第3話
一万円札を財布に収納し、「避妊具」と書かれたこのメモ紙だけが手に残った。
駅へ向かう足は動揺で少し震えてしまう。転ばないように気をつけながら改札を抜けてホームに着く。電車を待ちながらホームに設置されているゴミ箱に目が止まったが、僕はこれを捨てることはでずに丁寧に折りたたんで左のポケットに入れた。
電車に乗ってもどこか左ポケットが気になる。だめだ…紫乃さんのいない時くらい、自分の時間を過ごさないといけない。このままでは全て紫乃さんに支配されてしまう。
大学の最寄り駅に到着するアナウンスが流れ、僕は我に帰る。急いで電車を降りて大学へと向かった。
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1時間目には少しの余裕を持って到着できた。この時間なら講義室の後ろの方もそれなりに空席があるが、僕はいつも人の少ない前の方に座っていた。
必修科目なのでそれなりに出席率も高く、講義が始まる頃には座席の7割は埋まっていた。
大学に座席順にはヒエラルキーが出ると思う。後ろの方に仲間と共に座り、ふざけ合いながら適当に講義を聞く彼らはきっと要領も良く成績も悪くない。そしておそらく「幸運値」も高い。
僕のように人混みを避けて逃げるように前に座ったり、不器用なガリ勉タイプで熱心に板書をするために前に座るような人間は成績も努力の割には微妙で、「幸運値」も低いに違いない。
とは言え、うちの大学の平均「幸運値」は106で、偏差値は学部にもよるが48〜55ほど。ネット掲示板ではFランなんて言われることも日常茶飯事だ。
だから結局この大学でいくら要領よく好成績を取っても、本当の勝ち組や上級国民には程遠い。結局生まれでその後の人生のほとんどが決まっているのだから。
その後、3時間目までの講義を全て終え帰りの電車に乗車した。僕は自然と毒葉邸の最寄駅で下車する。
そして左ポケットのことをどうしても思い出さずにはいられなかった。
駅前のドラッグストアに入ってみる。避妊具が売られている棚の前に立ち止まる。
変な動悸を抑えながら避妊具を探す。
「あれ…?どれもこれも品切れだ」
12月下旬でもないのに、そんなことあるんだろうか?でも、売り切れていたことに安堵してしまう自分がいた。
避妊具を買って帰れば、今夜、僕は紫乃さんに犯されるのだろうか。
反対に買って帰らなければ怒られる?いや、怒られるだけで済むだろうか…例えば避妊具なしでされてしまうなんてことも…
いや何を考えている。そもそも紫乃さんは避妊具を買ってこいと言っただけで、僕のことを性的にどうのこうのしようとしているとは限らない。紫乃さんは確かにサディストではあるが、まだ中学生の女の子だ。こうして僕を悩ませることを喜んでいるだけかもしれない。
毒葉邸への帰り道にもう一軒あるドラッグストアに寄ってみるが、まさかそこも品切れであった。そして、帰りがけに2つのコンビニにも寄ったが1つは品切れ、もうひとつは取り扱いさえない様子であった。
ついに避妊具を手に入れられないまま、毒葉邸に到着してしまった。
呼び鈴を押そうとして一瞬躊躇してしまう。いや…帰るまでに寄ることのできる店には全て寄ったのだ。自分ができることは全てやった。きちんと説明して謝罪したら紫乃さんだってわかってくれる。
そもそも家主とは言えまだ14歳の女の子に何を怯えているんだ。大丈夫、大丈夫。
呼吸を落ち着けて呼び鈴を押す。
「た、ただいま戻りました…」
「ちゃんと帰ってきてえらいね。門を開けたから早くおいで」
初めて来たときと同じく大袈裟な音を立てて門が開く。門がしっかり閉じたのを中から確認してから本宅へ向かった。
本宅の鍵はすでに開けられていた。僕は何かやましいことがあるかのように、できるだけ音を立てないように扉を開け中へ入る。
靴を脱いで玄関へ上がる。廊下を直進し仮の自室と化している書庫への扉を開けた。
するとそこに紫乃さんがいた。例の大きな赤いアンテークソファーにセーラー服姿のまま本を読みながら上品に腰掛けていた。
そのあまりに美しく恐ろしい姿に僕はびっくりして大きな声を出してしまう。
「わっ!し、紫乃さん…ここで何を…?」
「読書」
「え、えっと…何を…?」
「谷崎潤一郎の『春琴抄』」
作品の選び方は紫乃さんらしいなと思うと同時に、背筋に嫌な汗が流れる。
このプレッシャーから早く解放されたい一心で、僕は避妊具を買えなかったことを謝罪しようと口を開く。
「実は謝らなくちゃいけいないことがあって…その、例の紫乃さんからお願いされていたものなんですが…」
「どこにも売ってなかったでしょ?」
紫乃さんはまるで全て知っていたかのような口ぶりだ。財力に物を言わせて事前に買い占めたのか?いやそんなことはさすがにあり得ない。
紫乃さんは僕に手招きをしソファーの隣に座らせる。
「私がいらないって思ったから。だから売り切れたんだよ」
「え…?ど、どういう意味なんですか…?」
紫乃さんはクスクスと怪しく微笑み、僕ににじり寄る。
昨晩のことが思い出される。二度目だというのに、これからされることも分かっているのに…なのに、僕は紫乃さんから逃げることができない。
「いつだってそうなんだよ?あなたの帰る場所が無くなっちゃえばいいのにって思うと、あなたの家が火事になっちゃった。その夜どうしてもあなたを撫でてあげたいって思ったら、いつも行かない公園に散歩へ行きたい気分になって、火事で家が燃えて途方に暮れるあなたに会えた。避妊具を買ってくるようにお願いしたけど、本当はそんなもの無しであなたを感じたいって思うと……売り切れてた」
