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第5話「動物とサイコと混沌と私」その①


私たちは限りある失望を受け入れなければならない。しかし無限なる希望を失ってはならない。

 ――マーティン・ルーサー・キング.Jr


1

 あなたにとって、夢とはなんですか?


 眠っているときに見るもののこと?それとも現実から離れた空想のこと?


 それとも、将来目指しているもののことですか?


 あなたの”夢”はなんですか―――――――。


 夏から秋に差し掛かろうとする頃。あのラナサウスの脱走劇からすでに1ヶ月が過ぎようとしていた。あれからは何事もなく過ごしている。いつも任務で戦場の中にいたリアにとってはこの平穏な毎日が新鮮であったものの次第に薄れていき、いつしか退屈な毎日が広がっていた。結局、きたのそらという施設の調査以来、リアとこころに主だった任務は回ってこなかった。リアにとっては不満が募るばかりであり、あの戦場での刺激を懐かしく思うばかりであった。


 今日は学校が休みの日であり、暇をつぶすために起きてからお気に入りのアクションゲームをプレイし続けていた。それでもいつしかゲームをするのも飽きてしまったため、気分を変えて外出し、ハンバーガー屋へと立ち寄った。その店は、北海道に来てからリアが味を気に入り、頻繁に通っている場所だった。カウンターでセットを受け取り、席に座ろうかというところで、思わぬ人物たちと出くわした。


「うわっ…、お前らもここに来てたのかよ。」

「うわって何なんですか。うわって、良いじゃないですかここに居ても…。」


 そこに居たのは、ルカとラメイロである。たまたま居合わせたようだった。ラメイロはフィッシュバーガー、ルカは何故かポテトばかりを食べている。ルカはポテトを食べる手を止めてリアの顔を見る。すると、すぐに深いため息を吐いた。

「ハァ…。」

「なんだよ?私の顔になんか付いてんのか?」

 

 リアが疑問に思っていると、ルカは何やら深刻そうに語りだした。その目はリアを恨めしげに見ていた。

「…お前のせいで最悪な夢を見たんだ。」

「は?」

「最悪の夢だよ。変な倉庫に迷い込んだところから始まったんだが、倉庫の奥側に行くと、眼の前に黄金が山のように現れたんだ。そん時は最高の気分だったんだけど、突然オレの後ろで何故かお前が敵と戦い始めてさ…。オレも思わず、お前の方に加勢しちまって、戦闘が終わって戻ったら、その財宝はすべて無くなってたんだよ。そして何故か全てお前のもんになってさ…。」


 ルカはいつも金欠であり、その事はリアも分かっていたものの、まさか夢にまで金が出てくるとは思っていなかった。そんな姿にリアは、少しばかり同情の気持ちが芽生えてくる。

「アンタは夢でも金に見放されてるのかよ。これは重病だな。…というか、いい加減貰った金(※1)をすぐ使うのやめたらどうだ?そんな馬鹿げた夢を見ずに済むだろうに。」

「うるせえ!悪いがオレは宵越しの金は持たない主義なんだ。そうすれば使い方に悩まずに済むからな!」

「ヒュ~!兄貴っ、カッコいいですね!」

 ルカの主義とラメイロの反応に同情して接した事を少し後悔するリアであった。

 

「本末転倒だろそれ…。というかどこがカッコいいんだよ。ただの浪費癖だろうが。」

「本当にそうですよっ!兄貴、それでどうやって生活していくんですか?少しは自重してくださいっ!」

「お前はどっちの味方だ!」


2

「しかしまぁ、なかなか幸せな夢を見るもんだ。」

 リア達は昼食を済ませ、店を後にする。しかし、夢の話は食べ終わってからも続いていたようだった。

「お前はどんな夢を見るんだよ、じゃあ。折角だから教えてくれよ。」

「私?まぁ、それはもう、クレバーでクールな夢さ。」

 「「それはない(っす)。」」

 ラメイロとルカは息ぴったりに否定する。間をおかずにルカはその発言に修正を加えた。

 

