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ようこそ神々の盤上へ  作者: 丸跋史格
第1章 魔女の妹
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第4話 初戦闘は唐突に

「何ッ!?」

 声を先にあげたのはアニキだった。

 彼は確かに短剣を突き出した。そして俺はそれを躱せなかった。そのことに間違いはない。しかし彼の短剣は俺には届いていなかった。そう――届いていなかったのだ。


「……あ、あれ……?」


 俺の目線の先では短剣の刃が虚無を突き刺し、その侵攻を止めていた。アニキの力が強く込められているはずの切っ先も、前方への行き場を失くし小さく震えるだけであった。


 なぜ突然彼の攻撃が止まったのか、その原因はまさしくその短剣の切っ先にある。


 短剣の先では掌大の波紋が穏やかに波打っている。それが剣の襲撃を防ぎ、その殺意が込められているはずの刃を水面に落ちる雨粒のように変えてしまっていたのだ。


「クソッ、なんだ!」


 アニキが波紋に切っ先を付けながら動かなくなった短い剣を引いた。そのまま間髪入れず彼は剣を振り下ろす。だがそれも、先程とはまた別の場所に現れた波紋によってその勢いを殺される。

 想定しない妨害を受け、眉間に皺を寄せたアニキは剣を俺の体から離し、こちらを警戒するように構え直した。その険しさを増した表情から「チッ」と短く言葉を吐く。


「おい、テメエ何しやがった?」


「…………ふっ、わざわざ敵に手の内を明かすとでも?」

 むしろ俺に教えて欲しい。


 何が起きたかは定かではないが、事実として二度、俺の体はその波紋のようなものに守られた。一度ならまだしも二度となるとこれが単なる偶然であるとは思えない。

 これがこの男たちが言う魔法なのだろうか。だが魔法らしいものを使った覚えはどこにもない。もしかして俺に魔法の才能が……!?


 ……そんな期待が脳裏をよぎったが、今はそれどころではない。目の前のアニキは変わらず臨戦態勢を取っている。

 だが今の一幕で少なからず、彼の下っ端たちにもその動揺が伝播した。信頼を寄せるリーダーの攻撃が軽々と防がれたことは当事者でない彼らにも驚きと疑念を抱かせたのだ。

 これのまま退いてくれれば楽に済む。しかしそうも容易くいかないのが現実のようで、


「……調子に乗るなよ。おい、やるぞお前ら」


 アニキの一言でその動揺を敵意に変換した二人の男が同じように短剣を構えた。

 今の短い攻防は彼らの戦意を削ぐには至らず、むしろそれに拍車をかけることとなったようだ。つまり、やはり戦闘は避けられなさそうということ。


 戦えるのか? 俺に……?

 他人に剣を向けた経験も、それを振るった経験も俺には無い。剣道なら学校の授業で経験したことはあるが、当然ながら今の状況とは程遠い。

 だが事実として、今の俺にこの男たちをどうにかして退ける以外の選択肢は無いようだ。

 

 とにかくまずは目先の展開から意識を逸らさずに――


「おらァ!」

「――ッ!?」


 怒号を放ちながら再び振るわれたアニキ短剣の刃が俺へと迫る。それを視認した瞬間に動いた俺の腕が、手に持った剣で彼の進撃を防いだ。剣を通じ、俺の体に確かな鋭い重みが伝わってくる。

 耳朶を震わす高い金属音が俺の体を萎縮させる。だが俺の体は止まることなく自然と次の行動へと移った。

 耳から響く金属音の反響を受けながら、俺は短剣を受け止めたままの剣を振り上げる。


「うおっ!?」


 短剣を強く握っていたアニキの腕が自らの剣に引っ張られるようにして上にあがる。

 がら空きになったアニキの胴体。振り上げた剣を即座に俺の腕は水平に構え直した。

 その構えに対する防御が困難だと悟ったのか、腕を上げた状態のままアニキは後ろに飛び退く。距離を取った先で彼は剣を構え直した。


 決定打を打ち込むことは出来なかったにせよ、思った以上に幸先は良い。思いの外、剣の扱いに体が馴染んでいる。むしろ馴染みすぎていると思うくらいに。


 このままなら……いける!


