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第4話「守護天使と戦乙女(ヴァルキリー)」その①


 創作は常に冒険である。所詮は人力を尽した後、天命にまかせるより仕方はない。

 ――芥川龍之介


1 

 リアにとっては悪夢を見るのは珍しくない。元々少女兵という立場であったがゆえに、()()()()()()()()を幾度となく受けてきたからである。しかし、それによって満足に寝ることが出来なくなっていたのは彼女には非常に辛いことであった。今朝も、いつものように悪夢にうなされ、息を詰まらせながら飛び起きた。驚嘆と恐怖に包まれた朝であったが、少しの後ようやく我に返り、自嘲的な笑みを浮かべるのであった。

 リアは起きた後、まず洗面所に行き、大量の流水を流してそれをしばらく眺めた後、そのまま手を数分間も洗い、顔を洗う。この行動は彼女にとって朝欠かすことの出来ない。そこからは特筆するような事もなく身支度を済ませ、外に出る前に必ず星々が付けられたネックレス、色褪せくたびれたミサンガ、日本の友人から貰った御守りの3つの物を忘れていないか確認する。大丈夫だと判断すると、最後に赤いバンダナを彼女の頭に被り、家を出る。ここまでがリアの朝起きて家を出るまでのルーティンである。


 あの事件の2週間後、リア達は”きたのそら”から別の施設へと移された。その施設は”きたのそら”とは違いあまり目立たない建築物で、愛称や名称も特に付けられていないほどだった。ただ、前の施設とは打って変わって寛容であり、厳しい校則や罰則などは無かった。リアとこころは、”きたのそら”からこの施設に移され、任務が下されるまではそこで生活するようにという事実上の待機命令がWFUから下された。こころはこの命令にホッとしたものの、リアにとってはその措置に不服であった。彼女にとって平穏はつまらないものであり、闘争心を満たすようなコンテンツを欲していたが、それは日本にはもう存在しないと思っていたからであった。しかしながら軍の指令を無視するわけもいかず、不満を抱えるものの仕方なく受け入れたのだった。


 リアは寮からそこから学舎までは2キロ強は歩かなければならない。通常の能力者収容施設では、寮、学校、病院、店など、収容者の生活に不可欠な機能は敷地内で完結するものである。しかしこの施設では能力者の収容施設と寮は一部分離されており、クラスの低い能力者は施設からやや離れた位置に寮に割り当てられるといった、世界でもかなり珍しいタイプの収容施設であった。そのため、そのため学校へ通学するにはある程度歩かなければならなかった。リアは面倒くささを感じては居たが、全くの自由が無かった前の施設とは遥かにマシであるために仕方がないと思っていた。

 

 学舎までの道のりは店といった類は無く、ぽつんぽつんと地元の農家の家があるだけで、他は道路の脇に配置された電柱と、森林と広い畑のみであった。しかし、リアはその風景は非常に好ましく思っており、この田舎の風景を見ることは好きであった。

 収容施設は山の麓に存在しており、そこに至るまで長い坂を歩き続けなければならない。ただし、その坂から東に少し離れたところに長い階段があり、そこを登りきれば、坂のルートよりも短く、かなりのショートカットとなった。ただし山の麓故に森林そばにあるため木陰になっているために分かりづらく、階段を登りきるのは非常に面倒であったために、普通は全く使われていない道であった。しかしリアはこの施設に初めて行く前にこの場所の周辺調査を済ませており、このルートを使うべきだと判断していた。

 

 リアは何かを考え込みながら歩いていたために、気づいたときにはすでに階段の近くにたどり着いていた。そこから階段へと差し掛かろうとするとき、後ろから聞き覚えのある声がリアにかかってきた。


 「リア、おはよう!」

 後ろを振り返ると、そこにこころが立っていた。彼女は2週間前にかなり酷い目にあっていた筈であるのだが、その後もいつもと変わらない調子で接するこころに対して、リアはそのタフさに驚く反面、呆れていた。

 

「あぁ・・・、こころか。」

「また赤いバンダナ付け始めたの?」

 リアが頭に身につけていた赤いバンダナは、こころと初対面のときにも付けていたが、それ以降は身につけている様子は無かったためにこころは気になっていた。

 

「あぁ。このバンダナは私の長年の相棒みたいなもんで、これがないと気合が入らないんだよ。それに、これがないと私だと分かってくれないからな。ま、()()だよ。」

「そ、そうかな…?」

そんな話をしながら二人は階段を登る。二人の靴音のリズムはまだ揃わないものの、こころは彼女とこうして歩いているだけで幸せであった。



2 

 中に入ると、そこは少し古くさいような内装をしており、どこかノスタルジーを感じるような風景がそこには広がっていた。それもそのはず、学舎は元々日本の普通の学校として使われていたようであったが、それが生徒数減少によって廃校となり、その後能力者収容施設として改修されて使われた為であった。内部は分かりやすい構造をしていたために、特に誘導も必要なく彼女たちの教室へと入るが、編入生もかなり多かったために、特に二人が目立つこともなかった。リアは周囲を見渡してルカを探すが、どうやらこのクラスに編入されたわけではないようだった。

