第1話「オランダにて」その③
トンネルを発見してから数分後、サティと合流する。先に進むか、それともブラボーチームを待ってから突入するかをチームは話し合ったものの、結局その先を進んでいくことにした。地下トンネルは真っ暗であり、奥を見通す事は全く出来なかった。3人は注意深くゆっくりと進んでいく。しかし先頭のアーヴィングはいくら進んでも先が見えない状況に気が滅入るようであった。
「…というわけで、地下の物置に血溜まりがあってよ、流石に漏らしかけたね。」
「奴らもやることはやってるということだな。」
「しかし、やけに長いトンネルだな。照明とか置いてないし…。何より暑くて、酸素が薄い感じがして嫌だよ全く…。」
「落ち着いて先に進んでくれ。もし、この暗闇の中、暗殺者が待ち構えられていて、そいつに襲われたらどうするつもりだ?」
「そいつにやられる前にショック死する自信があるね。」
「そろそろ静かにしろ。」
二人は雑談をしていたが、リアは二人に牽制する。はいはいとアーヴィングが答え、その後は沈黙の中ひたすら前へと歩みを進めていた。すると急に連絡が飛び込んでくる。
『こちらコールマン。こころにまた感知能力を使わせたんだが、どうやらこのエリアの近くで電気信号を察知したようだ。方角、距離、深さはお前らの向かっているところとほぼ同じだ。だからそのまま進んでくれ。』
「了解。…だそうだ。」とサティは皆に視線を振り撒く。
「クソぉ、こんな暑いところに長時間滞在とは…、骨が折れるわ。つーかブラボーチームはまだ着かないのかよ?」
サティはそれにお手上げというジェスチャーを取り、リアはうんざりしたかのようにため息をつきこうつぶやいた。
「遅刻した連中なんか無視して、私達だけで終わらせた方が良いだろ。なにより、その方が効率的だ。」
全くだな。とアーヴィングもそれに同調する。
10分間歩き続けて、ようやく広い空間に出た。そこはどうやら作業員の休憩所のようで、毛布や工具などを置かれていた。その中でアーヴィングはテーブルの上に地図が置いてあることに気がつく。
「なんだこれ、地図の置き忘れか?」
どうやらそれは地下トンネルを網羅されている地図であった。まるで蜘蛛の巣のようであり、この周辺一帯に張り巡らされているほどに広かった。
「うわっ、この街トンネルだらけじゃねえか。重要インフラどころか住宅にも多く繋がってるし、なんじゃこりゃ。」
「これじゃ空き巣し放題だな。…空き巣コンサルタントに転職しようかな。」
「…なるほどな。」とリアは頷いた。小さな麻薬組織が伸びた理由はこの多くの場所に張り巡らされた地下トンネルであった。さらにトンネルの入り口も巧妙であり、普通の民家や劣化し崩落したトンネルなど、容易に気付くことが出来ない場所にあったために気付くことが出来なかったのである。
「しかし、あいつらこのトンネルが掘ったのか?…んな訳ねえか。」
「ああ。おそらく大戦で侵攻されたときに備えて掘ったものだろう。小規模な組織がこれだけのトンネルを掘れるわけないし。」
サティはトンネルの奥を見つめる。その先は永遠ともいえるほどの暗闇に覆われていた。
「いきなりなんだ…?」
暗闇へと再び歩き続けて十分後、突如として洞窟から人工物が正面から現れる。それはコンクリートで敷き詰められた壁に、中央に物々しい扉が設置されていた。
「たしか電気信号を感知した場所って…この先だよな?」
アーヴィングは扉を開けようとするも鍵がかかっているのか全くびくともしなかった。さらに扉は鉄製であり、かなりの厚みがあったために強引に破壊して入ることは出来ず、サティはここからの侵入を諦める。
「まあいい。ここが開かなくても迂回路はいくらでも…」
「上の穴が本当の入り口のようだけど?」とリアはサティの発言を遮り扉の上部あたりを指す。そこはダクトの通風孔であり、老朽化の影響なのか完全に開いていた。ダクトはホフクすれば大人一人は十分に通れるだけの穴になっているようであった。
「これなら入れそうだな。」ゴホンといい、気を取り直してメンバーにルートを提案した。
「敢えて正面から行かずにこのダクトから進もう。不意を付けるかもしれない。なにか問題があれば見つからずにすぐに引き返せるし、リスクも少ないだろう。」