「どうせお前が見るのはクレイジーで残忍(ブルータル)な夢だろ。」

 ラメイロはその通りと言わんばかりにうんうんと頷く。

「私にどんなイメージがついてるんだよ…。ん?そっちに行くのか?」

「おっと、分かってないな…。ここから家に戻るならこの裏道から行くのがいいんだよ。」


 その道を指差すルカ。その先にあったのトンネルであった。トンネルはほとんど使われておらず、路上にはやや乱雑にゴミが捨てられている。壁は様々なグラフィティアート(※2)に染められ、出口には既に何年も前に持ち主を失い、管理もされぬまま錆びついた自転車が置いてあった。そのトンネルを3人で進んでいくと、目の前に直立するネズミを発見する。やけに警戒心が薄いネズミに違和感を抱きつつ、流し見しながらそのトンネルを通り抜けようとした時、そのネズミが絞り出したかのような声で喋り出したのである。 

『助けて…。お願い…!』


本当に驚いたときは言葉が出ないものである。リアは口をポカンと開け、ルカはドッキリを喰らったかのような表情であった。ラメイロに至っては顔面の全ての要素が飛び出るかの勢いであった。

「しゃ、喋るネズミ…。」

「あっ…。」

 ルカは何かを思いついたようである。しかしその内容は碌でもないものであった。

 

「スキャバーズ!?スキャバーズじゃないか!オレの飼ってた!」

「兄貴、目がヤバいですよっ!?」

 ルカは能力を発動。ネズミをサイコキネシスで自分の手元へ引き寄せようとしたとき、リアはそれを防ごうと横に割って入り、ネズミを鷲掴みにした。ルカは怒りに満ちた目をリアに向けた。

 

「お前、それをよこせ…!」

「渡すか!見世物として売るつもりだろうが!というか目がヤバいぐらい血走ってんだよ!」

「うるせえ…!オレはこれを売ればようやくあの借金を返す当てができるんだ!邪魔すんなら容赦しないぞ…!」

「借金までしてんのかよ。何をやったらそんなに金が無くなるんだよ…。」

『く、苦しい…。』


 鷲掴みにされたネズミは小さな腹を懸命に膨らませ、必死に喋ろうとする。

『う、ウチは人間…。()()()なのよ…。』

「あぁ、すまねぇ…。今放してやる。」

 

 リアが地面に向けて手を離すとネズミはすぐさまリアの手元から離れ、そのまま3人の方へ向き、立ち上がった。3人はネズミの話を聞こうと屈む。

「能力者って…?鼠に変身する能力か、それとも操る能力…?」

『動物を操る能力よ。』

 

 その話にラメイロは少々驚いていた。何故ならば、そういう性質を持つ能力者が極めて稀だということを、彼は知っていたからだ。

「…動物を操る能力者なんているんですねっ。他の生物に干渉する、みたいなのはやりたい放題じゃないですか。」

「能力者はルール無用だからな。たとえば大戦の時だと、念じるだけで特定の人間を殺す能力者も居たぐらいだぞ?その程度ならごまんと居るよ。」

「ぶっ飛んでんな…。」

 その話にルカとラメイロは思わず引いてしまうが、リアは脱線しかけた話を戻そうとした。

 

「んで、助けを求めてるみたいだけど、一体何があったんだ?」

『ウチ、オーストラリアから北海道にある収容施設に移るときに能力が勝手に発動して、それから意識が遠のいて…。気付いたときにはネズミに意識が移っていたわ。でも、能力だけ発動している状態みたいで、どんどん。』

「どんどん!?これはもしかしてっ…。」

「暴走か…。」

 リアはその話を聞き、かつての”きたのそら”での事件を思い出す。彼女にとっては一生忘れられるはずもない苦い記憶であった。

 

「その上、本体は意識がないのにも関わらず暴走状態かよ。ヤバくないかよそれ。自分の意思じゃ止めようが無いじゃねーか。」

「…アンタを送っていた連中はどうしたんだ?そして自分の体がどこにあるかとかは分かるのか?」

 ネズミは小さな手を毛だらけの顔に当てて考えるも、全く意味がなかった。

『分からない…。あの人達もどうなったのか…。体は多分、そんなに遠くは無いと思う。でも、場所はホントに分からないの。何しろどんどん能力の範囲が拡大しているみたいだから…。』

 

「…とりあえず名前を教えてくれ。施設に問い合わせて確認がしたい。」

『アタシは、アクア・アディーチェ。』

「ネズ子、アンタはポケットの中でじっとしていてくれ。」

『ネズ子…。折角教えたのに名前で呼ばないのね…。』

「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。助けを借りる時は連絡するから。」

「ちょ、親分!?」

 リアは走り出すも、その呼び方だけは気に食わず、反応してしまった。

「誰が親分だ!その呼び方はやめろ!」

 

