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第4話「守護天使と戦乙女(ヴァルキリー)」その⑤

1

 ラナの能力はバリアを張る能力だが、欠点も非常に多かった。まず高強度なバリアを張るには時間がかかるという点がある。あの核爆発のとき、生まれて初めて張ったバリアだけは何故かすぐに展開できたものの、本来であればあれだけ強力なバリアは時間がかかってしまうのだ。さらにバリアの内側は非常に弱いという点である。しかし、彼女はふと考える。その能力の欠点はまさしく自身の欠点のようだと。ラナは外面は良く、外見も整っているのは自負している。だが内面は気弱で、押し潰されてしまう人間だということも分かっていた。そして何よりも、自己中心的で破滅的な思考を巡らすような自分自身の内面の醜さに辟易としていた。しかし、結局どれだけ時間が経っても、昔のトラウマや動物園の檻のような施設の環境を言い訳にして、その醜さと向き合うことは出来ていなかったのである。でも、自分自身には向き合う方法を知らなかった。だから彼女は解答を欲しているのだ。どんな形であれ、あの子に会えば、何か答えが見つかるのではないかと。その時、リアに問いかけた言葉が彼女に降りかかる。


―あなたはどうして()()()()()()


 私は、どうして自分と()()()()()()

 

―あなたは本当に()()


 私の心は、本当に()()なの?


 無我夢中で走っていたのが功を奏し、ようやく長い裏路地を抜けることができた。ここまでたどり着けば、後は道なりに進んでいけば、例の病院へとたどり着けるはずである。ラナは懸命に駆け抜ける。しかし横断歩道が赤だったため、彼女は立ち止まらなければならなかった。少しばかり待たされた後、ようやく緑になったところで渡ろうとしたとき、トラックが高速で走ってきている事に気づいて思わずギョッとした。

 そのトラックを見ると、なんと運転手はなんらかの発作が起きて、意識を失っているようだった。そしてトラックの直線上には、カフェテリアがあるのだ。

 彼女の前に再び障害が立ち塞がった。一瞬、唖然として見ていたが、すぐに自分の使命を理解する。この状況を変えられるのは、ラナ・サウスただ一人である。

 ラナは試練へと立ち向かう。手をかざし、バリアをカーブのように展開した。短時間で張ってしまったために強度が心配だったが、そんな事を気にする猶予はなかった。後はただ、止まるのを祈るだけだった。

 

 (どうかお願い…!止まって…!)

 ラナはただひたすらに念じる。しかし、もはやトラックはカフェテリアのすぐそこである。ラナはその先にある惨劇を予感し、目を瞑ったそのとき、壁と擦れるような音が悲鳴のように鳴り響く。トラックはかんなのように少しずつ削れていく。タイヤもバリアと地面の摩擦により焼き切れ、空転するホイールは地面に擦れた為に、金属の加工のごとく火花を散らしていた。そして、カフェテリアの前の歩道に差し掛かるところで、90度くるりと回転するように曲がって、停止した。

 歩道に居た通行人は逃げ、そのままパニックに陥っていたが、それとは逆に衝突しかけていたカフェテリアに居た人々は、呆然とただトラックを見るばかりであった。

 ラナは安堵するのもつかの間、ドライバーを助けるためにすぐに駆けつけ、運転席のドアを開ける。中はエアバッグ(※1)が起動しており、さらにドライバーは頭をエアバッグにのしかかったままであった。ただ、外傷や出血は特に見当たらないようだった。しかし、発作はまだ継続しているようで、意識があるようには見えなかった。ラナは急いで事故の見物をしていた男性を二人ほど呼んで、彼らとともにドライバーを運び出す。そして姿勢を横向きに寝かせる。回復体位(※2)というものである。

 

 「救急車を呼んで!(Call an ambulance! )」とラナは必死に叫ぶものの、周囲の誰にも伝わらず、困惑ばかりであった。しかし、ラナには日本語も分からなければ、救急車を呼ぶ電話番号も分からない(※3)。彼女はその時初めて、異国の中に自分が存在しているのだと認識した。その実感は、施設の奥底に居たときとはまた違った孤独感が押し寄せてきた。何故、誰も救急車を呼ばないのか。何故、誰も私の言葉に耳を傾けてくれないのか。必死に訴えるものの、その場から立ち去るものまで現れ始める。彼女の目から涙が零れそうになった。するとその時、救いの手を差し伸べるべく一人の男性がやってきた。仕事帰りなのか、よれたスーツ姿で現れた彼は、どうやら英語を理解し、喋ることが出来るようだった。

