表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

第1話「オランダにて」その②

 出発から少し時間が過ぎたあたりでようやくミーティングが始まった。今回の作戦は彼らのアルファチームと後から来るブラボーチームと協力して取引現場を押さえ、麻薬組織を捕らえるといった任務であった。組織のメンバーは非常に少ない上に武力を持っているわけでもないのに、何故か欧州で勢力を拡大し続けているために、その理由を探るためであった。取引現場は確実な位置は特定されていなかったものの、おおまかな場所は内部からのリークによって分かっていた。しかしそこから探さなければならないという事情もあったため、取引までの残り時間はメンバーの想定より少なかった。

 さらにリアには新人のこころの面倒を見る、という任務が割り当てられているが、彼女はその事に消極的であった。コールマンはリアに説得しても、全く聞き入れることはなかった。実際、こころとは一切話をせず、さらには彼女の方に目を向けることすら無かった。コールマンはその事について心配をしていたが、さらに彼の頭を悩ますことがチーム内の空気であった。サティとコールマンの二人が会話する以外は全く声がせずまるで厳格な図書館のような空気感であった。さらに悪いことにブラボーチームはメンバーが遅刻し、その上ルートを間違えた結果泥濘に嵌ってしまい、合流が遅れるとの連絡が届き、チームの不満はより一層増した。


 リアは肘をつき、このミーティングを聞き流しながら窓から流れる風景を眺めていたが、しばらくしてから気付いた。

 「予定ルートからかなり外れてないか?」

 リアの問い合わせにメンバーは動揺するものの、ガイドは口を開く。

「軍が用意したルートじゃ地雷原にぶつかっていて危険でしてね。今回は私の用意したルートで向かいたいと思います。」

 「なるほど…。WFUも適当な仕事をしやがるな。」

 杜撰(ずさん)なルート選択にアーヴィングは呆れていた。ガイドは続けて話す。

「ただ、代わりのルートを構築するのに時間がかなり掛かりまして…。その分の報酬もきっちり貰いますよ。」

 ガイドはコールマンにそう強く要請する。


 ここでこころはふと疑問に思う。何故オランダはここまで街が破壊され、そして人が大勢居なくなってしまったのか。彼女が知っているかぎりでは世界大戦ではオランダは殆ど関わっていないはずであった。それはこの戦争において中立の立場を早い段階から表明していたからである。話しづらい空気で彼女にとっては厳しい場であったが、こころはどうしても疑問を解消したかったため勇気を振り絞り発言した。

 「あの…。すみません。」

「どうした?」

 サティは彼女に微笑みを向ける。こころはその表情に少しだけ安心して、続けて彼に質問を投げかけた。

 「オランダでは…、オランダでは、どうしてこんなに街が破壊されてしまったのですか…?オランダって戦争にほとんど参加してないと思ったんですけど…。」

 「()()()()()()()…。一部のな。力を持て余した能力者が戦争中に各地で暴れてな。オランダもそれに巻き込まれたんだ。多くの街が破壊され人が住める状態じゃなくなってしまったんだ。ただ、情報も錯綜してたし、混乱状態だったからオランダの被害はあまり知られていないがな。地雷も能力者制圧のための余波さ。」

「ドイツなんてこんなもんじゃねえ。悲惨なもんさ。兵器に破壊され、能力者に荒らされ、挙句の果てに核が打ち込まれてるんだからな。俺も生まれ故郷を無くしちまったし、ダチもかなり死んじまったんだ。」

 二人の表情が曇る。そして彼らの瞳には戦争の記憶が映し出されているようであった。

「そう、なんですか…。」

 こころは自分自身がやったことではないのに関わらず罪悪感を感じて、気分が落ち込んでしまった。コールマンは雰囲気が深海へと沈下しているのを感じとり、話を中断させた。

「…この話はもうよそう。チームの士気に関わる。」

 

 1時間ほどに無言期間が続いていたが、コールマンは空気を変える策を思いつく。

「ここから少なくとも一時間半はかかるからな。とりあえず休憩を挟もう。」

 こころとフロイゼンだけが車内に残り、車から出たメンバーは重苦しい空気から開放されたために気分良く過ごしていた。一方車内ではこころは気まずそうであった。フロイゼンは目をつむってはいたものの、寝てはいないようであったがために、こころは立ち回りに困っていた。フロイゼンは気難しそうで変な振る舞いをすると機嫌が悪くなるのではと思い、ずっとうつむいたまま何もすることが出来なかった。しかし、フロイゼンの小さいいびきを聞き、こころはこっそり彼の様子を伺うと、どうやらそのまま寝てしまったようであった。だいぶ気が楽にはなったものの、彼女はやることがなかったために全員の様子を観察することにした。コールマンは常にブラボーチームと連絡を取り合っている様子で忙しそうであり、リアは丘を登り、その場所にあった近くの倒木に腰掛け、そこから見える景色を眺め感慨に浸っていた。車の近くでサティとアーヴィングは談笑しながら何か間食を取っているようであった。

