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第1話「オランダにて」その④

「おい、あいつらはどこに行ったんだ?無事か?」

 『大丈夫だ…、今のところは。二人の位置はGPSで確認できている。ただこの…よく分からない施設、本当に複雑でな。俺がルートを指示するから、リアはその通りに行ってくれ。』

  彼の言う通りこの施設はまるで迷路のように入り組んでおり、リアはコールマンによる誘導を受けながら、アーヴィング達を追いかける。階段を駆け上がってこの施設の上層部に到達したとき、多数の銃声を耳にした。リアは交戦中であると判断し、一気にその方向へと駆け出す。

『こちらコールマン。まずいぞ。サティもアーヴィングも撃たれて負傷している…。』

 その通信に答えることもなくリアは遂に銃撃戦が起きている部屋の厚い扉の前に行き、背を向けて警戒しながら、慎重に、ゆっくりと、扉を開けた。

 

 扉を開けると駐車場であった。広々としている空間であり、よくある立体駐車場といった感じであった。中には数台の放棄されたと思われる車が何台もあり、その他にも誰かの落書きや捨てられたゴミがあちこちに散乱していた。その手前の柱の陰に、サティとアーヴィングをすぐに見つける事が出来た。二人はなんとか安全な場所へ隠れることは出来ていたものの、アーヴィングは左腕を撃たれており、サティはもっと深刻で右腹部と左肩を撃ち抜かれかなりの出血が見られた。リアは彼らを確認し、すぐに二人を銃撃した犯人を睨んだ。男はこの空間に一人、堂々と仁王立ちになって立っていた。まるで、この戦闘の勝者は俺だと言わんばかりであった。アーヴィングは痛みに悶えていたものの、リアに気づくとすぐ緊迫した表情で彼女に警告する。

「こいつシュバルツだ…!自分で名乗ってたから間違いねぇ。戦ったらヤバいぞ!」

 リアは男の顔をまじまじと見つめ、ようやくこの男の素性を察した。

「あー!シュバルツ…。知ってるよ。ドイツ史上最悪の殺し屋。殺しの手口が鮮やかかつ巧妙でバレず、危ないと思ったら目撃者ごとすぐに抹消。またバレても何度もサツを煙に巻いて、一回も捕まることが無かったとか。んで存在を恐れて消しに来たマフィア連中を皆返り討ちにして、報復として屈強な護衛十数人を全て殺した挙げ句にボスの首を手土産に持ち帰ったほどに手強い…って話だったか。本当かどうかは知らないけど。」

 シュバルツはニヤッと笑い、わざとらしく拍手をする。

「こんなガキにもそこまで知られているとは、全く光栄の極みだな。ただ一つ付け加えるとするなら、護衛は十数人じゃなくて32人だ。そこを間違えるなよ。」

「どうでもいいよ。しかしまぁ自ら名乗るとは…、アンタ自己顕示欲が凄いねぇ。」

 リアはシュバルツを煽る(※1)ものの、彼は全く冷静で少しも動じずに答えた。

 「悪名は無名に勝る。こいつらを少し驚かせてやろうと思っただけだ。」

『リア…。聞こえるか。リア!絶対に奴と戦ってはダメだ!なんとか増援が来るまで持ちこたえるだけで十分だ!奴はその場から逃げたがっている。時間を稼げればそれで良い。』

 イヤホンからコールマンの声が聞こえてくるものの、リアは全く聞く耳を持つことは無かった。

 「そういえばアンタ、殺し屋家業は休業中か?こんな事をしているあたり、随分仕事が無いみたいだな?」

「フンッ…。」

 二人はその場から全く動じることはなく、場は緊張感に支配されようとしていた。

 

  その間にアーヴィングはサティに軽い応急措置を行う。幸いにして想像よりも傷口から出血しているわけではなかった。しかし、アーヴィングはサティの傷が思ったよりも重たい事に気付く。圧迫止血(※2)を行うが、強い痛みにうめき声を上げ苦しんでいるその姿に罪悪感を感じていた。

「本当にすまねぇ。サティ…。」

「全くだよ…。ハァ。負い目があるなら、次の飲み代、全部奢ってもらうからなっ…。」

「それは…、約束出来ないかも。かみさん何言われるか…。」

 「おぃ!」

 サティはその発言に呆れるが、コールマンは慌てた様子で弁明する。

「じょ、冗談だよ。しかし、本当に大丈夫なのか?リアにこんなヤバい相手任せても…。」

「大丈夫だ…、ハァ。シュバルツがヤバいならリアはもっとヤバい…。アイツは相手が能力者じゃないなら()()()()()()。」

 