 

 授業開始前にこころと他愛のない話をしていると、ある少女がこそこそと近づいてくる。背丈はリアとこころより小さく、体型も印象に残らないほどの中肉中背であった。彼女は黒髪のショートヘアでパーマに近い特徴的なくせ毛を持っており、それ以外は全くと目立つところのない少女であった。

 その少女はリアとこころの前を行ったり来たりして、そしてまた自分の席に戻るのを繰り返した。そして少ししてから席で深く考え込んでから、ようやく気を取り直したようで、堂々と二人の前に姿を表した。どうやら少女はリア達と話がしたいようだった。ただ、すでにリア達にはもうその心情は伝わっていたものの、その少女にはそれに気付いていないようであった。違和感無く、できるだけ自然に二人に話しかけようとするが、それが余計に違和感のある話しかけ方になってしまった。

「どうもどうも、お二人さん。見慣れない顔ですな?」

 リアは冷然と対応する。

「アンタ、誰?」

「あっ、ごめん、いきなり話しかけてさ。あなた達とちょっち話したいなと思って…。アタシはモモコ!」

 

「よろしく、モモコ!私の名前は…」

「あなた達の名前は知ってるよ、だって噂になってるし…。でさでさ…。」

 

 モモコは単刀直入に話を切り出した。

 

「あの、ヤバいところだって聞いてた”きたのそら”、その実態を暴いたって?凄いじゃん!」

 

 その瞬間、リアの表情が引きつったため、それに気付いたこころは話を変えようとする。

 

「ごめんなさい、モモコ。その話題はちょっと…。」

「あー…、あんまり触れたくない話題だったか、ごめんごめん。でも安心してよ。ここの施設はあんなところと違って”本当に”緩いからね。毎日のようにBクラスから脱走者が出てるくらいには…。」

「緩いというか、ザルだな。」

「そうそう。んでウチの先生もアホでさぁ~。クラスの高い能力者に自由が無いから仕方がない…、とか抜かしてるの。その認識はマズいと私でも分かるんだけどねぇ…。あっ、実は凄い能力者もこの施設に居るんだよ?…」

 モモコは授業開始までリアとこころの口を挟む間もなく一方的に話し続けていた。こころは話を聞くのが好きであった為苦ではなかったものの、リアにとってはモモコに対する負のイメージが大きな塊となって形成される結果となった。


3 

 とくに何事もなく授業を終え、ランチタイムとなり、こころと共に食堂へと向かう。すると、突然こころのもとに電話が入ってくる。それはWFUからの緊急招集であった。

『こちらWFU。君たちに緊急任務がある。至急リアと共に北海道支部に招集せよ。』

「了解です!リア、任務だって」

「もうかよ?やれやれ、短い休息だったな。」

 教員に事情を説明してからすぐに学舎を抜け、タクシーを利用してWFU支部へと向かった。そこに着くと慌ただしくやってきた職員にすぐさま副支部長のところへ案内される。二人が彼に敬礼をすると、副支部長はすぐに返し、間も置かずに話をし始めた。

「ご苦労!二人は情報収集に長けた能力者と聞いていてな。」

「…私は違うけど。」

「そうかね?」

 軽く咳をして間を取り、まるで雑談を終わらせる合図のように話題を変えた。

 

「そこで本題なんだが、実はあの施設、何かと問題が多いんだ。かなりの数の能力者が脱走を…。」

「それは聞いたよ。同じクラスメートから。」

「あぁ、そうなのか。なら話は早いな。Aクラスの能力者の確保が今回の任務だ。奴は脱走の常習犯でな、まぁいつも迷惑をかけている奴なんだ。前回まではGPS情報で追えていたんだが、今回は何かのトラブルで付かなくなっていて、そのせいで行方が分からなくなっている。」

「おいおい、それじゃ誘拐に遭っている可能性もあるじゃねえか…。」


「あの…。その方の名前とか、特徴、能力を教えていただけませんか?」

「身体的特徴とかの情報は出せるんだが、名前や能力などの詳細は君達には話せない。悪いな。」

「はぁ?」

 リアは驚いた。名前も能力もほとんど明かさずに探せというのである。それは光が全く無い真夜中のジャングルでカエルを一匹捕まえるようなもので、極めて困難なことであった。


「顔写真も無いんですか?」

「あぁ。実は上にそれらを何度も申請しても情報の公開を許可されなかったんだ。まったく…。」

「それじゃあ、いくらなんでも情報が少なすぎる。どう探せと言うんだよ?超能力捜査官ごっこはゴメンだぞ?」

「…名前の代わりにコードネームだけ伝える。その名も『守護天使ガーディアンエンジェル』。」

 そんな情報を言い渡されて困惑しているこころだったが、リアには思い当たる部分があったようだった。

 「その異名、どこかで…。」

「すまない、機密情報のためにこれしか教えられない。だが一応ヒントになるはずだ。」

その後リア達は収容施設の近辺にある街中を探すように指示を受け、そのまま施設へと戻っていった。


4 

 指令を受けてから2時間が経過した。捜索開始からすでに1時間は経ったものの、何の成果もあげられていなかった。それは、辺鄙な街ではあったものの、街自体はかなり広かったために、捜索範囲も広大で、見つけるのは困難であった為であった。リアは、例の能力者の痕跡調べからの位置の特定、こころは能力を使って位置情報の察知、そして日本語が一応喋れるために聞き込みの線から当たってみるものの全く実りがなかった。リア達はWFUから提供された情報を再確認する。『茶髪で緑眼の22歳の女性。171cmで細身で芸能人に劣らぬほどに美人であり、遠目でも目立ってしまうほど』だという。