 サティはスナックバーを一つゆっくりと食べているだけであったが、アーヴィングが持ってきたのは一つでも充分腹が満たされるほどの大きなサンドイッチである。それが三個もあったのだが、数分もしない内にペロリと完食してしまった。

「軽くにしては食い過ぎじゃないか?」

「腹から音が鳴るよりはマシじゃねえか。」とアーヴィングは返す。サティは彼の考え方に呆れる他なかった。


 休憩後も相変わらずの空気感であり、コールマンはこの状況をどうするべきかを考えていた。しかし彼に一つ誤算が生じる。さっきまで不仲だったリアとアーヴィングは、休憩後にはなんと仲良く談笑しているのである。どうやら休憩時間でゲームの話で趣味が合ったらしく、アーヴィングのリアに対する評価が一転したのである。その事自体は良いことではあったものの、これでより一層こころが孤立感を深めており、コールマンは心配そうにしていた。車が目的地に向かって発車する前に彼女に話しかける。

「こころ、本当にすまないな。お前の面倒を見る役割をしてくれるはずだったヤツが、本来の仕事を忘れて前線に出しゃばろうとするんだから、困ったもんだよ全く。」

「リアは…。」

 こころは出かかった言葉を一度抑えようとしたものの、結局自分の意見を言った。

「リアは、わたしのことを認めてないのかもしれないし、あの子は私と仲良くしてくれないのかもかもしれません。」

 こころはリアに無視されていることを気にしており、心配している事をコールマンは理解する。

「大丈夫だ。悪いやつじゃないから。アイツも同世代と話すのはめったにないから緊張しているだけだ。」

「そうでしょうか…。」

 コールマンはこころを励ますためのエピソードを1つ思い出し、それを彼女に伝える。

「そういえば、アイツが話していたことだが相手を認める2つの条件があるらしくてな。」

「”自分の足を引っ張らないこと”、そして”やかましくないこと”だそうだ。」

 思わずこころはフフッっと笑ってしまった。

「それはともかく、自分の能力を信じていれば、絶対アイツは認めてくれるよ。心配するな。」

「はいっ」

 彼女の表情を見てコールマンは安堵した。


「さて、このエリアだな。止めてくれ。」

 車が止まったあと、作戦メンバー全員はすぐに降り、コールマンの説明を受けた。リアは場所を掴むために周囲を見渡す。この場所じゃオランダ随一の農場地帯であり、彼女が見渡すかぎり農場とまばらに家が何軒か建っているだけであった。しかしどこの家も人気を感じず、農場も管理がされておらず荒れ果てており、まるでホラー映画の舞台で出てきそうな不気味な様であった。

「この場所付近から件の麻薬組織の目撃情報があったんだが、そこからは全く足取りが掴めていないんだ。」

「…周辺で聞き込みや家の立ち入り調査?じゃこれから我々は刑事に転職ですか?」

「いや、この場所から20km圏内では家が数百カ所あるんだ。家を虱潰しに探していたら、時間がいくらあっても足りないだろう。」

「じゃあどうするんです?」

 コールマンはあえて表舞台に立たせるがごとく、こころの肩をポンと叩く。

「そのための彼女の能力だ。」

「…そういえば聞いていなかったんだがこころちゃんの能力って一体何なんだ?」

「こころ、例のやつをやってくれ。」

 コールマンに促されるままこころは能力をこの場で披露する。この場に急にホログラムが映し出され、それはまるでSFで出てきそうな典型的な未来型デバイスのような空中にキーボードと画面が映し出されていた。こころはそのパソコンを手慣れた手つきで操作し始めた。一同はこの能力に驚く。

「この能力は仮想PCを作り出して、多くの電子機器に干渉する事ができるんだ。しかもどの場所の電子機器でも接続出来る上に、通電させることも出来る。」

「凄いじゃないか。」

 サティは彼女の能力に感銘を受ける。しかしアーヴィングは何かを納得していないふうであった。

「ふーん。でも、作戦資料にも載ってなかったじゃねえか」

「WFUの方針で作戦前に強力な能力者が使う能力を明かしてはいけないんだよ。作戦の影響力が大きい分敵に漏れてしまうと不利になってしまうからな。」

 数分もしないうちに、彼女は急にコールマンの方に向き、若干の驚きと共に

「ここから16時の方向、6km先の民家から通電の形跡がありました!」

「16時の方向…?妙だな。この場所は地雷原の側で一般人は立入禁止区画だぞ。」

「立入禁止なんて、逆に怪しいじゃねえか。」とアーヴィングは納得する。

「それではその民家に向かうぞ。」と一同は向かう。

 

「遠くから見た感じでは全く違和感は感じないがな…。人気も全く無いぞ。」

 サティは双眼鏡で覗いたが出入りも確認出来ず、窓からも誰一人居ないことも見て取れた。偵察用ドローンを飛ばすものの、結局大した情報を得ることは出来なかった。メンバー内でこの家はハズレではないかという話も出始め、こころは次第に表情が暗くなっていった。

