生を通り抜け、石畳に脚を伸ばす。たどり着いた噴水広場は人がおらず、落ち着いた空気が当たりを包んでいる。

 もうすぐ授業が始まるから人がいないのもあるだろうけど、少し奥まったところにあるので見つけずらい。留学前はよく、水の音を聴きながら考え事をしたものだ。


「……」


 ぴちち、水音が地面に落ちる音が聞こえる。その物音の方へ脚を向ければ、噴水の裏。リチアにとって愛しい髪色が揺れていた。


「フローラ」

「!、ひゃっ…!」


 優しく声を掛けたつもりだけど、肩をびくりと震わせて振り向いた。フローラは目をぱちぱちとさせて私を見つめる。やだ可愛い。


「お、お姉様…?」

「そうよ」


 フローラの手元を見やるとハンカチを絞っていた。よく見ると教科書やペン、本やカバンまで濡れている。どうやら妹はせっせと水気を切っていたらしい。その様子を見たリチアは思わず目をスゥ、と細めた。


「…まぁ」

「ち、違うんですお姉様!手を滑らせて落としてしまって…」

 

 リチアはフローラの手を取る。

 ああ、やはり指先が冷えてる。水気をせっせと切っていたせいだろう。自分の体温を分け与えるように優しく包む。そのまま手を引いてベンチに座らせた。


「ごめんなさい、せっかく買っていただいた本を…」

「そんなのはいいの。誰にやられたの?」

「え、」


 考えるまでもない。手を滑らせて通学鞄ごと噴水に落とすなんておかしい。そもそも今は昼休み、ランチだからとわざわざ荷物を入れて通学鞄を持ち歩くとは思えない。

 つまり答えはひとつ、悪意を持った誰かに落とされた。


「…フローラ、何があったのか教えてちょうだい」

「、えっと…」


 フローラの瞳が戸惑ったように揺れる。リチアは両手でフローラの手を温める。


「気を遣わなくていいの、私達は家族なのよ?」

「……お姉様、本当に手が滑っただけなんです。私は大丈夫ですから」


 へにゃりと笑うその顔。どう見ても大丈夫じゃない。

…この子の悪い癖だ。他人は助けるのに自分のことになると途端に隠してしまう。


「フローラ」


 額をこつん、と合わせる。蛍石のような瞳を見つめた。不安げなその顔を見るだけで胸が痛む。


「隣国に行く前はリアお姉様って呼んでくれたのに…寂しいわ。私のこと嫌いになった?」

「!そ、そんな事ないです…!」

「それでもいいわ、これだけは覚えておいて。何があっても私はフローラの味方よ」

「っ、う、…う」


 じわじわ、フローラの瞳から涙が流れる。ハンカチを取り出して拭いてあげると、更に溢れてしまった。


「うぅ、リアお姉様〜!」

「あら…泣かせてしまったわ、貴女の姉失格ね」

「ひっく、失格じゃありません…!嫌です、私リアお姉様がお姉様じゃなきゃ嫌です…!」


 リチアの胸元に飛び込んできたフローラをよしよし、と優しく撫でる。リアお姉様がお姉様じゃなきゃ嫌なんて、その言葉だけで私は幸せだわ。


「さぁ、屋敷に帰りましょう」

「え?でも私…」

「そんな顔で授業に出るなんてだめ、今日は休みなさい。もう担任の先生に許可は取ってあるわ」


 リチアは1年生棟に来る前に担任から許可を取っていた。濡れた鞄や本などを回収するとフローラを連れて、リブランド家の馬車へと向かった。



 馬車に揺られながら屋敷に向かう。少しは良くなったけどやっぱり顔色が悪い。

 濡れた鞄は買い換えましょう、他は執事のセバスに聞いて大丈夫そうなものは乾かしてもらいましょうか。


「……」

 あらあらそんな寂しそうな顔をして。私は隣をぽんぽんと叩く。おいでの合図だ。するとフローラはリチアの隣に腰掛けた。

 私に擦り寄る妹、その肩を優しく撫でる。


「屋敷に着いたら久しぶりにお茶会をしましょう、フローラの好きなミルクティーを入れてあげるわ」

「リアお姉様…」

「なぁに?」


 フローラが顔を上げて神妙な面持ちで口を開いた。


「私…鞄を…手を滑らせて落としたんじゃないんです」

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