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第5話「動物とサイコと混沌と私」その②

※1 ハーメルンの笛吹男…1284年6月26日にドイツのハーメルンで起きたとされる、130人の子供たちが笛吹き男に連れ去られ集団失踪した伝説のこと。ネズミ退治の報酬を支払わなかった町人への報復として子供たちが連れ去られた物語が有名だが、実在の未解決事件が基になっている。

※2 鞍…馬や牛の背中に乗せ、人が座ったり荷物を載せたりするための革・木製の馬具。

※3 乗馬の安定姿勢…耳・肩・腰・かかとが一直線に並び、坐骨で鞍の深い位置に座る(骨盤を立てる)のが基本である。

1

 

「…んで、こころは今どこに?」

「こころちゃんから聞いてないの?ここで買い物してるのよ、モモコちゃんと一緒に。」

 リアは少し驚いた顔をした。短期間でモモコとこころの関係が深まっていることが意外だったのだろう。

 

「ふーん、こころのヤツ、あのやかましい女といつ仲良くなったんだか…。」

「えぇ~!モモコちゃんはいい子でしょ。でも、まぁ…、あなたとは相性は悪いか…。」

 リアのその態度に茉莉花は納得する。リアは()()()()()人物が嫌いなのは知っていたからである。


 ショッピングセンターの出口付近に車を止め、二人は車から出て待機していると、息を切らして走ってくるこころの姿があった。

「お~い、リア~!!マリーカ~!ごめん、待たせちゃって。」

 こころが来ると、三人は流れるように車に乗り込んだ。乗り込んだときに、リアがいつもの調子でこころに冗談をぶつけようとする。しかしこころはすぐにでも伝えたい事があることが空気感から伝わってきたので、空気を読むことにした。

 

「車が来る間に、このあたりの監視カメラを調べてみたの!そしたら、動物たちが私たちの近くに向かってきてて…。」

「なんだそれ?ハーメルンの笛吹男かよ…。(※1)」

 リアはその姿を想像し思わず笑みをこぼす。ふと視線を下に降ろしたとき、急に茉莉花に猛烈に肩を叩かれる。そしてリアが茉莉花の方を見ると、彼女は震えながら指を差していた。

 その先には、10匹ばかりの大型犬が眠っている少女を背に乗せて運んでいる姿があった。それを先頭に、ネズミ、ネコ、鶏、ウサギ…。様々な小動物が群れをなして目の前の道路を横切る。唖然として沈黙。

 

「何あれ…。」

 

 茉莉花の困惑の一言であった。そして一瞬の沈黙のあと、リアは我に返り、茉莉花に向けて叫ぶ。

「マリーカ!!アクセル踏め!」

「いっ…!」

 リアが叫んだことにより、茉莉花は反射的にアクセルを強く踏み込んでしまった。すると急加速してしまい、反動により全員の体が仰け反った。その衝撃に思わずこころは言葉にならない声が漏れる。

「ふぇ…!?」

「ちょっと、大きな声出さないで!事故起こすって!」


 茉莉花は怒っていたが、リアは気にせずアクアへと話しかける。

「ネズ子、本体はアレか!?」

『えっと、た、多分…、あんまし見えなかったけど……。』

「えぇ!?ネズミが喋った!?」

 今更ながらこころは驚く。その光景に茉莉花は呆れながらリアに尋ねる。

 

「リア…あなたこころにこの事知らせてなかったの…?」

「そんな時間は無かった。しかし思ったより大事だな…。これじゃいずれWFUにバレちまうぞ?」

 

2

 

 こころがリアの代わりにアクアを持ち、茉莉花は動物の群れを追跡しようとしていた。しかし、群れは意外に速い。制限速度が60キロで、なおかつ信号や一方通行などの障害物もあってか全く追いつくことができない。茉莉花はやむなく迂回し、先回りを狙う。その間、リアは施設に問い合わせていた。ちなみに、少し前に茉莉花の所へ向かう道中でも連絡をしようとしたが繋がらず、やむなくこころと合流してから問い合わせてみることにしたのだった。そして施設の管理官によると、どうやら施設内でも現状を把握出来ていないらしく、今も調査中である、といった返答だった。そんな施設の対応にリアは思わずため息を吐いた。


「…まったく、”きたのそら”とはまた違った意味で駄目だなあの連中も…。とりあえず、WFUに伝えるのは先送りにしておいてくれと頼んだが、それがいつまで持つかだな…。」

「アタシたちがアクアの本体を捕らえれば良いけど。もし駄目だったりしたら、道を塞いだりしてルート制限して目立たないようにするってのもアリね。とりあえず、何よりも時間稼ぎよ。納豆のように粘りに粘って…。」

 