「リア、この状況どう思う?」とサティはリアに問う。

「…とりあえず実際に行ってみて確認してみればいい。それぐらいの時間はあるし、違ったらさっさと次の家に行けばいいだけだ。時間が無いなら即断即決が重要でしょ。」

「リアの言う通りだ。分かった。」

 コールマンはこれを認め、すぐに作戦を指示する。こころとリアは待機し、サティは遠方から偵察で、フロイゼンはチームの護衛を任された。

「アーヴィングが斥候を務めてくれ。異変があればその家から作戦行動を開始する…っておい!」

 アーヴィングはすぐに車から降りて家に向かおうとしていたが、なんと指示されていないリアも降りていった。アーヴィングはその行動に困惑した表情を見せるも、リアと会話すると、そのまま共に家へと向かっていった。コールマンはサイドウィンドを開けて、リアに大声で叫んだ。

「待て!戻れリア!お前に斥候を頼んだ覚えは無いぞ!」

 コールマンはリアを制止しようと必死に呼び止めようとするが、彼女はそれを無視して、家に向かってしまった。

「全く…!」

「隊長、アイツはそういう奴なんで気にしないでください。こころも。」

 サティはそう宥めるもののこころは苦笑いを浮かべ、コールマンは彼女の身勝手な行動に頭を抱えるばかりであった。

 

「いつまでこころちゃんと不仲でいるつもりだよ。」

「別に、そんなつもりじゃないよ…。」

 2階建てのの家で、オランダの農民の家ではよく見られる三角屋根の赤い家である。そこまで大きくもなく、小さくもなかった。窓越しに家の内部も確認してみるものの、内装も特におかしなものが置いてあることも無かった。しかし、リアはこの家に対してある違和感を感じていた。

「おい…。この家、何か違和感を気付かないか?」

「ん、なんだ?違和感って。確かにやけに綺麗な家だなとは思ったが…。」

 アーヴィングは家の外装のことを言ってるつもりだったが、リアは指を鳴らし。

 「それだ。この家、全く埃が無いんだ。」

 この家は数年間放置されており、人の出入りは一切確認されていないはずであった。通常放置されている家は掃除されない影響で埃が家中に蔓延しているのだが、

「…浮浪者か何かが住み着いてんのか?」

「家に入ってみる価値はありそうだな。」

 そう言ってリアは家の入口に行き、家の扉を確認する。ノブを回してみると、そのまま家の戸は開ききってしまった。リアは何一つ遠慮をしないで家の中に押し入った。

 家の中を見ても特筆すべき箇所が見た当たらないほどによくあるような家で、埃以外に不自然な点は全くもって見当たらなかった。

「あるとするならば…地下室だな」

 リア達は特に探すこともなくキッチンとリビングの間にある地下室に繋がる階段を見つけた。

 

 その地下に降りると、ちょっとした小部屋であった。そこは廊下はなく、ただ2つの古びた扉があるのみであった。

「…特に誰も居ないみたいだな。あんたは左の部屋を調べてくれ、私は正面の部屋を見てみる。」

 リアはそう言い素早く扉を開け、そのままアーヴィングはそれを見届けたあとにゆっくりと扉を開ける。真っ暗であり、照明スイッチも見当たらなかったために仕方なく懐中電灯を取り出して部屋を照らした。その部屋は散らかっており、古びた工具や使われなくなった家具などが放置されており、それを見るにどうやら倉庫らしかった。倉庫はしばらく立ち寄っていない様子で、1階とは違い埃で部屋が覆われていた。アーヴィングは慎重に部屋内に入っていく。彼の想像以上に部屋は広かったものの、特に不審な点は見当たらなかった…、ただし臭いを除いては。奥から強烈とも言える腐敗臭がアーヴィングの鼻を突き、彼の警戒フェーズは最高度まで達した。この部屋の奥側には長い丈のカーテンがあり、この倉庫部屋を分けていた。恐らく発生源はそこであるとアーヴィングは判断する。彼は徐々にそのカーテンとの距離を詰めていき、恐る恐るカーテンを開ける。その瞬間、背中に何かが触れる感じがした。「うわっ!」驚いて振り向きそれを照らすが、ただの吊り下げられたスコップが背中にぶつかっただけであった。ホッとして再び正面を照らすと、大量の血を椅子と床に撒き散らかされたおびただしい量の血の跡であった。アーヴィングはあまりの衝撃に思わず悲鳴を上げてしまった。

「おいおいおい、ヤバいぞこの家…!」

 この部屋から出ようとしたが、あまりにも衝撃的な光景に腰が抜けてしまう。そうするともう一つの部屋からアーヴィングを呼ぶ声が聞こえ思わずビクッとしてしまった。リアの声であった。

「おい!アーヴィング!こっちに来い!」

「ど、どうしたリア!?」とすぐに立ちこの場所から逃れるように部屋を出てリアの方へ向かう。もう一つの部屋に入るとすぐさまリアに会うことが出来、アーヴィングは安堵した。

 そして彼が来てすぐに、リアは部屋の奥の暗闇をライトで指し示した。

「…当たりだ。」

 リアはニヤリと笑う。それは最近掘られた跡のあるトンネルであり、ここが取引現場に続く道である事に疑いはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