プロローグ 始まりはいつだって不意打ちでやってくる
二月二十七日の十三時十分、天気は晴れ時々曇り。とある山中に数人の男女が歩き回っていた。一人はこのあたりの住民。一人は近所の交番のおまわりさん。もう二人はこの辺りを拠点とする新聞社のジャーナリスト二人だ。彼らがここを訪れたのはちょっとした騒ぎが起こったからだ。曰く、
『服を着たティラノサウルスがいた』、と。
「小林さん、目的地はまだですか? もう大分歩きましたけど……」
「丸井君、ちょっとアナタ情けないわよ? ジャーナリストならもっと足腰鍛えたほうがいいんじゃない?」
「古井先輩、俺は自然よりコンクリートジャングルを駆け回るのが得意なんですよ…」
捉え方によっては失礼一歩アウトな男は丸井、新人ジャーナリストだ。そしてその隣の女性はそれなりのベテランジャーナリストである古井。そして彼らの後ろから警官である稲川が無言で黙々と着いてきている。そして先頭を歩くのは小林、普段は農業をする傍ら時期が来れば猟師として銃を背負って山に入る、この山の案内人だ。今日は狩猟日ではないため銃は背負っていないが、ちゃんとナタやクマ避けの鈴を携帯している。
「ははは、わかりますとも。最も私はコンクリートジャングルよりこういった山の方が好きなんですがね。目的地はここからそう遠くないですよ」
「すみません小林さん……ちょっと丸井君、謝んなさい!」
「す、すみません……」
頭を叩かれ流石に反省した丸井。しかし内心山に入るのなら前もって連絡が欲しいと脳内では思っていた。革靴で本格ハイキングコースは厳しい。この古井という先輩、いつも唐突に自分を連れ出し取材に連れ回す悪癖があり、大体『取材に行くわよ丸井君!』『え、どこへ行くんです?』『着いてからのお楽しみよ!ホラちゃっちゃか歩く! 特ダネは待ってくれないわ!』くらいしか言わないので丸井も半分諦めている。
なんなら今日は丸井は休みで、事前にダウンロードしておいた新作のゲームを一日やるつもりだったのだ。楽しみにしていたことを直前で奪われたので少々キツい言葉が漏れるのもやむなしである。とばっちりの小林はご愁傷さまだが。
閑話休題。
丸井がヒィヒィ言いながら一行は進む、と、先頭の小林が急に待ったをかけた。静かな声で、しかしはっきり感じる緊迫感を含んだ声で。古井は思わず小声になる
「! 止まって……!」
「なにかあったんですか……?」
小林が足元を見ると、そこには大きな足跡が残っていた。小林がまず思ったのはニワトリの足跡に似ている、だ。しかしそれはありえない、目の前にある三ツ指の足跡は三十センチはくだらない巨大な足跡だったのだ。古井がそおっと小林の背後から出てきて小林が見ているものを見、小声で驚愕する。
「こ、これって……小林さん」
「あぁ、この辺じゃ見たこともねぇ足跡だ。鳥のソレに近ェが、こんなデカい鳥は存在しねぇ。土の沈み具合からして百キロは下らねぇだろう」
「目撃情報は、服を着たティラノサウルス……いやまさか……」
異常事態に口調が素に戻る小林。丸井がボソリとこぼすように情報を思い返す。字面がトンチキ過ぎてもはやギャグだが、服を着てようが着ていまいが足跡が三十センチ以上の肉食恐竜らしきものが実在するとなると流石にマズい。大質量はいつだって人類の脅威なのだ。ここで平然としていられるのはここに居ない部外者くらいのものである。
刹那、周囲の空気がザワリと変わる。空に厚い雲がかかり、さらに山の中というもの相まって一気に暗くなる。さっきまで軽快に『ピチチチ……』とさえずるように鳴いていた鳥が『ピィーー! ピィーー!』と叫ぶような悲鳴じみた声を上げながら焦ったような羽音を立てて一斉に飛び立っていく。
稲川は相変わらず黙ったままだが、ゆっくり腰に手をやり警棒を抜き引き延ばし、ジャーナリスト二人を自分と小林で挟み護るようなポジションをとる。小林もとっくにナタを抜き放ち、周囲を鋭く、されどゆっくり見回している。ピリピリという肌を焼くような緊張感の中、その音は響いた。
ペキペキ、ザクン!
枝を踏み折りながら大地を踏みしめる音。その音は重く、人や野生動物の身で出せる音では無いのは素人にもわかる。
四人が意を決して音の方へゆっくりと顔を向けると………