第2話「異国との狭間で」その②
「…てめーらは俺達の手中にいる。もしなにかしたら、オレが持ってる爆弾で、この飛行機は藻屑と化す。それが嫌なら、その場から動くんじゃねーぞ!」
ハイジャック犯は付近の乗客達に向けて脅しをかける。その周囲の乗客はかなり表情がこわばっており、犯人たちを刺激しないように全神経を集中させていた。中には、この光景に怯えた子供が泣きかけていたものの、隣の母親が「大丈夫…。大丈夫よ。」と、子供を安心させようと必死にあやしていた。
「おい、コックピットは掌握出来たか?」
「あぁ、大丈夫。」とハイジャック犯の一人が答える。
ここまではハイジャック犯にとっては予定通りのフライトであったが、突如として新たなトラブルがやってきた。謎の青年がこっちに向かって歩いてきたのである。
「な、なんだテメエは!止まれ!止まらねえと爆破させるぞ!」
起爆装置をイーデンの方に向けアピールするものの、イーデンは起爆装置をものともせずに彼らの方へ歩みを続けた。犯人はあまりにも動じない姿勢のイーデンに動揺し始めていた。スイッチを握り直したとき、動じない理由はイーデンの口から述べられた。
「もう爆破はしないよ。その装置は既にショートさせてあるんでね。」
「え?」
ハイジャック犯は起爆装置のスイッチを何度を押してみるが、まったく爆発する様子は無かった。
「敵がいる前でよそ見か?」とイーデンはいつの間にか忍びが如くその男の背面を取っていた。それを見たもう一人のハイジャック犯は驚きつつもイーデンに向けて拳銃を構える。
「撃たないほうが身のためだぞ」
その発言を聞き男は頭に血が登ってほぼ反射的に発砲したが、銃は急に爆発を起こして彼の右手を破壊し尽くした。この爆発のショックと痛みによって、ボロボロと化した右手を抱えながら苦悶の表情で倒れ伏した。
「あーあ。だから言ったのに」
背面を取られた方はその暴発に気を取られていたが、なんとか冷静さを取り戻しすぐさまイーデンを肘打ちを決めようとする。しかし、イーデンは青い閃光と共に再び前面に現れ、拳で男の顎に向けて強力な一撃を食らわした。この男が倒れた瞬間、コックピットからもう一人のハイジャック犯が乗客席に現れた。しかし、彼の目前には二人の仲間が倒れている姿と、一人の
「誰だテメエは!」
「火にはご用心を」
男はイーデンに拳銃を向ける前に彼の右腕から突如として発火し、右腕全体が炎に包まれた。彼は銃を捨ててでも火を消そうとするものの、なかなか消すことが出来ない。パニックになり、そのまま転がって火を消そうと奮闘するものの全く意味がなく、少し経過したあとに突然火は消火したが、彼の戦意を失わせるには十分な出来事であった。
こころはこの光景を見て口が半開きのまま硬直していたが、すぐさまリアに尋ねる。
「あの人、こんなに強かったの!?あの能力ってなんなの!?」
「アイツはプラズマを操る能力だ。自分自身をプラズマ化させて高速で移動ができるし、プラズマの一種である火を出現させたり、電流をいじってショートさせたり、プラズマを利用して物質の性質をいじったり出来るんだよ…。って、アイツ、肝心なこと忘れてねえか!?」
あることに気づいたリアはすぐに席を立ち、イーデンのもとへ駆け寄った。こころもリアの行動に困惑しながらも彼女について行った。
彼らの両手両足を機内にあったロープで固く結び、すぐに尋問をし始めた。
「お前らは一体何者だ?答えろ。」
「テメエ…後で覚えてろよ!必ずやネオヒューマンズがお前を地獄へと引き摺り込んでやる!」
「ネオヒューマンズ?なんだそのイカニモな悪の秘密結社は?」
「イーデン!」
リアが怒号とともにイーデンの近くに走ってきた。そしてリアの後ろからこころも駆け寄ってくる。二人の行動にイーデンは呆れる。
「お前らは動くなって…。」
「こいつらを尋問する前にまずコックピットの確認をしろ!」
「え?」
