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ようこそ神々の盤上へ  作者: 丸跋史格
第1章 魔女の妹
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第6話 少女の探し物

 そんなこんなで路頭に迷わずに済んだ俺はシクルタという名の少女と共に路地裏から退出した。ミィレセスはというと路地裏での会話が終わると颯爽とあの空間に戻っていった。そんな事だろうとは思ったけど。

 ていうか、あそこってそんな何度も行ったり来たりしていい場所だったんだ。


 路地裏の先の通りはそれほど賑わっているわけではなかったが、往来人の服装などは見た事がないものばかり。残念なことに獣人やら妖精やらそういった類のものは見つからなかったが、荷車を牽引する竜っぽい動物であったり、馴染みのない町並みであったり、ここが自分の知らない異世界であることがありありと感じられる。


 初エンカウントがあの男たちだったがゆえに、少々野蛮な雰囲気を想像してしまっていたのだがそのような事もなく平和そうな場所だ。

 そんな新天地の様子に目を奪われながら歩いていると、隣を歩く桃色の髪の少女が声を掛けてきた。


「アイトさんって騎士団の方、ではないんですか?」

「騎士団……?」


 そう言えば、そんな名乗りを男たちに向けてしたような気もしなくはない。無我夢中だったから本当にその場の流れに合わせての事だったが。


「あーいや、あれはその場のノリというかなんというか。そう言えばビビッて逃げてくれるかな的な何か。……そもそも騎士団が何かもわかんないや」


 全く知らないのにその場を乗り切るためだけに勝手に名前を借りてしまった。にもかかわらず俺の力では上手く役立てることが出来なかった。……本当の騎士団の人に会ったら心の片隅で謝ろう。


「ということは、アイトさんは別の国から?」


 俺の「騎士団わからない」発言に疑問を呈したシクルタがその問いかけを見せる。


「お、出たなお約束。そうだな、言うなれば『極東の島国』から来た!」


 『極東の島国』だなんて言って「もしかして日本からですか」とはなるわけもないだろう。むしろなったらそれはそれで困る。ただこのテンプレ回答は個人的にやってみたかった。


「東の……するとキリセウムかワトラスですけど……うーん、どちらかというとワトラスに近いでしょうか?」


 出て来た地名はやはり全く聞き覚えの無いものだった。だが「キリセウム」と「ワトラス」、ここから東にはそれらの国があるらしい。とりあえずテンプレでも言ってみるもんだな。先人の勇気ある行動に感謝を。


「まあそんなとこで。それで申し訳ないんだけど……ここがどこか教えてもらってもいいかな……? いろいろあって、ここがどこかまだわかってないんだ」


 突飛な問いかけではあったがシクルタは俺の言葉に疑惑の念を抱くことなく、親切心を見せて答えた。


「ここはエンタイトで、その中央都市エリタです。中央都市といっても、今いるこの場所は町の中心からは離れたところですけど」


 エンタイトという国のエリタという町。中央都市という呼び名が付くくらいであるのなら、ここはそのエンタイトという国の首都に当たるものなのだろう。スタート地点としては上々ではないだろうか。


 ひとまずここがどこなのかは理解した。あとの詳しいことは後回しでもいいだろう。これ以上新しい固有名詞を入れたら、俺の脳内ストレージが逼迫しそうだ。


「それでシクルタはそんな都心から離れた場所で何を探してるんだ? 」


 俺が今この街中を歩いている理由はシクルタの探し物に付き合うため。無駄話を続けて彼女の邪魔をし続けてしまうのもよくないだろうし、ここらで話を本筋に戻そう。


「あっ」

「え?」


 ただ俺の問い掛けにシクルタは短く声を上げた。

 そしてアクセルを踏み込む俺の脳内機構。


 よくよく考えたら俺はこの子探し物が何かを聞く前に連れて行ってくれなどと頼んだ。向こうからしたら助けてくれたお礼として、一方的に拒否するなどということは出来ない。たとえその探し物が、初対面、ましてや異性相手では言いにくいものであっても……。


