お姉様は調査する
久しぶりの友人とのランチを終えた後、学園の廊下をコツコツ歩いていく。
「まぁ、リブランド公爵家のリチア様よ…!」
「復学されたのは本当でしたのね」
少しくせっ毛のウェーブがかかった髪を翻し、優雅に歩く様は正しく完璧な令嬢。通りすがりの生徒達は思わず立ち止まり、うっとりと眺めている。
(それにしても悪役令嬢だなんて…学園の生徒達は何を言っているのかしら、あの子は地上に舞い降りた天使よ?)
完璧な令嬢であるリチアがそんな事を考えてるなんて、彼女達は知らない。
今日リチアは復学したばかりと言うこともあり、留学先であったタンザナイト学園との授業のすり合わせが済んだら屋敷に戻る予定だった。
(ここに来るのも久しぶりね)
他とは作りの違う白い扉、ノックを鳴らすと返事が返ってきた。ドアノブに手を伸ばすとゆっくり扉を開けた。
「久しぶりだね、リチア穣」
奥の机に優雅に腰掛けている男性は私と同じ三年生であり、この生徒会室の現会長。
「…お久しぶりですイオス殿下」
そしてフリージア王国第一王子、イオス・フリージア王太子殿下だ。
殿下は人の良さそうな笑みを浮かべると、私をソファへと案内した。
「無事留学を終えて、本日から復学いたしました。またよろしくお願いいたします」
「私の方こそよろしく頼むよ、…しかし。今日は挨拶の為だけにわざわざ顔を見せに来た訳ではないのだろう?」
イオスの言葉にわざとらしくないように口元を隠して愛想笑いを浮かべる、ふふふ、流石殿下。すでに私が生徒会室に訪れた、いえ…殿下を訪ねてきた理由に察しがついているらしい。
「勿論、私の妹であるフローラの事ですわ」
「だろうね、何処まで聞いている?」
「…ボルドー男爵令嬢を虐める悪劣非道で傲慢な悪役令嬢。そのせいで一年生のほとんどがフローラを冷遇しているとか」
「そこまで知っているのか…学園に復学して半日程しか経っていないと思うが」
「半日も、経っていますわ」
そもそも国に戻ってきてから妹の悪評を耳にするなんて、遅過ぎるのだ。
私が隣国に行っている間に妹が言われも無い行為で傷付いてしまった、それだけで怒りが抑えられないのにフローラは私の為に必死に隠そうとしている、本当に心優しい子。実の姉として心が痛い。
すでにフローラが入学してから三ヶ月程、その間に起こった事はマリンとクラスメイトの令嬢達から聞いている。
本当は私の知らない間にフローラが可愛い行動をしたり、怪しい輩に絡まれないように留学前に頼んでいたのだけどこんな事になるとは。
その他に家の者に”お使い“も頼んでいるので夜には詳細な報告が届くだろう。
「不穏な噂が私の耳に入ってきたのも最近のことでね。ちょうど今日の授業が始まる前に、当事者であるフローラ嬢に事実確認を行ったところだ」
「そうでしたか」
成程。フローラが今朝早かったのは勉強する為ではなく、イオス殿下に呼ばれていたらしい。
「きちんとした調査を行い、噂の真偽を確かめているところだ…すまない」
「いいえ、殿下が謝ることではありませんわ」
生徒会長とはいえ、三年生であるイオスでは知るのは難しかっただろう。
フローラも、ボルドー男爵令嬢も入学したばかりの一年生。
リチアが個人的にお願いしていた友人やクラスメイトはともかく、三年生にまで噂が出回っているのがおかしい。噂の広がり方が異常だ。殿下もまだ確定ではないので口にしなかったが、意図的に流された噂であるのは間違いない。
「いや…それだけではない」
「?」
「レオ…私の弟レオフォルトの事だ」
イオスは申し訳なさそうに目を伏せた。
…ああ、私もそれが聞きたかった。殿下の手前、流石に口には出来なかったのだ。フローラの婚約者であるレオフォルト殿下は、テレンス殿下の弟でもあるから。
「婚約者を守るべきレオフォルトが、ボルドー男爵令嬢を擁護したことで噂が更に悪化してしまった」
「……それこそ、殿下が謝ることではありませんわ」
「いや、私がもっと言い含めておくべきだった」
王族である自覚がここまで足りていないとは思わなかったと、イオスは厳しい表情を浮かべる。
「王族とはいえ学園では一生徒だが、自身の立場を忘れろと言った覚えはない」
そう、学園では身分の優劣は問わない。校則にも在学中に限り王族に関する対応は不敬の責に問わないとある。だからこそ、様々な生徒が通う学園は社交の一環でもあるのだが…
王族であるレオフォルトが、男爵令嬢を擁護した。
そうあっては周りの生徒達もそちらを信じてしまうだろう。だからと言って真実か調べもせず噂だけを鵜呑みにしてしまうなんて、愚か者のする事だけど。
その時、ちょうど昼休憩を終わらせるチャイムが鳴った。…今日はこのくらいでいいだろう、それに私はともかく殿下は授業がある。これ以上は迷惑をかけてしまうから早々に退室しよう。
「イオス殿下、私はこれで。本日はお時間をいただきありがとうございました」
「構わない。先程の話だが事実確認が取れ次第、詳細を公爵家に送ろうか?」
「是非、ありがとうございます」
ソファから立ち上がり頭を下げる。
願っても無い申し出だ、今回は復学と言う名目で生徒会を訪れたが余り二人でいるのはよくない。もし居るところを見られては噂になってしまうから、家で書類で確認出来るのもありがたい。すでに殿下が動いているのなら、数日以内には結果が出るだろう。生徒会室の扉に手を掛ける。
「…リチア嬢、ちなみにだが行き先を聞いてもいいかな?」
「まぁ殿下ったら!私が城に乗り込むかと思いまして?」
冗談で言ったのに、イオスはほっとした顔を浮かべた。殿下?私そこまで直球ではなくてよ。安堵なさらないで。
「勿論、私の可愛い妹に会いに行きますわ」
とりあえず学園側の状況は分かった。今私に出来ることをする為に、今度こそ生徒会室を後にした。
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