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ようこそ神々の盤上へ  作者: 丸跋史格
第1章 魔女の妹
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第7話 噂の在処


 シクルタの話によれば魔鉱石には大きく分けて七種類存在しているのだという。それぞれ魔力許容量が少ない順に、紫、青、緑、黄、赤、白色、そしてさらにその上に位置するのがクアラという名の透明色の魔鉱石だ。

 色の濃淡の違いはあれども魔鉱石という枠組みでは、これらでおおよそ区分されるということらしい。

 しかしあの店長が言ったものは『黒い魔鉱石』だ。どの色にも該当しない領域外の魔鉱石。シクルタ本人も聞いたことのないものだった。


 魔鉱石となれば色云々よりも注目すべきことは魔力許容量である。魔法が使えるかどうかは全て魔鉱石のこの要素に懸かっているのだから。

 クアラを除いた魔鉱石で最も魔力許容量が大きいのは白色の魔鉱石。『黒色の魔鉱石』を手に入れればシクルタが魔法を使えるようになるということなら、普通に考えればそれは白色よりも魔力許容量が多いのだろうと思える。


 だが店長が言うにはそうではなく、


「使用者によって許容量を変える魔鉱石……要するに誰でも使える万能アイテムってことだよな。……うーん、流石に都合が良すぎる気が」


 一つの魔鉱石で他の全ての魔鉱石の役割を担うことができるとなれば、その他の魔鉱石の存在価値というものが無に等しくなる。物としては革命的だろうが、裏を返せばこれまでの原則を完全に無視したチートアイテムだ。


「私も初めて聞きました。でも確かに噂話としてならあってもおかしくない内容ですね」

「噂話って割にはちゃんと教えてくれたけどな、あの店長」


 俺とシクルタはあの店長の元から離れ、今は町中の散策に戻っている。ただしこれまでとは違って向かう先は決まっていた。店長から渡されたメモに従い、そこに書かれている場所へ足を進めているところだ。

 なんて書いてあるかは俺には読めなかったため、道案内はシクルタに任せてしまっている。町の散策の中で薄々感じてはいたことだが、言語の壁はちゃんとあった。


「……一応聞いておくけど、本当に行くのか? 正直言ってここまで胡散臭いのも珍しいぞ? 『黒い魔鉱石』だなんて言っておいて実は罠でしたなんてことも」


 例のチンピラといい、ここはそういった野蛮な事件が起こりうる場所だ。あの店長を疑いたいとは思わないが、それでも可能性の一つとしては考えてしまう。

 チンピラ三人衆はどうにかなったとはいえ、今後も同じような展開になった際に対処できるかはわからない。まだミィレセスの力が何かわかっていない以上、下手な真似は避けるべきだ。


「……アイトさんの言う通り危険は伴うと思います。でも……目の前にやっと確かな道筋が見えたんです。私はこれを……逃したくないので」


「……シクルタはなんでそこまでして魔鉱石を手に入れたいんだ? やっぱり魔法を使えるようになりたいから?」


 希少な魔鉱石を探すということで俺たちはこれまで様々な所を巡っていたが、その用途をまだ聞いていなかったことに思い当たる。別にそれで手伝いを中断するつもりは毛頭ないが、ここまで魔鉱石探しに力を入れるとなるとやはり気になってしまう。


 俺のその問いかけにシクルタはどこか恥ずかしそうに眼を細めながら答えた。


「それもあります。ただそれよりは……憧れ、です」


「憧れ? 魔法を使うことに対して……じゃないよな?」


 シクルタはより恥じらいとはにかみを浮かべた表情を俺に向けながら、


「――いつか、お姉ちゃんの隣に立てるようになりたいんです」


 と、己の胸中を述べたのだった。


「『お姉ちゃん』? それって――」


 シクルタに姉がいるということは初耳だったが、ただそこでふと先刻の事が思い返される。路地裏でのアニキたちとの戦闘、その後に彼らが吐いた捨て台詞の中には確か――


「あっ、そろそろです」


 俺の口から出かけた問いを何かを見つけたシクルタが遮った。シクルタが歩く速度を緩めたことを受け、俺もそれに合わせて自らの足にブレーキを掛ける。

 立ち止まったシクルタは手元のメモと隣の建物を交互に視線を動かし、そこが目的地であるという事を確かめた。


「店長さんの話だとここらしいです。けど……」

「見た目はなんか普通だな。……店って感じでもないか?」


 俺たちが今いる場所は大きな通りからは少し離れた住居区画。人の往来はあまりない静謐な場所であった。とはいうものの、この通りにはその道に沿っていくつもの建物が櫛比しており、その人気の無さとの対称性から不気味さが感じられるほどだった。


「正面に窓が無いから中の様子はここじゃわからないな……。本当にここで合ってるのか?」


 建物の正面にあるのはレンガらしき物で固められた茶色の壁面とダークブラウンの扉だけ。窓があればウィンドウショッピングのような気持ちで中の雰囲気くらいは掴めそうだったのだが、この様子ではそれも出来そうにない。