「写真すら提示してくれないなら探しようが無いだろ、全くあり得ねえ…。まぁでも、一応特定できそうな情報は出してるか。なぁ、こころ、その例の能力で調べることは出来ないのか?」

「できるけど、わたし、実はネットサーフィン(※1)は全く苦手で…。多分時間がかかると思うよ。」

「ネットサーフィンが苦手とかあるのか…?まぁ、時間がかかろうと構わんよ。情報不足よりマシだ。」

 すると、こころはその場に立ち止まり、まるで眠りに落ちるように目を閉じた。


「えっ?今、何をしてるんだ?ってもしかして…。」

「今ネットに繋げてるよ。目を瞑ればウェブサイトが見れるの。これってブラウジング、って言うんだっけ…?」

「嘘だろ?ネットに繋げるぐらいだったら、目を瞑るだけで行けるのかよ?凄い能力だな…。」

「えへへ。そうでしょ?」

 

「おい!」

 バツが悪そうに電柱の裏から出てきたのは、先ほど学舎で出会ったモモコであった。

「アンタ、私達を尾行してたな?」

「た、たまたま通りがかっただけだよ~!」

 モモコはそう言い訳をしていたものの、こんなところで出くわす訳もなく、彼女の好奇心によって二人を尾行していたことは、こころにでさえ見破られていた。

「アハハ…」

 こころが苦笑いしていると、モモコは早速彼女たちが何をやっているのかを聞き出した。

「んで何してるの?」

「実は、ある人から人探しを頼まれたの。でも具体的な情報が無くて…。」

「あたしそういうの得意よ、得意。」

 モモコは人探しをやりたくて仕方がない、という風であったが、リアはモモコにこの件を関わらせたくないようだった。

 

「…アンタには関係ない。」

「えぇ!ケチィ~…。人探しなんて猫の手も借りたいぐらいでしょ!あたしに教えてくれたっていいじゃないの~?」

 モモコはリアが嫌うタイプそのものであった。やかましく、やたらと出しゃばりでその状況に干渉してくる。リアはモモコにうんざりし、彼女を無視して通り過ぎようとしたが、こころが機転を利かせ彼女に尋ねてみることにした。

「リア、一応話してみようよ。モモコは長らくあの施設に居たみたいだからなにか知ってるかもしれないよ?」


5

 こころはWFUで聞いた尋ね人の特徴を話し始める。モモコはそれを聞いて深く頷くものの、すぐに話が終わったためにその情報の少なさに思わず「ん~?」という首を傾げた。

「これしかないの?よくもまぁ、こんな情報だけで探してるねぇ~。」

「全くだ。」

「でもさ、Aクラスの能力者とあたし達低クラスの能力者って完全に隔離されてるから、顔どころか名前すら知らないんだよね~。」

「それもそうだよね…。」

 案の定、モモコに聞いても分からない有り様であった。ただ、これらの情報だけでは聞き込みすらままならない状態なのはリアも分かっていた。リアは別のアプローチから探ろうと、こころに相談を持ちかけようとした時、モモコが口を開いた。どうやら彼女には思い当たる節があるようだった。

「そういえば、さっき凄い美人な外国人とはさっきすれ違ったよ。」

「え?」


「どうしてそれを早く言わない!どこですれ違った!?」

「じ、10分前に後をついていこうとしたとき、どっちにいるのか分からなくて、それであなた達の逆方向に向かっちゃってさぁ…。するとね、そのそばにあった歩道橋の近くで、すっごい美人の外国人がね、髪をサファ…と靡かせて歩いてたよ。その姿に眩しすぎて、もう、アタシ、思わず顔をそらし…」

「どうでもいいわ!そんなことは!こころ、その近くに身を潜められそうなところはあるか?」

「そういえば、近くに廃工場があったような…。」

「よし、さっさと行くぞ!」


 すぐにリアとこころはその場所に向けて走り出す。モモコも彼女達に遅れて後を追おうとしたが、二人の俊足に無理についていこうとした結果、すぐに右足を挫き、そこから大胆に転んでしまった。腕を強く打ちつけ、膝を擦りむき出血も見られた。転んだ音を聞き、後ろを振り返った二人はモモコは痛みに悶絶し、涙目になっているところを目撃した。そんな姿を見て置いて行けないと思ったこころは、彼女の介抱に向かった。

「いった~い…。」

「もう、無理しないでよモモコ…!リア、後で追いつくから先に行って!」

「ったく…。」

 リアは廃工場に向けて再び走り出し始めた。


※1 ネットサーフィン…インターネットで、次々にサイトをたどり情報を閲覧すること。

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