「本当に入るのか…? 時間もかかるし、絶対暑いだろうし、空気は薄いし、狭いし、不潔だし…。迂回したいんだが。頼むから迂回してくれ。」とアーヴィングは懇願するがサティがそれを聞き入れることは無かった。
「こちらサティ。正面の扉は開いて無かったがダクトがあった。入れそうなのでそこからこの施設に侵入する。」
『了解した。気をつけて進んでくれよ。』
許可を得たため、アーヴィング、リア、サティという順でダクトに入ることにした。
「あっつーい…」
ダクト内部の蒸し暑さにアーヴィングは思わず愚痴を溢してしまう。入り口から数十メートルは進んだようであったが、出られそうなところは未だ見つからずにダクト内を進み続けていた。
「我慢しろよアーヴィング。」
「多分出口に着く頃には5キロは痩せてるな。」
「痩せてるな、じゃなくて痩せてて欲しい、の間違いじゃないのか?」
おいおい、とアーヴィングは言いたくなってしまったが、そんな事よりも腹の痛みの方が彼にとって重要であった。
緩慢な空気であったが、ようやく通風孔を見つけ、アーヴィングはそこからこっそりと外を見渡す。そこは丁字路の通路であり、その分岐部分の近くに扉が一つ設置されていた。そして扉の近くで傭兵が一人巡回しているのが見えた。敵が居るのが分かり、一気に緊張感が場を支配しはじめた。サティは確信する。
「これで間違いないな。こころの言っていたとおり、この施設が犯行現場みたいだな。あとは取引場所だが…。」
「あ、あぁ…。」
「…?どうした、アーヴィング。さっきから様子が変だぞ?」とサティはアーヴィングを気遣う。
今までこらえていたアーヴィングであったが、このタイミングで遂に限界が訪れてしまう。
「ヤバッ…。」
ブッッッッッッッッッッッッッッッ。
それは凄まじい爆音の放屁であった。その音ともにダクト内に溢れ出る悪臭にリアもサティも鼻をつまむ。リアはこの放屁でダクトルートを選んだことを後悔した。
「何だ?」敵の傭兵も流石にこの音に気づいたらしく、こちらの方を向いた。ダクトへゆっくりと近づいていく。
リアとサティは危険を感じ、すぐに後ろに逃げ始める。アーヴィングも慌て急いで逃げようとするものの、腹周りの太さでパンパンになってしまった防弾チョッキのベルトがダクトの上部の溝に引っかかってしまい、後ろに下がることが出来なかった。
「あっ…」
リアとサティは状況を察し、見捨てる形で高速で後退していった。アーヴィングは必死に呼び止めようとするが、状況が状況だけに喋ることが出来なかった。
(ちょ、お前ら、待ってくれぇぇぇ…)
藁をも掴む思いで後ろに手を伸ばすが、彼の思いは通じることはなく、リアとサティはすっかり彼の視界から消えてしまった。
(まずい、まずいぞ)
敵の足音が近づくたびに心臓の鼓動は激しくなる。アーヴィングは必死に引っかかった部分を抜けようとするも完全にハマっており抜けることはなかった。全くすると、この場にもう一人の敵が現れる。アーヴィングはこれまでか…!と思い覚悟した。
「おい、そろそろ時間だぞ!何してる!」
ダクトに近づいていた敵はその声にビクッとして振り向く。
「今何か音がして…、調べようとしていたんだ。」
「こんなところに誰かいるわけないだろ。」
「でも本当に大きい物音がしたんだよ。あそこのダクトに」
「そうか…?」と言いもう一人の傭兵は件のダクトを調べる。アーヴィングは必死に息を殺して誰も居ないふりを装う。その結果なのか、時間が惜しかったのか、その傭兵はすぐに諦める。
「さぁ、なんかの小動物かなんかだろ。迷い込むネズミが多いんだよこの施設は。だいたいいくらでもココに行くルートがあるのにわざわざこんなところを通るやつなんて居ないだろうよ。行くぞ。」
敵はすぐさま元の場所に戻っていった。未だに警戒して注視するも、腕時計を確認したあと、
「そうか…、そんなもんか。」
と、もう一人の方に付いていくように去っていった。アーヴィングは足音が遠のいていくのに一安心し、大量に流れた汗を腕で拭う。すると、後ろの方から、再び声が入ってきた。
「よお、生きてた?」
「死なず済んで良かったな」
死線を超えたあとなのに二人の相変わらずの様子にアーヴィングは腸が煮えくり返る思いであったが、リアに強く後ろから押され、仕方なく前進していった。
(お前ら、生きて帰ったら覚えてろよぉ…!)