 その後は振り返らずにトンネルを突っ切り、そのままの勢いで歩道を、自転車を押して歩いていたスーツ姿の中年男から自転車を奪い取り、立ち漕ぎする。そこでリアはようやく振り返る。

「悪い、ちょっと借りるぞ!」

「おいっ、君ぃ!」

 

 奪われた通行人も取り返すべくリアを追っていった。こうしてその場にはルカとラメイロだけが残され、嵐が過ぎ去ったかのように静まり返った。ルカがポツリと一言。

「しかしアイツ、いつも何かを追いかけてばかりだな…。」

 

3

 茉莉花は、こころのショッピングが終わるまで待機していた。しかし、せっかくだからと人の居ない場所へと移動し、誰もいない公園で競馬中継をスマートフォンで観戦していた。しばらく静かに見ていたものの、茉莉花は興奮しだした。

「よ、よし!アジアサイクロン!行ける!ッシャァ!」

 

 彼女が熱中していると、突然邪魔をするかのように画面の上部から通知が降りてくる。

「え?何か通知が…。」

その通知はリアからのメッセージであった。「今からそっちに行く」彼女がその言葉を受け取ってから数秒後、颯爽(さっそう)と自転車が公園のフェンスを飛び越えてやってきた。

「うわぁ!!」

 リアが操る自転車は茉莉花の頭上を飛び越え、砂場付近へと見事に着地した。しかし、茉莉花は驚きのあまり腰を抜かして転倒してしまう。

 

「ちょっ、ちょっと!リア、いったい何!?」

「いたいた。マリーカ、ちょっと()になってくれないか?緊急の要件なんだ。」

「車回すの?一体どういう理由で?ってもう乗り込んでるし…。」


 リアは駐車場に停めていた車にすぐに乗り込んだため、茉莉花もリアに付き合う形で乗り込む。だがすぐに競馬レースの途中であったことを思い出し、慌ててスマホを取り出し結果を見る。

「あっ、あぁ!あたしのアジアサイクロン、2着…。ナットウキナーゼなんかに負けるなよ…。」

「馬なんて後回しにしてくれ。こころが来るから、そっちまで頼む。」

「どうでも良くないわよ!どうせあんたには分かんないわよ、この気持ちは…。ったく。」


 車を発進させてから、リアからここまでの経緯を聞いた。茉莉花はきたのそらでの経緯を知っているのもあり、張り詰めた様子で話を聞いていた。

「えっ…、それヤバくない?暴走状態ってこと?それじゃあ、何が起きてもおかしくないじゃない…!」

「あぁ、ここからどう状況が転ぶか分からん。でもWFUには伝えないでくれ。アイツら、暴走状態の能力者には容赦ねえから。それにWFUが動くなら、当然国も動くことになるから間違いなく大事になる。WFUに頼るのは最後の手段だ。それに…。」

 

 一度は言い淀んだものの、リアは決意を胸にし、もう一度口に出そうとする。

「…それに、もう二度とあんな事は起こさせたくはない。」

「そうね…。って、なんかポケットがモゴモゴしてるけど。」


 ポケットが軟体動物のように蠢いたあとに、ひょっこりとネズミの顔を出した。

『プハッ!息ができなくて死ぬかと思った…。』

「えっ!?」

 茉莉花は驚き、動揺のあまり思わずハンドルを切ってしまう。危うくガードレールにぶつかるところだったが、なんとか体勢を立て直すことができた。

 

「危ねえな!」

「たっ、たまげた…。まさかネズミが喋るとは…。」

「動物を喋らせる能力でもあるんだよ。これで状況を教えてもらったんだよ。」

『アタシの能力で動物を緻密に動かせるの。まぁ、虫とかまでは細かすぎて操作はできないけどね。』


 その話を聞いて茉莉花はもしやと思い、興味本位でアクアに能力について尋ねる。

「えっ、じゃあさ、もしかして動物の気持ちとか分かるの?私の飼ってるネコちゃんの気持ちとかも聞ける?」

『分かるけど、あまり聞かないほうが良いと思うわ…。』

「どうして?」

『ネコの気持ちの大抵は飼い主の悪口よ。』

「…辞めとくわ。」

 

※1 能力者の現金給付制度…この作品において、能力者保護施設に収容されている能力者達は、福利厚生の保障と現金給付が国際法で義務付けられている。

※2 グラフィティアート…スプレーやマーカーを用い、壁などの公共空間に文字や絵をゲリラ的に描くストリートカルチャーの表現のこと。

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