「この野郎!」

「っ!?」


 俺の調子を宿し始めた思考に視界の外から荒げた声が割り込んだ。 


 目先のアニキに集中していたせいで完全に他二人の事を忘れていた。下っ端Aがいつの間にか俺の側面に回り込んでおり、そのまま手に持っている短剣を振るった。

 俺は水平に構えていた剣をそのまま垂直に下に向けることによってその攻撃を食い止めた。これもまた、驚くくらいに自然な動き。


「おら今だ、やっちまえ!」

「ああ! わかってらあ!」


 俺を挟んだ反対側、同じく回り込んでいた下っ端Bが剣を振るった。一人を囮にした連携攻撃。

 視界の端に彼の姿を捉えるより先に、男の短剣を受け止めていたままの剣を、俺の腕は垂直に振り上げた。放射を描くその軌道に力を乗せながらそのまま反対側の迫る男の剣へと振り下ろす。

 ギィン! と短い音を立てた次の瞬間、男の短剣が真っ二つに切り離された。


 物理的にも精神的にも衝撃を受けた二人の下っ端たちはほぼ同時に尻餅をつく。剣を切られた方の男は変わり果てた得物の姿に目を丸くし、もう片方の男もその現象に唖然とし、腰を落としたまま動きを止めた。

 突然の事で驚きはしたものの、二人の一時的な無力化には成功した。とはいえ今のは危ない。すぐに体が動いてくれたのが幸運だったと考えるべきかもしれない。


「ちっ、ヘタレ共が」


 残るはこのアニキ一人。戦況は予想以上に上手く進んでいる。このまま行けばもしかしたらもしかすると……!?

 

「……まだやるか? 今ならまだ痛い目合わせずに見逃してやっても――」

 忘れていた可能性に希望を見出し、調子を戻した声が自然と口から放たれる。


「バカ言うんじゃねえ。こんなことされて黙って引き下がれるかよ」


 だがアニキは即座に俺の言葉を切り捨てた。俺の淡い期待が泡となって消えて行く。

 するとアニキは持っていた短剣をおもむろに放り投げる。


「もう容赦はしねえ。泣いて謝っても切り刻んでやる」


 アニキが短剣を失ったばかりの手を上着の中に入れると、そこからもう一本の別の短剣を取り出した。刀身は今しがた投げ捨てた物に比べたら僅かに短い。

 だが剣の尻に付けられた深紫の石がこれまでと違う雰囲気を醸し出していた。宝石のような装飾だがその真偽はわからない。

 ともあれ見た目にそこまで大きな変化はない。わざわざ持ち替えることにどのような意味があるのかは一瞥だけでは判別できなかった。

 そんな疑問を持つ中で、アニキが言葉を紡いだ。


「――スペルウィマル、アーセ」


 途端、深紫の宝石に光が宿ると同時に、アニキの短剣が翡翠色に輝いた。

 そしてこれまでとは比較にならない速さでアニキの短剣が振るわれた。


「なっ!?」

 キィィン! とお互いの刀身から甲高い金属音が響く。


「使うつもりはなかったが……ここまでやられたら仕方ねえからな!」


 風を切りながら連続して行われる刃の乱舞。俺はそれを剣で弾き続ける。突然の攻撃の様相の変化に、俺の鼓動が速まったのがよくわかった。


「おらおらどうした! やり返してこいよ!」

「こんの野郎……! なんでいきなり……!?」


 アニキの剣はこれまでよりも格段に速くなっていた。事実として俺はその斬撃を自らの目で追えなていない。アニキがその剣を振るうごとに、その動きを加速させた短剣に対する恐怖感がせわしなく俺の体の中で蠢く。


 ただなぜだか体はそれに逐次反応し、漏らすことなくその乱撃を剣で迎え撃っていた。無意識に体を動かしているかのようなそんな感覚で。


 ギィン! とお互いの剣が音を立てて反対方向に弾かれる。お互いに半歩後ろに下がり、二人の間に少しの空間が生まれた。


 これ以上長引かせては行けないと、俺の中の何かが警鐘を鳴らした気がした。


 その一瞬の思考から動いた俺の剣が、輝きを残したままのアニキの刀身に確かな感触と共に直撃する。自他ともに認めるような爽快感のあるクリティカルヒットだ。

 アニキの手から離れた短剣が宙を舞う。空中で見事な連続回転を見せた短剣はその姿虚しく、そのまま地面への着地を失敗し、数度の硬いバウンドを経験した後で力なく地面に倒れた。