彼は二人に対して復讐を誓うのであった。
ついにダクトから出られる開いている通風孔を発見する。アーヴィングは周囲の通路を確認し、敵が居ないことを確認してそのまま穴から出ていった。リア、サティもそれに続いた。この通路はまるで潜水艦の中のように機械的で、無機質であった。取引場所にしてはあまりにも特異な環境であり、また適しているとは言い難かった。
「しかし、こんなところになんでこんな施設あるんだろうか…。」とリアは疑問に思う。
「さぁ、大戦遺構(※1)じゃないのか?聞いたことが無かったが…」
「それになんでここを取引場所に選んだのかも不思議だな。」
「さぁな。もしかしたら小さい麻薬組織がここまで影響力を伸ばしたのは、トンネルだけじゃなくこの施設に秘密があるのかもしれん。」
通路を歩いていると、ある部屋にたどり着く。その部屋はどうやら監視システムのようで、今は電気が通って無いらしく機能していないようであったが、周囲一帯のレーダーと防衛設備が備わっている司令室のようであった。
「なるほど。繁盛した第二の理由はこれか。」サティはデスクに置かれていたシステムの関連資料を見て頷く。これによって警察組織や軍の追跡から避けていたことが推察できた。しかし新たなる疑問が彼の中に生まれる。このシステムは大戦に備えるための施設にしては局所的すぎるのである。まるでこの施設だけを防衛するようであった。しかし、リアは任務を優先するために二人に先に進むよう催促する。
「もう調べてる時間は無い。行くぞ。」
「そうだな。捜査や推理みたいな専門外の仕事は他の連中任せよう。俺達の任務は敵の捕縛さ。」
無機質で不気味な暗い通路を3人で警戒しながら歩いていると、アーヴィングは通路上部にあるものを見つける。
「監視カメラじゃねえか…!」
アーヴィングはカメラで身構えるものの、リアは無視してそのまま前を進む。
「今更気づいたのか…?」
「大丈夫だろう。電気が通電してないんだから監視カメラも通電してないでしょ。稼働音も無いしね。もし本当に動いてるんだったらもう既に俺等のことはバレてるだろうし。」
リアはその話を聞いて急に足を止める。どうやら何かを思いついたようですぐさまコールマンに通信を入れる。
「こちらリア。この施設、監視カメラが相当数あるんだが、電力は供給されてない。確か、こころの能力はデバイスを掌握すると同時に電力も供給出来るんだよな?だったら、奴の能力で稼働させられないか?」
『こちらコールマン。…了解した、とりあえずこころにやらせてみる。』
「駆動音やライトにだけは気を付けてくれ。」
待つこともなくその返答はすぐに返ってきた。
『こちらコールマン。監視カメラを掌握することに成功した。奴らの取引場所も発見したぞ。ただ…』
「ただ?」
『まずいぞ。奴らもう取引を始めそうだぞ。』
車内ではこころの能力によって出現したモニターには、すでに麻薬組織のメンバーが約20kgほどの大きな袋を抱え待機している様子が映し出されていた。メンバーの一人は高級な腕時計をしきりに確認して、もうそろそろだという態度が見て取れた。コールマンはこれを見て危機感を募らせた。
『取引予定時刻まではあと30分ほど時間があるんだが、どうやら早まったようだな。』
「チッ、また作戦が漏れたのかよ?」とリアは悪態をつく。
『ちょっと待て…、別の監視カメラを見てみたんだが、アタッシュケースを持った大男が取引現場に近づいてる。』
「…なるほど。もう猶予がないな。ブラボーチームを待っている暇はない。人数差はあるが、例の取引相手が部屋に来たタイミングで突入するぞ。」