「ま、マジか。けどな…」

リアは彼らに話しかける。

 「また人を助けたみたいだな、サティ。」

「全く…これ以上善行を積んでも報われることなんてないのに、ううっ…。」

「喋る余裕はあるみたいだな。おい!サティの事頼んだぞ!アーヴィング!」

「本当に無理をするなよ!?何かあったらすぐに逃げろ!」

 シュバルツは逃げる二人をマシンガンで狙おうとするが、リアの銃撃によるカバーによってマトモに狙いを絞ることすら出来ず、このまま彼らをこの戦場から救い出すことに成功した。

 銃のリロードしている間、リアは挑発する。

「アンタ、…本当に強いんだろうな?」

「さあな。そんなに気になるなら試してみればいい。」

 急激に静かになる。自身の呼吸音と心臓の鼓動のみが聞こえてくる。まるで自分以外の人間が居ないかのようであり、リアもシュバルツも本当に相手が居るのかどうか疑うほどであった。神経を研ぎ澄ませる。

 

 無音。

 ただひたすらの無音。

 それを切り裂いたのは一発の銃声であった。リアが撃ったものであるがその弾丸はシュバルツが身を隠している場所の付近に当たる。シュバルツはフンッ、と余裕そうな笑みを浮かべるが、急に彼に向かって水が噴射されてしまう。リアが狙っていたのはシュバルツではなく、上の排水管だったのである。シュバルツが動揺している間、リアは駐車場に多く設置してある柱を利用して素早く距離を詰めていく。しかし、シュバルツも冷静さをすぐに取り戻し、彼が身を隠す場所から10m先の柱にマシンガンの弾を撃ち込み、そこに向かおうとしていたリアの足を止めさせたが、命中することなくそのまま別の柱に姿を消した。リアは反撃するように柱に身を隠したまま拳銃から数発の弾丸を彼の付近に撃ち牽制をする。シュバルツはそれを撃ち返すが、先程の戦闘の影響もあってかすぐに弾が切れてしまう。

 シュバルツがマシンガンの弾倉(※3)を取り替えようとした瞬間、リアはナイフを手に接近戦を仕掛ける。彼の懐に入り込もうとするもシュバルツは蝶のように左右に難なく躱し、逆に殴り返されそうになったためにリアは一度引く。その瞬間、シュバルツは彼女の隙を逃さず手榴弾を瞬時に取り出しピンを抜き、1秒もたたずに彼女の方に投げ、そのまま逃げようとした。しかしリアによって手榴弾は信管(※4)を撃ち抜かれ、不発に終わる。その光景にシュバルツは驚くが、同時に彼は嗤う。

「じゃじゃ馬が、よほど俺の気を引きたいらしいな。」

「だーれがじゃじゃ馬だ。」

 多少の応酬があったが、二人は身動きが取れず膠着状態になる。リアはこの会話中にリロード(※5)し、シュバルツもマシンガンの弾倉を取り替えたため、危険なためリアは再び接近戦に持ち込むことが出来なくなってしまったためであった。リアはこの男を戦闘不能にする方法を、シュバルツは逃げる方法をひたすらに考えていた。


 こころとコールマンは監視カメラに映るこの戦闘を固唾を呑んで見守っていた。こころはこの状況を利用してコールマンにどうしても気になっていた一つの疑問をぶつけた。

「一つ気になったんですが…、どうしてリアは殺し屋家業は休業中だと気付いたんでしょうか?」

「恐らく推察ではあるんだが…、そう思った理由が2つある。1つ目はヤツの状況だ。基本的には殺し屋は殺し屋以外の仕事はやらないんだ。リスクがある分報酬もかなり高額だからな。もし副業をやるとしてもそれとは仕事と全く接点のないリスクの少ないものを選ぶだろう。しかし、ヤツが選んだのは麻薬の取引人でかつバイヤーに届ける運び屋だ。これはかなりリスクのある仕事なんだ。しかも持ち込んだ札束の量から見ても相場より高額だ。これじゃ依頼料も大したことはないだろう。このリスクの割にリターンが見合わないから普通は選択しない仕事なんだよ。まぁ、やりがいのある仕事として選択した可能性は一応あるがな…。もう一つはより決定的な理由なんだが、見た目が殺し屋()()()()()んだ。」