「場所はここで合っています。店長さんもお店とは言っていなかったので間違ってはないとは思いますけど」


「うーん、それもそうだな。でもこうも普通の建物だと家違いとかありえそうで怖いな」


 マンションに住む友人宅を訪問したつもりが、部屋違いで知らない大人の人が出て来たときは心臓が凍りかけた。少年の心にとってはトラウマになるのに十分なレベルである。いくらか成長した今であっても出来ることならそんな場面には遭遇したくない。


「そうかもしれません。ですが訪ねてみない事には始まりませんね。違ったら謝りましょう」

「なんて頼もしい行動力! そしてなんて惨めな俺ッ!」


 弱気な自分自身を叱責しつつ気持ちを切り替える。シクルタの言う通り、現状ではここの扉を叩く以外に進む場所はない。


「それじゃあとりあえず突撃訪問と行こうか。さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」


「それって、どっちが出ても困るんじゃ?」


「何が起こるかわからないって意味! 言いたいことはよくわかるけどな。というわけでーー」

「あ、待ってください。私がやります」


 扉の前に拳を上げた俺をシクルタが制止した。


「これは私の探し物ですから、私にやらせてください」


 シクルタはそう提案するものの、正直言ってこの場所は怪しすぎる。実際、彼女の顔にも多少の恐れは見て取れた。

 もしもの事を考えると戦う手段のない彼女よりは、俺が矢面に立つ方がいくらか安全ではあると思うが――


「……わかった。ここはシクルタに任せるよ」


 彼女の決意と責任を無駄にしないためにもここは一歩引くのが正解だろう。

 俺と変わるように前へと進み出たシクルタ。息を小さく飲んだ後に握りしめた小さな右手をおもむろに体の正面に持ってくる。


 そして拳の裏でコン、コン、コンと、小さく三回その扉をノックした。


「「………………」」


 沈黙。


 場所が合っているかどうかの不安、そもそも人がいるのかどうかの不安、そして危険があるかどうかの不安。それらが全て、この沈黙の中に注がれる。

 静寂に息が詰まる。このままの状態が続けば俺もシクルタも精神が擦り減りかねない、そんな状態だ。


 早く何かしらの進展を……! そう強く思った矢先だった。



「――誰?」



 扉の奥から声が聞こえた。てっきり低く野太い声が聞こえて来ると思っていたのだが、その声は扉越しとはいえ、若さの感じられる女性の声であった。


「あ、あの、その……」


 意表を突かれたのはシクルタも同じらしくその声には焦りが生まれていた。だがそんな焦りも意に返さず扉の奥からは変わらず淡々とした声が聞こえてきた。


「何か用? 用があるならさっさと言ってくれる?」


 その落ち着いた声にシクルタにもいくらか冷静さが戻ってきたようで、次に彼女が出した声はいつもの状態に近づいていた。


「――『落とし物を拾いました』」


 店長から渡されたメモに書いてあった合言葉をシクルタは口にする。合言葉でのやり取りとか男の子からしたら憧れでしかないが、ここはシクルタに譲ってあげよう。

 ……べべべ別にやってみたかったから先に前に出てたわけじゃねえよ? ほほほ本当だぞ?


「…………」


 再度の沈黙。心臓に悪い時間が再びやって来た。

 ただそれは思っていたよりも早く打ち破られたのだった。


 ガチャリ、と鍵が開く音がした。

 そのままゆっくりと扉と家の隙間が開いていく。そして中から声の主が姿を現した。


「――!」


 その奥から姿を見せたのは不思議な恰好をした少女(?)であった。

 焦茶色のローブに全身を覆い、フードで頭を包み込み、そして何より、両目を布で覆っている。アイマスクという表現が適切だろうか。

 こちらの姿がちゃんと見えているのか怪しく思える。だがその少女はシクルタと、彼女の後ろに立つ俺の姿を顔の動きで捉えると静かに口を開いた。


「――どうぞ、上がりなさい」


* * *


 少女の言葉に従って俺とシクルタは家の内部に足を踏み入れる。外から中の様子はわからなかったため、何かの店ではなくただの住まいではないかと思っていたのだが、いざ内装を見て見るとあちらこちらに様々な小物が溢れかえっており、さながら雑貨屋という表現がふさわしいのではないかと思えるほどだった。

 そのたくさんの小物を見てみたいと思う衝動に駆られるが、それを遮るようにここの家主と思わしき人物、ローブの少女がシクルタへ向け口を開いた。


「用があるのは誰? あなた? それとも後ろのあなた?」


「私です。後ろの方は私の……付添人のようなものです」


 付添人という言葉の響きにむず痒さを感じながらもここで話に割って入るほど空気が読めない人間ではないため自重する。事の行く末を見守る事だけに集中しよう。


「……わかった。それであなたは何を求めにこんな場所まで来たのかしら?」


 シクルタの身に緊張が走る。目の前の少女の姿と周囲の薄暗い様子に若干の恐れを抱きながらも彼女は己の目的を口にした。


「……ここに『黒い魔鉱石』というものがあると聞きました。どうかそれを私に……売ってはいただけませんでしょうか」


 『黒い魔鉱石』を手に入れる、それがここまで来た俺とシクルタの目的だ。果たしてそれが存在するかどうかも定かではないが、とにかく今は事態の進展を祈るばかり。少なくともこちらが客であると理解はしているようであるため、門前払いとまではいかないはずだ。