特に敵に遭遇することもなく取引場所近くに到達した。その場所はこの施設の奥側にある小部屋であり、その入り口近くでは傭兵が一人いる程度であった。その麻薬組織のメンバーは若者ばかりであり、油断しているのか武装をしている様子はまったく見られず、またリラックスしている様子であった。アーヴィングは偵察し終え、二人にその状態を伝達する。
(敵は6名。5人が部屋内部。合図後、突入。武装解除。敵対行動をする者は射撃。ただし銃殺は不許可。)
アーヴィングのハンドサイン(※2)に、二人は頷く。するとリアもサインを出し始める。
(手を3回素早く開いたり閉じたりして、最後にサムズアップしそれを左右に振る。)
そんなサインは軍隊には存在せず、あまりの意味の分からなさにアーヴィングは困惑し、思わずサティに小声で尋ねる。
「な、なんだあのハンドサインは…?」
「あれか?確かリアオリジナルのやつで…『敵対する奴は全員ぶっ飛ばす』って意味だったかな?」
「なんだよそれ、分かるかよ…」とアーヴィングは呆れ返る。
3人は声を殺しながら入口前に待ち構えている。ついに別の扉から大男が部屋に入り込んできた。メンバーの視線が彼に向いた瞬間をアーヴィングは見逃さなかった。カウントアップを始める。
「1、2、3…」
「ゴーゴーゴー!!」
「全員動くな!」
突入する。不意を突かれた麻薬組織のメンバーは手を挙げるしかなかった。傭兵の一人はサティに早々に取り押さえられたため身動きが取れず、もう一人はドサクサに紛れてマシンピストルを取り出そうとするが、リアの咄嗟の銃撃により、腕を撃たれのたうち回る結果となった。他の3人は反撃を完全に諦め、抵抗せず降伏する結果となった。そしてアーヴィングが一人ひとり手錠を掛けて回っていった。
「こちらアーヴィング。密売人共を全員捕らえました。どうぞ。」
『こちらコールマン、よくやった。』
「これにて一件落着。ブラボーチームを待たずして終わっちまった。楽な任務だったな。」
アーヴィングはすぐにサティから凶報が届いた。
「アーヴィング。まずいぞ。例の取引相手の男が一人居なくなってる。」
「何!?」
取引相手の大男は麻薬組織の連中を制圧している間に、3人の目をすり抜けて脱兎のごとく逃げたのである。しかしリアとサティは他のメンバーの制圧をしており、手が空いていたアーヴィングは任務が終わったと思って油断をしており、大男を逃してしまった事に気付いていなかった。アーヴィングは逃した焦りからか大男が逃げたと思われる方向へ走り出し、部屋から出ていった。
「アーヴィング!待て!」
サティもアーヴィングを追いかける。それと同時に入れ替わるようにしてブラボーチームが到着する。ブラボーチームの事はよそに、リアはコールマンに連絡する。
「おい、コールマン。私はどうすればいい?」
『…とりあえずリアは二人を追ってくれ。この場はブラボーチームに任せる。』
「了解!」
リアは今日一番の元気のある返事で答える。コールマンは彼女のその返事から心情を考察し、すぐに呆れ返った。戦いが始まる事に、彼女は内心喜んでいるのである。
※1 大戦遺構…かつて起きた大戦の痕跡。戦争の教材として後世に語り継ぐために意図的に残しておく場合もある。現実では第二次世界大戦で使用されたマジノ線が有名である。
※2 ハンドサイン…声を出さずに相手と意思疎通をするために手で行うサインは軍隊においても広く使われている。
次回は9/15に投稿予定です