無神経な提案をしていたかもしれない自分自身に今さらながら内心で冷汗をかき始める。選ぶ選択肢を間違えた可能性が浮上し、これまでと違う緊張感が姿を見せた。


 だがそんな俺の焦りは杞憂であったと、彼女の言葉で辛うじて救われたのだった。


「その……魔鉱石を探したくて」

「魔鉱石?」


 控えめな物言いで新しい用語を述べるシクルタ。どうやら最悪の選択肢は踏んでいなかったようだ。俺の異世界ライフはまだ無事だった。


 知らない言葉を聞いてホッとすると同時に新たな名前に首を傾げる。ファンタジーにありがちなアイテム名ではあるが、それゆえに用途を絞ることができない。

 そんな俺の様子にむしろ疑問を抱いたのか、シクルタがまたまた驚いたような瞳を俺へと向けてきた。


「アイトさん、魔鉱石知らないんですか?」


「俺を舐めてもらっちゃ困る。この場における常識の無さは無邪気に遊ぶちびっ子未満だ」


 全くもって威張れる要素のない、我ながら無様なセリフだ。


「というわけで、こんな無知蒙昧で世間知らずな愚か者にどうか優しい慈悲の心でご教授くださいッ!」


 両手を顔の前でばしっと合わせ懇願する。自分の気持ちに正直であるこの潔さは己の美徳さ。プライド? そんなの知らん。


「そ、そんなこと言わないでください! 確かに少しびっくりしましたけどそんな風には思ってないです!」


 相変わらず何ていい子なのだろうか。全く本当に……やめておこう、突然のデコピンが飛んでくるかもしれない。


「その……何を知ってるかなんて人それぞれですから!」


「優しい配慮が胸に沁みる……あれ、沁みすぎてちょっと痛い?」


 何か憐みの気持ちを持たれたような気がするがきっと気のせいだろう。そういう事にしておこう。


「それで魔鉱石ってのは?」


「魔鉱石っていうのは、魔法を使うために用いる鉱石の総称です。あ、魔法についてはご存じですか?」


「使ったことはないが、妄想だけならパーフェクトだ。続けていいぜ」


 俺の言い方に首を微かに傾げたシクルタだったがすぐに話を元の流れに戻した。


「魔法を使うためには自分の中の魔力を魔法として組み替える必要があるんです。そのために使う補助みたいなものが魔鉱石なんです」


 思い返してみると路地裏のアニキが持っている剣に宝石みたいなものが付いていた気がする。「スペルなんとか」とも言っていたし、おそらくそれがこの世界における魔鉱石と魔法なのだろう。


「魔法をつかうための必須アイテムってわけか。でもならなんでこんなところで探してるんだ? そんな必要なものならここまで来なくても買えるんじゃ?」


 この世界において魔法というものがどれくらいの立場にあるかは定かではないが、あのアニキですら使っていたことを踏まえるとそこまで珍しいものではないはずだろう。となればそのための魔鉱石というのもそこまで珍しいものでもないはずだが。


「最初に説明した通り、魔鉱石っていうのは総称なんです。一言で魔鉱石といっても色々な種類があって」


「種類?」


「魔力は人によって性質が微妙に違ってて、だからそれにあった魔鉱石を使わないと魔法を使えないんです。私が探している魔鉱石はその中でも希少なものなので……」


「掘り出し物を求めてちょっと離れた場所に来たってことか。その自分にあった魔鉱石ってのはどうやって判断するんだ?」

 場合によってはもしかしたら俺も魔法を使えるのでは、と期待してしまう自分がいた。だって詠唱とかやってみたいじゃん。


「一番は魔力の保有量です。魔力を多く持っていれば多く持っているほど魔鉱石に流す魔力も多くなるので、それを処理できないと魔法に変えられないんです。ただ……」


「ただ?」


 シクルタは若干目を伏せ、おもむろに口を動かした。


「魔力許容量が多い魔鉱石ほど、産出量も少なくなるんです。それに需要も少なくなっていくので……」


 彼女の口ぶりからして、おそらくシクルタの魔力の保有量はこの世界の住民の平均値よりも高い位置にあるのだろう。だから一般的には扱われにくい魔鉱石を探しにこんなところにまでやって来たと。


 ここだけで情報を整理すると魔力を多く持つ人ほど魔法が使いづらくなるということにならないだろうか。不憫なシステムだな。


「事情は概ね理解した。そういう事なら気合を入れて探さないとな」


「あの、今更ですけど本当にいいんですか? 見つかるかどうかもわからないのに……」


「気にすんなって! 難易度が高いクエストほど好む性格なんだよ、俺ってば。そういう訳だから――」


 俺は拳を天高く伸ばし、まだ昼前と思しき青空に向けて高らかに声を上げる。



「クエスト『魔鉱石を探して』……スタートだ!」



* * *


「ないね」

「扱ってないわ」

「他をあたってくれ」

「代わりにこれはどう? 安くしとくよ?」

「悪ぃな。うちには置いてねえんだわ」



「全滅……だと!?」


 あれから魔鉱石を扱っている店を手当たり次第巡ってみた。その際には俺も近辺の人たちに話を聞くなど、いろいろと情報収集に力を入れながら「ここちゃんと店?」ってくらいの場所にも足を踏み入れてきたのだが……


「まさかここまで鬼難易度とは……どんだけレアアイテムなんだよ……」


「つってもなあ、クアラの魔鉱石といやあ最上級の魔鉱石だ。ただでさえ手に入れにくいってのに需要は皆無。とてもじゃないが商売になんてなりゃしねえよ」


 魔鉱石店の店長が正面のカウンターで両手をつく俺に嘆息した声を掛けてくる。

 「クアラ」というものがシクルタの探している魔鉱石の名称だ。在庫を確認するとかそういう事もなく名前を出した瞬間に全員が「無い」と答えた。別に厄介払いをしようとしてのことではないというのは理解できる。この目の前の店長のように。