紫乃さんは僕の頬に手を当てて、恍惚とした表情で愛おしそうに撫でる。そうしながらどんどん僕との距離を詰めてピタリと身体を密着させた。紫乃さんの冷たい体温が伝わってくる。
「な、なんの話なんですか…それに、こ、こんなのだめです、や、やめて…」
紫乃さんが止まることは無いなんてことは分かっている。紫乃さんが僕を犯したいと思えば、その意思から僕が逃れることはできない。普通に考えたらあり得ないことのはずなのに、どうしようも無く本能で理解してしまっている。
「言ったよね。私の「幸運値」は149だって。私が望むとそれを世界が与えるんだよ」
僕の人生において、普通ではあり得ないような不幸の連続は日常茶飯事であった。大切なものだっていつも失ってきた。早くに死に別れた両親がまさにその例だ。
しかしそれは反対に言うと紫乃さんのように高い「幸運値」を持つ人には、普通ではあり得ないような幸運が連続することこそが日常なのだ。
紫乃さんは僕の上にまたがり、首の後ろに手を回す。そして熱っぽい視線で僕を見つめる。
「ぼ、僕のことなんて手に入れても、いいこと、ひとつも無いですよ…それに絶対にすぐ飽きちゃいますよ…」
「飽きない。永遠にあなたを可愛がることを私が望んだから、飽きない」
紫乃さんの幸運は紫乃さん自身の心をも支配すると言うのか…あまりに強引なロジックではあるが、僕はその言葉に納得していた。納得せざるを得ないほどの幸運になずずべなく怯えていた。
紫乃さんは高揚した様子で僕に口付けをする。僕はされるがまま、紫乃さんに唇を貪られる。
紫乃さんはキスを何度何度も繰り返しながら、僕の手を掴み自身の胸を揉ませる。華奢な紫乃さんの薄い身体を感じる。身体そのものというより、紫乃さんのその情熱に焼かれてしまいそうになる。
そんな紫乃さんの密着に負け、僕のアレが紫乃さんの下着に押し当てられる。紫乃さんはそれを認識したようで、僕のズボンのファスナーを下ろす。
「し、紫乃さん…だめ、だめです、お願い」
「美術館であなたを見た日からずっとこうしたかったんだよ」
僕の静止を聞く気は一切ないようで、発情しきった様子で自身の下着をずらす紫乃さん。
そして僕のものをあそこに当てがう。濡れていて、もう入ってしまいそうで。
「待って、待ってお願い…」
「いや」
紫乃さんのモノになることは避けられない。それは分かっている。でも、どうしても聞きたいことがあった。
僕は勇気を出すなら今しかないと思い、必死に最後の力を振り絞って叫ぶ。
「紫乃さんは……っ!」
そして紫乃さんは自身の中に僕のものを入れる直前でやっと動きを止めた。初めて僕の言葉を聞いてくれるみたいだけど…でも、紫乃さんは我慢の苦手な人である。時間は長くは残されていない。本当に必要なことだけを、素早く聞くべきだ。
僕はできるだけ紫乃さんの目を見ながら言う。
「僕の…僕の両親みたいに死んだりしませんか…?」
僕のその言葉を聞いた紫乃さんからは発情の色が少し引き、驚いたように目を丸めた後どこか優しい笑顔を浮かべたような気がした。
「もしもあなたが私のことを大切に思ったとしても…死なないよ。そう私が望んだからね」
それが聞けたのであれば…「幸運値」が66しかない僕が望むことは他にはもう無い。あるはずも無い。残りの余生は全てこのひとのモノだ。
僕はコクリと無言で頷いた。
紫乃さんは僕に軽く優しいキスを2回して、自身の腰を落として僕のものを包み込んだ。
体温は低いはずの紫乃さんだが、その中は温かかった。
紫乃さんは僕に何度も舌を絡ませるようなキスを繰り返し、たまに強引に動いたりもした。
そして終わりの時がくる。
「いいよ…あなたのが欲しい」
僕は紫乃さんの望みに逆らうことはせず、彼女の奥に彼女の望むものを全て差し出した。
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あれから紫乃さんは一度で終わらせてくれるわけもなく、永遠に持ち主の手を離れることの無いように徹底して自分を刻み込んだ。
ソファーで共に眠ってしまったらしく、僕の方が先に目を覚ました。
僕の上で全裸で眠る紫乃さんは年頃の少女らしく無防備な寝顔を晒していた。あんなに乱れてもその顔も身体も髪も美しいままだ。
まるで神が作った芸術作品のようだと思った。そうだとしたら、神はきっと紫乃さんのことが1番のお気に入りなんだろう。どんな望みだって叶えてやるほど子煩悩な神なんだと思う。
そんな子煩悩な親が、自身の失敗作である壊れた玩具といることを許すのだろうか?
「……安心して」
紫乃さんはその声と共に僕を強く抱いた。目を覚ましたのかと思って顔を見ると、どうやら寝言のようだ。
その幸運はどんな不運にも、もしかしたら世界そのものにさえ打ち勝てる幸運なのかもしれない。
僕は紫乃さんを抱き返す勇気はなかったけれど、ただ、ほんの少しだけ紫乃さんのことを初めて可愛らしいと思うことができた。
駄文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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