「大丈夫ですか!?救急車、救急車を呼べば良いんですね!?」

 ラナはその言葉に、救われるようであった。世の中、捨てたものではない。ラナは彼に心から感謝し、溢れんばかりの喜びのまま礼を告げた。

「ありがとう!」


 彼の発作がようやく落ち着いてきたとき、ラナはここから立ち去ろうとしていた。彼女には、どうしても行かなければならないところがあった。それに恐らく、この騒動によりラナがこの近くに居るということがバレてしまうだろう。その前に立ち去らなければならない。

「申し訳ないけど、私には時間がないの。ここを離れるわ。」

「えぇ!?」

 こんな状況にもかかわらず、離れようとするラナに男性は驚愕するも、ラナはその男性の両手を握った。

「あなたなら、大丈夫!」

「は、はい!」

 ラナが男性の顔をまっすぐ見つめ、彼を励ました。彼は思わず頬を赤く染める。ラナはすぐさま反転し、その場から離れた。病院まではあともう少しである。


2

「ハァ…。ハァ…。」

 ラナは汗だくのまま、病院のロビーへと入る。彼女はようやくゴールへと辿り着いたのである。ラナは、壁に寄りかかりながら、乱れた呼吸を整えていると、その姿に一人の看護師が彼女に心配そうに声をかける。

 

『あのぉ…。どうされましたか?大丈夫ですか?(日本語)』

 ラナにはなんと言っているのか分からなかったが、恐らく心配されていることだけは伝わった。

 

「あの…。えっと…。ハァ…。この病院に、アポロという患者はいません、でしたか…?」

 看護師は困り果てたあと、すぐに別の看護師が呼ばれて来た。恐らくその人なら英語が流暢なのだろうと思い、先程と同じ内容のことを伝える。その看護師には伝わったようであるが、すぐに残念そうな表情を浮かべた。

「まことに失礼ながら、親族の方以外にその病室を教えるわけには参りません。大変申し訳ありませんが、お引き取りをお願いします。」

「そんな…。」

 

 もはや、彼女に打てる手立ては存在しなかった。せっかくここまで来れたのにこれで終わってしまうなんて…。ラナはショックを受けていると、誰かに名前を呼ばれる。その方向へと顔を向けると、全く見知らぬ女性がそこに立っていた。しかし、ラナの事を知っているようであった。

 

「あなたが、ラナ・サウスさんですか?」

「ええ、そうですけど…。あなたは…?」

「一緒に来てください。」

 そのままラナを連れて行こうとするその女性は、ショートの髪型でやや幸薄顔、そして少しやつれているようであった。服装も無地の黒い服という着こなしであり、それ以外には特徴のない人だった。ラナが思い当たる人ではなかったが、この展開から、もしかしたらアポロの親族ではないかと思い始めていた。

 

 階段を登り、2階の突き当りへと進む。そして案内されたのは、既に誰も居ない病室であった。ベッド脇には千羽鶴や少しの本が置かれていたが、それ以外のものは見当たらなかった。その部屋の中を見て、ラナは不吉な予感がした。その部屋の入り口で立ち尽くしていると、女性は自己紹介を始める。

 

「あなたとSNSで通じていたアポロの母です。」

「どうも…。すみませんが、この病室ってもしかして…。」

「ええ。あの子は、5日前に亡くなりました。」

「そんな…。」

「ただ、あの子があなたにこれを届けて欲しいと。」

 アポロの母は、持っていた手提げかばんからあるものを取り出す。それは一通の手紙であった。

 

「手紙…。」

「でも、どこに届ければ良いのか分からなくて困っていました。葬式のあと、たまたまここに忘れ物を取りに戻って来てみたら、アポロを探しているあなたがいまして…。もしかしたらと思ったら、あなたがラナさんだったと。」

 ラナはその話に運命を感じた。これは、彼女にもたらされるべき手紙であるということを。

「そうですか…。手紙、読ませていただきます。」

「これは、あなたに向けたあの子からの最期のメッセージです。あの子は、苦しいのにも関わらず、必死に、懸命に喋って、あなたに伝えようとしたんです。私には、それが…。」

「お母様…。」

 アポロの母は話しているうちに感傷的になり、声がだんだんと震え、涙ぐみ、そのうち完全に泣き出してしまう。ラナは彼女に釣られて泣きそうになったが、手紙を台無しにしないためにも必死に堪え、その手紙を一字一句見逃すことのないように読みはじめた。

 