 リアは”納豆”というフレーズに耳を塞ぐような素振りを見せる。

「あー。私、納豆嫌いなんだよ。話に聞くのも嫌なんだ。」

「あら、リアにも弱点があったのね。完全無欠かと思ってた。」

「完全無欠の人間なんざ、この世にはいないさ。けれど弱点か…。そうだな、強いて言うなら臭いものか?昔居た組織だと腐った死体の処理とかで…。」

「ちょっ、ホントに気持ち悪い話は辞めて!ったく、こんなエグい話になるなら振るんじゃなかったわ…。」


 二人はそのような会話を交わす一方、こころはネズミ、アクアの持ち方に苦戦していた。摘むような持ち方でも、両手で柔らかく握る持ち方も試したものの駄目だった。

『うっ…潰れる…。』

「ごめん!わたし、ネズミの持ち方とか分からなくて…。こう、こんな感じで、包むように持てばいいのかなぁ?」

 こころは虫を捕まえるかのように両手で覆うように持とうとする。

『これじゃ、急ブレーキをかけたら危ないし、そもそも前が見えないじゃない…。』


 その時、茉莉花がようやく小動物の群れを発見する。

 

「見えた!」

「やっと追いついたか。待ちくたびれたぜ。」

「ちょっと、あの道だと車じゃ通れないわよ!ようやく追いついたと思ったのに…。どうしよう。」

「つってもこの辺の場所は道が限られてるから予想するのも容易だ。先回りするルートで向かおう。」


 リアたちが向かった先は少しばかりの高地となっており、このエリア全体を見通すには格好のポジションであった。リアは予測した居場所を中心に探し出したが見つからず、それならと思って、全く想像と違う場所を探した結果、ようやく見つけた。しかし、動物たちはリアたちが考えていた経路とは全く異なる場所にいたのである。

「何あれ…。夢でも見てるのか…?」

 

 それは動物の群れがが眠っている少女を背負って5階建てのマンションの壁を登っていく姿であった。窓もなく、装飾もない、ほぼ90度の黄土色の壁であったが、彼らは、まるで蜘蛛のように壁に張り付き、軽やかに難なく登っていく。そして、最後尾にいたマルチーズらしき小型犬が登り切ってしまうと、リアたちの場所からは全く見えなくなってしまった。

 

「あんな感じで登っていくの、漫画で見た覚えがあるな…。」

『ちょっと!?あんな事してたら目立つわ!』 

「こころ、この辺一帯の監視カメラにアクセスして、あの百鬼夜行の行った先を常に確認しておいてくれ。」

「分かった!それならアクアをお願い!」

 

 そう言いこころはリアにアクアを手渡す。リアは、そのネズミが小さな体の隅から隅まで震えていることに気が付く。アクアは、振り絞るような声で不安を訴える。

『ウチ、元に戻れなかったらどうしよう…。ねぇ、この状況が続けばどうなるの?』

「暴走状態が長く続けば過剰使用(オーバードーズ)状態になって心身に悪影響が出る。さらに使用すると元に戻らないような障害が発生するらしい。」

 

 さらに不安が募ったようで、落ち着きのない状態であった。リアはそう発言してしまったことを反省し、心配を和らげるように優しく声をかけた。

「大丈夫だ。私たちがアンタを必ず取り戻してみせる。」

『…うん。』

「こころ!ネズミ共の居場所は確認できたか?」

「今のところは…。あっ、出てきた!この場所から北東で300m先のカメラ!その路地をまっすぐ東に進んでいった!」

「了解よ!」

「その辺りは結構入り組んでるから迷わないように気をつけてね!」


 ようやく茉莉花が必死に車で走り続けていた成果が表れた。動物たちの群れの最後尾をようやく視界に捉えることが出来たのである。しかし、ようやく尻尾を掴んだ矢先に不運なことが起きてしまう。

「あぁ、左の路地へと走り去っていったわ!でも、また車じゃ通れない道よ…!」

「マリーカ!ここで降りる!ネズ子を頼むぞ!」

「えっ、ええっ!?」


 やむなくリアは自らの足で彼らに迫る事にした。しかし、降りてみたは良いものの、やはり動物たちとのスピードの差は歴然としていた。

 

「クソっ、全く追いつかねえ、早すぎるだろ…。」

 

 リアは全力で走り続けていようが、いくら時間を掛けようが、風を切るように走っていく動物たちの足に追いつくことがなかった。追いつく他の手段を用いようと思っても、その道には放置された自転車なども無かったため、ここから加速させる手段も無く、手詰まりだった。自分の判断が誤っていたかもしれないと少しばかり思いつつも、なんとか10分ほど追いかけて、住宅街から山沿いの道路にたどり着いた。そこは山のふもとであり、川のせせらぎが聞こえるほど閑静な場所で、そこにはぽつりぽつり家が点在しており、それ以外はコンビニが1軒あるだけであった。