 この店長、それなりに筋肉質の体をしているため、正面から対峙したとしたら、その威圧感は例のチンピラ三人の合計値を超えるほどだろう。そのため最初は声をかけるのに少々怖気づきそうになったのだが、話してみると意外と接しやすい人柄をしている。

 やはりこういうキャラクターは大切だ。この人とは仲良くしていこう。


「値が張るってならまだしも全く見つからないとは……買えなくてもいいからせめて実物だけでも見たくなってきた……」


「実物ならあるぞ」


「わかってるよ、言ってみただけで――――あるの!?」


 俺の驚愕の声を受けると店長はカウンター下に手を伸ばしそこから小さな箱を一つ取り出した。

 蓋を開けるとそこには宝石までとはいかないが透明感のある淡い桃色を宿した小石程度塊が裸の状態で置かれていた。


「こいつがクアラだ。そんなに見たいならよく見とけよ」


「これが例の……ってかあるならそう言ってくれよ! 下げて上げたほうが嬉しさ増大とかそういう粋な計らいか!? 見直したぜっ、店長!」


「期待してるとこ悪いがこれは売りモンじゃねえ。というかそもそもこの程度の大きさじゃあ使い物にならねえよ。観賞用以外の使い道はねえな」


「ん? 魔鉱石って大きさも必要なのか?」


 俺のそんな疑問に店長は呆れ顔を見せたが、その疑問に対する解答は隣にいたシクルタが行ってくれた。


「魔力を多く許容できる魔鉱石と言っても、小さすぎたら魔力を収められません。だから加工を施したうえである程度の大きさを残していないと使えないんです」


「ちなみにこいつは加工前だ」


 加工……それこそ宝石みたいに形を整えないと価値が生まれづらいということだろう。

 しかし大きさが必要とは。一度に取れる量は微小、そこからさらに加工する必要がある、でも魔力が多い人用だから大きさも必要……改めて思うけどここまで嚙み合わない現実が合っていいものか。


「うーん、そこまで行くとますます現実に存在するのかが怪しいラインだな」


「ちゃんとしたクアラだなんてよほどの蒐集家でもないと持ってないだろうな」


「蒐集家か……その人たちから買い取るっていう選択肢は?」


「ゼロじゃないが勧めはしない。聞いてればわかると思うが、クアラってのはそいつらからしたら金で買えるような代物じゃねえんだ。交渉するなら身の安全はないと思え」


 流石にシクルタにそんな交渉をさせるわけにもいかないからそのルートは悪即斬ですぐに却下。

だが、となると手に入れるのが本格的に困難になってきた。このままだとシクルタに手を貸すと自信満々に宣言したにも関わらず、何もしてあげられずに終わってしまう。

 眉を顰めながら唸っていると、それを見かねたシクルタが申し訳なさそうに口を開いた。


「……アイトさん、そこまで気にしなくて大丈夫です。元々難しいことだとはわかっていましたし……ここからは私一人でどうにかします」


「シクルタ、でも……」


 シクルタは俺の考えを察したのかそのような言葉を掛けてくる。だがそう口にする反面、そんな彼女の気丈に振る舞った形だけの笑みにはまだ諦めきれない思いがあるというのも感じられてしまう。すると、


「……嬢ちゃん、どうしても魔法を使いたいか?」


 シクルタの言葉に俺と同じことを感じ取ったのか、店長がシクルタに声を向けた。シクルタも体躯の良い店長に突然声を掛けられたことに緊張しながらも「は、はい!」と力強く返事をする。

 その様子を見た店長は少し間を置いてから、


「まあ、どうしてもってんなら……方法が無いわけでもない」

「!?」


 店長の言葉にシクルタは驚きを見せるとともに、陰りを宿していたその瞳に微かな希望の光が浮かぶ。


「どういうことだよ店長? クアラを手に入れるのは難しいんじゃ……はっ!? まさか店長、幼気な少女の弱みに付け込んで……!?」


「違えよ、馬鹿! ……まあ、クアラの入手に関しては諦めるのが無難だろうな」


「ならどうやって……」


 俺の言葉を受けてから店長はどこか言葉を選ぶように沈黙してから口を開いた。


「これは単なる噂話だ。信じるも信じないのもお前ら次第だからな。後のことは知らんぞ」


 「ここから先は自己責任」と仄めかすその前置きをしてから、店長は神妙な面持ちで俺とシクルタと表情を見る。そして耳を傾ける俺たちの様子を確認してから言葉を紡いだ。



「――お前ら、『黒い魔鉱石』ってのを知ってるか?」



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