 ”ラナ・サウスさんへ。

 あんなメッセージを送ってしまってごめんなさい。なぜなら、もうペンで文字を書くことはおろか、スマホで文字を打つことすら出来ない体になってしまったのです。母が代わりにこの手紙を書いてくれています。昨日、一度心臓が停止したそうです。心肺蘇生により、なんとか命は取り留めました。ですが、また止まったときはもう生き返ることは無いそうです。もう、手も足も動かせません。命の猶予もありません。だから、あなたとの約束は果たせそうにありません。本当にごめんなさい。でも、あなたのお陰で外の友達も出来ました。外の世界を知ることが出来ました。そして()()()()()()()()、というものを教えてくれました。私は、鳥かごから出ることはもう叶いません。ですが、あなたは鳥かごから飛び立って、本当の自由を手に入れてください。あなたならきっとやり遂げられます。必ず。今までありがとう。

 たくさんの愛を込めて。アポロ・ヴィンテールより。”

 

 ラナはこの文を読み終えたとき、不思議と涙が出なかった。そのあと感謝の言葉とともにアポロの母と抱擁を交わしたとき、急激に感情が吹き出して、涙が溢れ出したのである。

 

 そして、ラナは自身の携帯電話から自分が病院に居ることをWFUに伝え、やってきた捜索隊にそのまま拘束された。ラナがWFU隊員に連れられ施設へと戻る前に、リアとこころも駆けつけ、その姿を見届ける事ができた。ラナは金庫のように頑丈に作り込まれた装甲車両へと乗り込む前に周囲を見渡した。その病院から見える茜色の景色をぼんやり眺めているとき、彼女たちを見つけたようだった。

 その時のラナの()()は、リアに深い印象を与えることとなった。

3

 

()()か…。」

 リアは、学校の昼休み中に窓の外を眺めながら、その言葉を思わずポツリと呟いた。これはラナと最初に出会ったときの言葉である。

 ラナとの対峙や会話などから、リアの鋭い観察眼により、彼女には迷いがある事を見抜いていた。そして、ラナが口にした自由という言葉の重み、そして車に乗り込む前のあの()()について深く考え込んでいるようだった。


 こころはその姿を見てリアに話しかけようとすると、間に割り込むような形でモモコが入ってきた。彼女は少し興奮気味であり、二人にどうしても知らせたい情報があるようだった。

「ねぇ、お二人さん?あたしさ、とんでもない話を聞いちゃったんだよね~。」

「え?なになに?」

 リアはその話に全く興味を持たなかったが、こころには興味を引いたようである。モモコは言葉を溜め込むように息を吸い、そのままの勢いで話し始める。

「実は…、ラナ、この施設のスクールナースになるんだって!」

 …数秒の無言。二人が特に驚くような素振りは微塵もなく、モモコはきょとんとする。

「…アレ?」

「ごめんなさい。実はその話、もう知ってるんだ。ラナに直接教えてもらったから。」

「え!?そうなの?」

「あの後、連絡先貰ったの。ラナ担当の職員に、寂しがるだろうからってリアとわたしに知らせてくれたんだ。」

「そ、そうなんだ…。」

「また逃げられても困るからじゃねえの?スクールナースになったのも、ラナが他人と触れ合う機会を増やす、という狙いがあるのだろうし。」


 モモコは思い出したかのように唐突に話題を変える。

「あ!そういえば、ラナは会えたの?その待ち人(Machibito)に。」

「ま、待ち人…。」

 かなり独特な表現に思わずリアとこころは首を傾げる。困惑の一言であった。

 こころは病院で起こった出来事を知っている限り話した。そしてその末路に、モモコは同情的な様子であった。

「結局、会えなかったんだ…。かわいそうに。」


 こころはそれに同調するが、リアは彼女達と持った印象とは少し違っていた。

「でも、病院から出たときのアイツ…。晴れやかな顔だったよ。」

 ラナは、会えなくて落ち込んでいる姿ではなく、凛々しく、清々しい表情をリア達に向けていたのである。

 

 彼女は探し求めていた答えをようやく見つける事が出来た。

 

※1 エアバッグ…膨らんだ袋体を用いて移動体の運動エネルギーを吸収、もしくは衝撃緩和する装置のこと。主に自動車に搭載されている。

※2 回復体位…意識はないが「普段通りの呼吸」をしている人を、横向きに寝かせて呼吸の確保と嘔吐による窒息をふせぐ救急の基本姿勢のこと。

※3 救急車の電話番号…日本では「119」で呼ぶことが出来る。ちなみにEU圏内で使える緊急番号は「112」であり、消防、警察なども兼用となっている。

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