 リアはこの辺りで見失ってしまったのだが、動物たちの足跡を頼りにして行く先を知ることが出来た。今度は彼らの姿を確認しようとして少しばかり山を登り、周囲を見渡して、ようやく集団を見つけることが出来た。体力の限界なのか、それとも道に迷ってしまったのか、理由は定かではないものの、どうやら山のふもと沿いに動物がゆっくりと歩いているようだった。


 彼らのことを見続けると、リアはある事に気が付いた。牛、羊、馬…。小動物の群れから()()()()()へと変貌を遂げていたのだ。

 

3


 茉莉花たちも、リアから連絡を受け、紆余曲折ありつつもなんとか彼女の元へと辿り着くことが出来た。リアは、この地区の唯一のバス停の近くで待っているようであった。

「よう、遅かったじゃねえか。」

「ここまで来るの大変だったんだから。全く、勝手に一人で追いかけて…。」

「あれを追いかけていて、気付いた事が…。」

「ねぇ、あれ見てあれ!」

 こころは二人の話に割り込むように、その先には、牛、馬、羊の集団が、一つの塊になって茉莉花たちが使った道を辿っていたのである。

 

『何アレ!?馬と牛がこっちに向かってきてるんだけど。』

「どこから来たのよ…。これはちょっとしたサファリパークね…。ってああ!」

「どうしたの?」


 茉莉花はある事に気が付く。

『あれさっきまで走ってた馬たちじゃないの!?アジアサイクロン居るし!』

「競馬場から逃げ出した馬だと?しめた、これはチャンスだ!」

「えっ、なにをするの?リア。」

「飛び乗る。」

「えぇ!?」

 

 とんでもない事を言いだしたかと思えば、リアは2mほどの高さのある塀を登り、通過しようとしている馬の集団へとジャンプ。ある馬の背へと乗り込んだ。

「よいっしょぉ!!」

「リアが乗った!リアが馬に乗った!」

 一瞬姿勢を崩して落ちかかったものの、なんとか鞍(※2)に体を付けて、安定した姿勢を取ることが出来るようになった。しかし、ハラハラしたのはリアより、それを見ていた3人であった。

『だいぶ無茶なことするわね…。』

「ちょっと…。わたしもう見てられない…。」

「あっ!?そっちに行くと川に突っ込むわよ!」

 

 馬の集団はサッカー場ほどの河川敷から、川の方へと向かっていっている様子だった。

「くっ、暴れ馬……すぎるだろ!?」

 重心を下げ、手綱を引こうとしてブレーキをかけようとした(※3)が、馬は全くリアに応じることなく、そのまま橋を飛び越える。このままでは川だ。リアは決死の飛び込みに思わず目を閉じる。茉莉花たちは慌てて橋の方へと行き、川を見に行く。そこには衝撃的な光景が広がっていた。

 

「嘘…。壁、走ってる…。」

 馬たちは、重力をものともせず70度近くある川の擁壁をスルスルと走っていく。リアが乗っている馬も、彼らに負けじと擁壁を走っていく。リアはようやく目を開くと、まさかの状況でありその自分が置かれた状況を認識するのに苦労したのだった。

「う、うおお!は、走ってるぞ…!」

「振り落とされんなよ!」と言わんばかりに激しい疾風のごとく駆けていく。リアは馬にしがみつくのに精一杯である。

 

「すごい…!なんかペガサスみたいだね!」

 擁壁の角度はどんどん増していき、遂には垂直へと変わっていたものの、先行した馬は難なく走っていく。しかしリアにはこれは超えられないと思い、全力でブレーキをかけようとするが、やはり応じない。リアは止めるために馬に叫ぶ。

 

「おい、それは垂直だろ!無理すんな、ってあぁ!」

 

 リアを乗せたままの馬では無理があったようで、擁壁から滑り落ちるように川に落ちてしまった。こころは手で顔を覆い、茉莉花は頭を抱える。

「やっぱり、無理があったわね…。」

 茉莉花たちは急いでリアの元へ駆ける。

 

「リア、大丈夫!?」

 川は浅瀬で流れはゆるやかであり、リアも馬も大事には至らなかった。馬はすっと立ち上がり、リアも川から抜け出し、茉莉花の元へと向かっていた。

「ああ、大丈夫だ。でもこれって…。」

 

 リアは落ちた際、たまたま馬が着けていたゼッケンを拾っていた。そこに書かれていた名前を見て、リアは納得する。

「アンタの名前、ナットウキナーゼだったんだ…。どおりで相性悪かったわけだ。」

 ナットウキナーゼはブルブルッと水を飛ばしたあと、そのまま仲間たちが向かった先へと駆け出していくのであった。


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