「『黒い魔鉱石』……ええ、確かにそれはここにあるわ」

「!!」


 歓喜の声がシクルタの口から飛び出そうになる。そしてこの場の雰囲気にそぐわないと判断したのか、すぐに「あっ」と口を閉じた。


 そんなシクルタの様子も気に留めず少女は変わらぬ口調で続けた。


「あなたはそれを使って何をしようとしているの?」


 こちらを試すような口ぶりに少々怖気づきながらもシクルタはそれに負けじとまっすぐな瞳で言葉を紡いだ。


「魔法を使えるようになりたいんです。でも他の魔鉱石じゃどうしようもなくて……」


「……あなた名前は?」


「シクルタです。シクルタ・ペル・バーリエス……です」


 シクルタの名乗りに少女は小さく「ああ」と口にした。何を思ったのかは俺にはわからなかったが、少女はどこか微かに満足げな様子で、


「いいわ、シクルタ。あなたの願いを叶えてあげる」


「ほ、本当ですか!?」


 嬉々とした様子で声を上げるシクルタ。口を噤むのも忘れ、その気持ちを声に表す。後ろにいる俺にその顔が見えなかったのが少し悔しいと思ってしまうほどに。


「その場で少し待っていなさい。すぐに用意してあげるから」


 少女はそう言い残すと踵を返し、部屋の奥へと進んで行く。しかしすぐに足を止め、何か思い出した事でもあったのか、半身振り向いてシクルタ、そしてその後ろに立つ俺に向けて、


「ああ、くれぐれもそこに置いてある物には触らないで。その場に立って待っていなさい」


 と言い残し、部屋の奥の扉を通って、俺たちの視界から姿を消したのだった。


* * *


「はい、お望みの品よ」


 奥の部屋から戻ってきた少女が布に包んだ何かをシクルタに手渡した。

 シクルタがそれを両手で受け取ったのちに、端に掛かっている部分を少し開く。そこには掌大の黒い宝石が見えた。おそらくそれが『黒い魔鉱石』である。


「勝手に選んでしまったのだけど、杖でよかったかしら?」


「だ、大丈夫です。でもどうして……?」


「魔鉱石だけ渡しても意味無いでしょう? それとも石だけが欲しかった?」


 少女がシクルタに手渡したのはどうやら魔鉱石単体ではなく、その魔鉱石を取り付けた杖であったという。要するに加工済み、すぐに扱える状態のものだろう。


「いえ! むしろありがたいです。そこまで期待していなかったから少し驚いてしまっただけで……」


「ならいいわ。石だけが欲しいようならむしろ渡すつもりはなかったし」


 期待値を超える成果を手に入れることができたことは、これまでの努力が報われた証でもあるので大変喜ばしい。

 しかしまだ問題は残っている。


「あの、それでお代の方は……?」


 『黒い魔鉱石』というものは一般的には市場で出回っていない代物であるはずだ。となると価値の大きさというものも全く見当が付かない。さらにはそれが加工済みの品ときた。実物を手にすることが出来た今、更なる懸念点はそこにある。


「いらないわ」

「――え?」


 少女があっさりと言い放った一言に、シクルタの口から疑問の声が反射的に零れ出た。


「お代は結構。代わりに条件をいくつか出す。それを呑み込んでくれれば取引は成立よ」

「条件……?」


 少女の交渉にシクルタは息を呑む。そのまま少女からの次の言葉を待った。


「条件は三つ。一つ目、今日中にその杖で魔法を使う事。二つ目、人の目が多いところでは使わない事。そして三つ目、このことを口外しない事。……これらを守ってくれるのならその杖はあなたにあげるわ」

「わ、わかりました」


 とんでもない条件を出されたらどうしようかと少し恐れていたが、その程度の難易度なら特に負担もなさそうだ。むしろ簡単すぎてビックリするくらい。

 まあ三つ目に関しては当然と言えば当然だけど、そういう秘密事に関してはあまり自信が無いのが辛いとこだ。思っていることとか熱が入ったりしたらぽろっと口から零れちゃうタイプだし。正直、魔鉱石を探してたのがシクルタでよかった――


「ちなみに三つ目の条件に関しては後ろのあなたにも守ってもらう。いいわね?」


「抜かりねえな!? ……だが安心していいぜ、覚悟は十分にできてるからな!」


「……こんなことに覚悟固められても嫌なんだけど」


 俺の不甲斐ない決意に溜息交じりに呆れた少女は、俺とシクルタに背を向けるとまた部屋の奥へと進み始めた。


「用が済んだらさっさと行きなさい。これ以上は時間の無駄だから」


 ぴしゃりと言い放つ少女の様子に、俺とシクルタは文句を言い出す気力も起きず、その場を後にすることを決めたのだった。


 結局、あのローブの少女が何者なのかはわからなかった。



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