コックピットは航空機で操縦を担う最重要な区画である。そこにテロリストが入り込んでいる状況はどう考えても危険であったのだが、イーデンは自身の不注意から、他の乗客や乗務員はこの件で動揺し、誰もコックピット内の様子を確認しにいかなかった。
リアは扉の開ききったコックピットを覗き込むと、運転席で異常事態を確認する。副操縦士も意識を既に失っており、そして機長も気を失いかけていたのである。コックピット内の様子からどうやらハイジャック犯達に薬を飲まされたのが原因らしかった。
リア、イーデンの二人はすぐにコックピットに入り込もうとするが、それとほぼ同時に機長は気を失ってしまった。そして機長は体がハンドルに向かって持たれかけた状態になり、さらに不運にもハンドルは奥に押し出されたために機首(※1)は下がり、航空機は急降下し海面に向かいはじめた。二人はすぐに運転席に向かうが、すぐに強いG(※2)によって身動きが取れなくなる。
「だからテメエは詰めが甘いんだよ!こころ!この航空機のコントロールを掌握出来るか?」
「やってみる!」
なんとか二人は運転席までたどり着き、機長の気絶が原因で急降下している状況を理解する。最善策を二人はすぐに取ろうとする。
「機長をどかせ!」
イーデンの掛け声に合わせて機長を二人がかりで頭から持ち上げようとするものの、彼は太っていたために重く、さらには席の何かに引っかかっていたために、どかすのは至難の業であった。他にも強いGの力によってまともに体を動かすのも一苦労であったため、二人は諦めざるを得なかった。
「クソっ、どかせねえ…。これだったら堕ちる方に賭けるべきだったか…。」
どかそうとしている間にも急降下を続け、客席でも危険な状況であると認識しはじめ、悲鳴が上がり始めていた。リアがコックピットの窓を見たとき、恐ろしい情景が写っていた。晴天によって青色に輝いている水面が、既に間近へと迫っていたのである。普段なら美しい光景だが、リア達には冥界の入口に見え、恐怖感しか感じることが出来なかった。
「高度が低すぎる!」
「水面!水面が見えてるよ!」
「ぶつかる!」
一同は窓からそむけ目を瞑る。リアはこの瞬間、死を覚悟した。
「…えっ?」
数十秒後、リア達は目を開けると、さっきまでは水面が間近に迫っていたはずであったが、いつの間にか安定した水平飛行に戻っていた。
「ここは…、あの世ではないよな?」イーデンはリアに確認する。
「多分…。」
「し、死ぬかと思った…。」こころは涙を流しながら、自分が生きていることに安堵していた。
「き、奇跡だ!奇跡が起こったぞ!」
乗客から歓声が上がると同時に拍手が湧き上がるが、リア達は喜びの感情より戸惑いの感情の方が大きかった。
「何も操作もしていないのにも関わらず、あの状況から回復した…?」
リアは不思議に思っていたものの、こころに指示を出していたことをふと思い出す。
「もしかして、こころのシステム掌握が間に合った?」
「一応、間に合った…。」
こころの発言に一同は驚く、彼女にとっては全くの道である航空機のシステムの掌握が、この緊迫した状況下でなんと間に合ったのだ。リアは感銘を受け、イーデンは大いに感謝した。
「すごいな、こころ!お前のお陰で乗客全員が救われたんだ!」
イーデンは彼女を褒め称えるものの、こころは依然として浮かない顔をしていた。
「で、でも、わたしはそこから何もしてないよ。何も、出来なかった…。」
「…何もしてない?」
「うん」
一同は呆然としていた。何故操縦もせずに飛行機が立て直せたのか?この疑問はこの危機的状況から救われた喜びよりも釈然としない気持ちの方が強かった。
ただイーデンはこの話を聞いて、他の可能性について推理する。
「乗客の誰かに俺達以外の能力者がいるのか、もしくは…。」
「もしくは?」
「・・・俺達の誰かに悪霊がとりついているみたいだな。おおっ、怖っ。」