 武器を失い主要な攻撃手段を失ったアニキの体は無防備そのもの。

 それを視認したタイミングとほぼ同時に、ガラ空きになったアニキの胴体に向け俺の脚が動き、そこから突き刺すような蹴りが繰り出された。

 今度はアニキの体が後方へと飛ぶ。受け身を取る間も無く、アニキの背中が地面との接触を行った。


「く、そっ……うっ!?」


 そして起き上がろうとした自身の顔前にあった俺の剣の切っ先に、アニキは声を止めた。


「っはぁ…………俺の勝ち、でいいな? いいなら……もうどっかに行ってくれ」

 肩で息をしながら俺はアニキにその言葉を向ける。唇を噛み、怒気を孕んだ視線をアニキは突き刺すように俺へと向けた。


「……ふざけやがって。……騎士のくせに、馬鹿にしてんのか」

「俺がいいからいいんだよ。だからほら、さっさと決める!」


 お願いだからここで自首しますとかはやめて欲しい。そしたら俺もその本当の騎士団に捕まりかねない。

 俺の言葉にぐっと息を詰ませるアニキ。睨むような眼は相変わらずだが彼はこの状況を理解していないわけではないようであった。


「…………お前ら、ずらかるぞ」


 呻吟した後に発せられたアニキの一言にこちらを騙そうとする意思は無い。変わらず尻餅をついたままの下っ端たちも同様の事を感じ取ったのか、壁を背にする少女を一瞥した後に立ち上がり、壁沿いにアニキの元に戻ってくる。

 俺もアニキに向けていた剣を離し、戻ってくる二人を警戒しながら後退する。そして自由を取り戻したアニキはゆっくりと立ち上がった。向こうからはもう戦意のようなものは見受けられない。ひとまず、戦闘が再開される兆しは無さそうだ。


 立ち上がるまで俺から恨めしく視線を逸らさなかったアニキだったが、完全に体勢を戻すと俺の背後へと視線を移した。視線を受ける桃色の髪の少女がその身を微かに竦めたのが視界の端に映る。


「……運がよかったな、『魔女』の妹。こんな目に遭いたくなかったら、少しはお姉ちゃんを見習うことだな」


 嘲笑を受かべながらアニキは言う。俺にはこの男たちと背後の少女の関係性など微塵もわからないが、彼女の事を馬鹿にしているということだけはわかる。


「そういう恨み言とかいいから、ほらほら、さっさと行った行った!」

 しっしっ、と三人のチンピラたちに向けて雑に手を振る。込み入った事情がもしかしたらあるかもしれないが、とにかく早くこの場から離れてもらう事が一番の優先事項だ。


 アニキは一瞬俺の事を睨みつけると、踵を返し下っ端たちを連れて歩き始めた。下っ端たちは消化しきれない不満を表情に乗せ、厭味ったらしい顔を去り際に向けてきた。子供か。

 だがとりあえずこれで面倒事が終わってくれた。突然の事だったが、こうして無事に目の前の男たちを追い払えたのは十分すぎる成果だろう。

 となると残るは……


「……あの……ありがとうございました」


 壁際から離れこちらへと歩み寄っていた少女が感謝の言葉を述べる。

 肩口まで伸ばした桃色の髪、赤茶のケープを肩にはおり、白のブラウスとライトピンクのスカートで身を包む。さっきまではせわしない状況が続いていたため意識していなかったが、その身なりはよく整えられており、少女の純粋な可憐さを引き立たせていた。


 男たちはいなくなったが、その顔はまだ陰りを残していた。感謝の意を持ちながらも、まだ俺に対する警戒心は拭えていないみたいである。まあ、それは当然の反応ではあるか。

 そしてこれもまた当然の事ではあるが、俺の中に彼女に対する害意は微塵もない。とりあえず彼女の事を安心させることが今ここでは求められることだろう。


「いいよ、お礼なんて。それより君の方こそ、だいじょ……お……おぉ?」

 俺の体に変化が訪れたのはその時だった。


 ……あれ、なんだ? 急に地面が傾いて……。



 というか何だか視界が狭まっていってる気が……



 あれ、違う。これ、倒れ――



 そこで俺の視界は、微かに感じる地面の冷たい感覚と共に黒く染まったのだった。



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