お姉様は遭遇する
予約投稿21時になってました、すみません
リチアは1年の学舎である棟に来ていた。
大きな中庭を抜けるとフローラの教室であるAクラスがあったはず。リチアも1年生の時はAクラスだったのでその脚に迷いはなく、靴を鳴らしながら廊下を歩いていく。
それにしても懐かしいわね。
「あのリボンの色…三年生だわ」
「一体どちらのご令嬢なのかしら」
この学園では学年ごとにリボンとネクタイの色が異なる。三年生の色のリボンを付けた生徒、1年生の棟を歩いていては目立つ。
上級生の姿に1年生達は戸惑うように廊下の端に寄る。
(このままだと騒ぎになるわね)
これ以上進むのはやめよう。リチアはそう思い立ち止まる。既に騒ぎになっているのだがリチアは辺りを見渡し、目の合った生徒にニコリと笑いかけた。
「ごきげんよう、少しよろしいかしら」
突然声を掛けられて女生徒は驚いたように声を上げる。
「は、はい!」
「妹を探しているのだけど…」
フローラという名前の生徒を知らないかしら、そう言いかけたリチアの後ろ。背後から革靴を鳴らして近付いてくる。
「おい、一体何の騒ぎだ…リチア・リブランド?」
少し早足の靴音だと思ったらレオフォルト殿下だったらしい。リチアは優雅にスカートの裾を持ち上げる。
「レオフォルト殿下、ご無沙汰いたしております」
「…復学したという噂は本当だったのか」
驚いたようにぼそりと呟かれた言葉。リチアはにこやかに微笑む。
「ええ、先日隣国から戻ってまいりました。レオフォルト殿下もお元気そうで何よりですわ」
廊下にいた生徒達はざわざわと二人を見つめる。どうやら殿下が公爵令嬢と言ったのを聞き逃さなかったようだ。ため息を漏らすようにレオフォルトは口を開いた。
「……もう午後の授業が始まる、三年生の棟に今すぐ向かわないと間に合わないのでは」
レオフォルトの態度がよそよそしい。以前から二人で話す時は少しぎこちなかったけれど、今の殿下は目も合わせず逸らしてばかりだ。留学していて久しぶりに会ったとはいえ少しおかしい。まるで私にこの場所にいてほしくないような。
「まぁ、私を心配してくださるのですか?どうもありがとうございます」
「い、いや」
「本日は復学したばかりですから午前で授業は終わりでしたの、今帰るところですわ」
「…では何故」
「レオ様!」
女生徒がレオフォルトの後ろから現れた。そのまま寄り添うように殿下の袖を掴む。
「ミーシャ」
「こんなところにいたんですね、私ずっと探してたんですよ?」
「あぁ、それは悪かったな」
(まぁ、まぁ、まぁ)
リチアは笑顔を浮かべたまま固まってしまった。レオフォルト殿下の言葉を遮って会話に入った挙句、謝罪もない。いくら学園内では身分の優劣は等しいとはいえ最低限のマナーというものがある。ましてや王族に挨拶もないとは。
…しかもその殿下の許可なく触れるなんて、それなのにレオフォルト殿下は注意すらしない。なんとまぁ親しげな様子ですこと。殿下には婚約者がいるのに。
「ねぇレオ様、あの人誰?三年生がなんでこんな所にいるの?」
水色のリボンを見て察したのだろう、リチアの方を見ながら不思議そうに首を傾げている。あら、聞き間違いではなかったのね。
レオフォルト殿下を愛称で呼ぶなんて、本人が許したとしても婚約者のいる男性をそう呼ぶなんて常識がなっていないのかしら。
まぁ、常識がないから今も殿下の腕に擦り寄ってるんでしょうけれど。
「ごきげんよう、リブランド家の娘のリチアと申します」
丁寧に挨拶する。こういうマナーのなってない人間は相手にしたくないけど、ここは学園であって社交場ではないから。ならば完璧な淑女として周囲に格の違いを見せつける。
「え?リブランド家…?もしかしてフローラ様の…?」
「ええ、フローラは私の妹ですわ」
驚いたようにリチアを見つめる女生徒。
ふふ、挨拶を返す礼儀すらなってないなんて呆れすぎて笑ってしまうわ。口元を指先で隠す。…先程からよく喋るけれど思い付いた事を口にする方なのかしら。まるで幼い子供。立ち振る舞いといい、とても淑女教育を受けた令嬢には見えない。一体どちらのお嬢様なのかしら。
「では殿下、私は失礼いたします」
「…あぁ」
この辺にしましょうか。相手は入学したばかりの1年生だ、いつの間にか周りに人が集まっている。リチアが足を進めると前方にいた生徒達が道を開けるように端に寄った。
さて、フローラの元へ行かないと。声を掛けた女生徒に聞きそびれてしまったけれど、彼女は奥の噴水広場へと視線を投げていた。
きっとそちらにいるのだろう。
リチアが廊下から立ち去ると、生徒達は散るように教室に戻っていく。先程レオフォルトにくっ付いていた女生徒、ミーシャは立ち去った後もその方向を睨んでいた。
「…リチア?どうして?フローラの姉が隣国から帰ってくるのは卒業してからだったはずなのに…シナリオと違う」
レオフォルトに呼ばれると、ミーシャはころっと笑顔を浮かべて再びその腕に擦り寄った。