イーデンはわざとらしく腕を組み、寒がっている素振りを見せた。
「命が助かったんだから悪霊は無いだろ…。」
「とりあえず、俺はハイジャック犯共の様子を見てみる。こころは無理をしない程度に操縦、リアは操縦士達を起こすのを頼む。」
「ああ。」
「アンタは英雄だ!」「ありがとう!」「あなたみたいな能力者もいるのね!」「なにか俺達にも手伝わせてください!」などといった歓声と絶え間ない会話が機内を飛び交っていた。
「ちょっと、乗客の皆さん!ちょっと静かにしてください!ったく、なんで俺がこんな事を…。」とイーデンは機内のムードを鎮めようとしていた。その間にこころはリアにこの現象について尋ねる。
「リアは何が起きたと思う?」
「イーデンの推理通りか、あるいは…。いや、なんでもない。ちょっと応援を呼んでくる。」
そう言い、リアは乗務員を呼びにコックピット内から出ていく。
その後、副操縦士はなんとか意識を取り戻したため、近くの空港に緊急着陸することが出来た。
緊急着陸した先はロシア中部(※3)の空港であり、そこまで大規模な空港という訳でもなかったが、地方の都市圏に近かったためにある程度の設備は整っておりそこまで不便な施設という訳ではなかった。乗客達はこの事件についてロシア当局に事情聴取を受けた。リア達は特に能力者であったために他の乗客とは別室に連れて行かれた為にかなり厳しい取り調べがあるのかと思いきや、調査官からの話の大半がこの事件での活躍による称賛やあまり関係のない雑談であった。調査官から聞いた話では後日ロシアとWFUで共同で調査を行うという。ただロシアとWFUは非常に関係が悪く、この2つが共同で捜査を行うのは異例の措置であったためにリア達は驚いた。さらに事情聴取を終えたら落ち着く間もなく派遣されてきたWFUの調査官に再び事情聴取を受ける事になり、リアは非常にくたびれる事となった。
朝から出発した彼女達も、聴取から解放された頃には既に一等星も見えるほどに空も暗くなっており、あまり設備を整っていないこの空港ではこの時間から日本へ向かう航路は用意されていないため、予定を変更して翌日に日本に向かうこととなった。さらに長時間の事情聴取を受けた乗客と乗務員に向けて付近のホテルを手配してくれたために探す心配は無かった。
その後イーデンからホテル内にある高級レストランをご馳走してくれたのだが、それでもなおリアはまだイーデンを許してはいなかった。
「こんなレストランに連れてってくれて、ありがとうございます!」
こころは感謝を伝えるが、イーデンはその礼を受け取らず、むしろ謝罪をした。
「いやいや、今回の件は俺のせいで危険な目に合わせてしまったからお詫びだから感謝しなくてもいいよ。しかし、これで帳消し…。」
イーデンはリアの顔色をうかがうが、どう見ても許してやろうという雰囲気を感じなかった。
「…というわけにはいかないか。」
「当たり前だろ。お前のせいで私達は死にかけたんだからな?」
イーデンはできる限り頭を下げ謝罪する。
「悪かったって。今後は格好つけて一人で解決しようとはしないから許してくれって…。次に会ったときもうまいもん奢るから…なっ?」
「私はそんなに安い女じゃないんだが…。」
「そう?こんな美味しいもの食べたら何でも許せちゃうな~、あっこの料理のおかわり良いですか?」
こころはかなりボリュームがあったはずのステーキをあっさりと平らげてニッコリ。
「…安い女いたわ」
※1 機首…航空機の頭部のこと。
※2 G…重力加速度(9.80665 m / sのこと。Gは重力を基準として加速度の単位となっており、一定まで上がってしまうと、乗客が気絶したり、航空機だと分解されてしまったりする。自動車や電車、航空機などの乗り物において非常に重要な概念である。
※3 現在起きている戦争・紛争については、この物語においては全て終結したことになっている。