この発言にこころは”らしい”とか”らしくない”とかそういう概念があったことに驚く。

 「え?殺し屋に見た目とかあるんですか?」

 「ああ、殺し屋は犯行前にバレるのを防ぐために、あるいは逃走しやすくするために、なるだけバレにくい格好をするんだ。何ていうんだ、まぁ、普通の見た目で、街に紛れていても全く違和感のない一般人を装うわけだ。これはマフィアの幹部やボスでもよく使われる手口だな。しかし、ヤツの見た目は長髪でロングコートを着ていて明らかに異様だ。こんなヤツが街中にふらついていたら流石に皆気付くだろう?」

「な、なるほど…。」

 コールマンは監視カメラのモニターを注意深く見ているとシュバルツが何かし始めている事に気づいたが、不鮮明だったために

「おっ、シュバルツが動き出したな、無駄話はその辺にしておいて彼女をいつでもサポートできるようにしよう。」


『おい、リア。奴が何か取り出してるぞ。』

 また手榴弾を投擲してくる。リアは再び撃ち抜こうとするものの、今度はマシンガンを同時に撃ってきたためにリアは遮蔽から飛び出すことが出来なかった。

  シュバルツがマシンガンを撃ちやめると同時に、彼女の後ろに置いてある廃車から急に激しい出火が起きた。その炎は丈夫に一気に吹き出して天井に届きそうなほどであった。

「あの野郎…。」と彼の行動の意味を瞬時に理解しリアは苦虫を噛み潰す思いをする。

 シュバルツの本当の狙いは放棄されていた車であった。車を発火させることにより、この駐車場に設置してある消火ガス装置(※6)を作動させ、それに合わせてドサクサ紛れて逃げるという作戦であった。さらに運が悪いことにアラームが作動しておらず、すぐさま逃げないと窒息の危険があった。

 『消火ガスだ!リア、すぐさま急いで逃げろ!』

「分かってる!」と、リアは消火ガスが作動した時点で既に駐車場の出入り口に着いていた。しかし、もう既にシュバルツの姿はなく、彼女は駐車場の出入り口の扉の窓から懸命に探しても

「クソ!アイツはどこに行った!」

 逃がしたと思いリアはするが、そのリアクションを受け、すぐさまコールマンからの無線を受け取る。

「大丈夫だ、安心しろ。奴はまだお前がいるフロアの下階にいる。どうやら封鎖された扉を開けるのに手こずっているようだ。今こころが見張っている。」

 彼女はその情報に安堵し、さらにある事を思いつく。それはこの戦いの突破口となるアイディアであった。

 「こころが見張っている…。こころ…、こころは居るか!?」

 コールマンはリアの求めに従い、大急ぎでこころにヘッドホンを渡し、すぐにそれを装着する。

「はい。こちらこころです。一体どうしたの?」

「実は一つ、いいアイディア、作戦を思いついたんだ。その()()を成功させるには、アンタの助力が必要なんだ。頼めるか?」

 こころはそれを聞いてパァっと明るくなった。

 「わかった、リア!これから何をやるのか教えて!」

 「なぁに、これから天狗の鼻を思いっきりへし折ってやるだけのことさ。」

 リアは不敵な笑みを浮かべる。これから彼女の疾風怒濤(しっぷうどとう)の作戦が始まる。

 ※1 ネット掲示板から生まれた言葉で、相手に喧嘩をするよう促す、挑発行為をすること。

 ※2 きれいなガーゼやハンカチを傷口に直接当て、血が止まるまで手で強く圧迫する方法。大出血してる場合に用いられることが多い。

 ※3 銃の弾薬をあらかじめ装填しておき、発射の際に次弾を供給するための銃の部品のひとつのこと。

 ※4 炸薬(火薬)を点火・爆発させる装置のこと。

 ※5 弾丸を撃ち尽くした銃に、新たな弾薬を装填(そうてん)すること

 ※6 消火薬剤として不活性ガスやハロゲン化物を噴射することで、窒息効果や化学的変化により消火を行う方式。消火後の汚損がほとんどないため、コンピューター室や通信施設、実験室で用いられることが多い。ただしその場に人がいる場合は非常に危険である。

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