第2話 舞台の幕が上がる時
「神を……倒す?」
聞き間違いか? なんかさらりととんでもないことを言われたような気がしたが。
「正確には、神と契約したあなたと同じ異世界人ってことになるけど。でもどっちも同じようなことだからそこは気にしないでいいわ」
「いやいやいや、一旦ストップ! タイム!」
なんだか気になる情報がこの瞬間に増えた気がするけど、とりあえず目先の情報から先に確認する必要がありそうだ。
「何だよ神を倒すって……? 何のためにそんなこと……喧嘩?」
「そんな馬鹿みたいな理由なわけないでしょ。ただ誰が一番優秀なのかを決めようってなっただけよ」
ほぼ同じでは?
「……まあ大した理由じゃなさそうってのは、わかった。……なら、同じ異世界人って何だ? 他にも俺と同じように召喚された人がいるってことか?」
異世界召喚モノで召喚された人が複数人存在するというのは決して珍しい話ではない。自分と同じ境遇の人がいると聞くのはむしろどこか安心できる。だがこれまでの話を聞く限りだと、どうにもそれで落ち着けていい話でもなさそうだ。
「ええ。私以外の彼らも今の私たちみたいに召喚をしているはずよ。順番的には私が一番遅いかしら?」
「何でわざわざ召喚なんだ? もしかして……異世界人には何か特別な力が……!?」
異世界からわざわざ召喚を行うとなればやはりそこには何か特別な理由があると考えるのが自然なはずだ。そう例えば、召喚することで何か強力な能力を会得するとか――
「条件をフェアにするためよ。初めから大きな実力差があったら私が真に優れているかどうかはわからないもの」
違った。そして思った以上に淡白な理由だった。
まあ確かに「すごい魔法使い」と「村人A」なら「すごい魔法使い」と契約した時点で勝ち確定だ。この世界との関わりが一切ない者を揃える方が力比べをする上では平等ではある。
「まさかとは思うけど喧嘩じゃないって言うならこれって……遊び、みたいなもの?」
「そう言われるのは心外ね。……否定はしないけど」
「あ、そうなんだ……」
世界を巻き込んだ遊びとか、神様らしいといえばその通りではあるが、この世界の人からしたらたまったもんじゃない。全く、酷い神様もいたもんだ。……ああ、そんな神様に召喚されたのか。
「とにかく、あなたは私と契約を結んで他の神、他の召喚者を倒す。それで私が優れた神だってことを証明するの」
「……倒すって具体的にどうやって?」
「さあ? とりあえず殺しちゃえでもすればわかりやすいでしょ」
「怖いこと言うな!? ……そうじゃないかなとは思っちゃったけど!」
冗談じゃない。この年で人殺しになんてなってたまるか。いや年齢を積んだらなってもいいって話でもないけど! ……というか、そんな殺伐としたものなの、これ?
「まあ別に方法はなんでもいいわ。他より優秀であることの証明ができればそれで十分だもの」
「何にも決めてないんだな……。全く……戦うってもどうすれば……」
俺はごくごく普通の高校生だ。そしてそれなりに平和な社会で生きてきた。特にスポーツとかも極めてきたわけでもないし、殴り合いの喧嘩とかも得意じゃない。やったこともない。
「言ったでしょう? これは誰が最も優秀な神かを決める戦いだって。あなたは私の能力を使って戦えばいいわ」
「能力……って、まさか……!」
異世界、神、能力……これらの要素から導きだされるもの。異世界モノではもはや必須と言ってもいい存在すなわち……
あるのか……チート能力というものが! 俺に……!
ミィレセスが何もない空間に手を翳す。すると彼女の手の元に突然、まばゆい光が出現し、横長にその形状を変えていく。
そして光が消えた後に残ったのは――空中に浮かぶ一振りの剣だった。
「これが私の神器。まあ見ての通り剣ね。今からこれはあなたのものよ。ありがたく受け取りなさい」
浮かんだ剣が彼女の手の動きに合わせるようにして空中を滑るよう移動する。そして俺の体のすぐ前でその動きを止めた。
黒塗りの鞘に金色の装飾が施されたその剣はミィレセスの言う通り神器と表現しても劣らない風格を有している。
初めて見るファンタジー世界の剣。鞘に収まっているものの実物。世の中の男子でこれを嫌いな人はいないだろう。
剣の鞘と柄に手を伸ばす。しっかりと両手で支えた途端ずしりとした重みがその上に乗っかった。
すげえ……本物……!
「その剣を身に付けている限りあなたは私の力が使えるわ。完全に手放すと使えなくなるからそこだけは注意ね」
なるほど、武器ありきのチート能力ってことか。てっきり俺の体に備わっているスキルかと思っていたのだが、そういう訳ではないらしい。どことなく不便さが感じられるな。
剣を支えるとそれに反応するように俺の腰部分が光り始めた。光はすぐに形を成し、ホルダー付きのベルトとなる。受け取った剣はぴったりとそこに収まり、服装はともかく、そこで少しは異世界らしい立ち姿に近づけたと言えるだろう。
パーカーに剣とか本場の人からしたら激昂ものだけどな。
「それでこれが神器だってのはわかったけど、ミィレセスの力ってどんな能力なんだ?」
神器が剣ってことはやっぱり攻撃的なもの? それとも異世界らしくすごい魔法? あとはぱっと見だと役に立たなそうな隠れ強スキルとか……!?
妄想と期待が膨らんでいく。それもおかしくはない。なぜならそのチート能力こそ異世界の醍醐味なのだから。
「それは……」
「それは…………!?」
「……面倒だから後で説明するわ」
「そんなあ……」
自分で意識するよりも早く両肩がガクリと落ちるのが感じられた。
「そんなにがっかりしなくてもどうせすぐにわかるわ。というかこんな何もない場で見るよりも、実戦で見た方がわかりやすいでしょ?」
そう言われればそうかもしれないが、どんな能力かもわからないで戦うのは不安しかないだろ。……あと純粋な男の子の期待を返せ!
「何か不安に感じてるようならむしろ安心していいわ。少なくとも、あなたの身に危険が及ぶことは無いはずだから。――さあ、話も済んだし早くここから出ましょう」
意味深な発言をミィレセスは残しながらそう口にすると、そのまま体の向きを反転させ、この広間の中央に向かって進み始めた。
「出る……?」
今いるこの広間は不思議な場所だ。周囲を岩壁に取り囲まれ、別の場所に続く通路のようなものはどこにもない。あるとすれば空と繋がる頭上の穴だけ……
「まさか……飛べるのか!?」
「そんなわけないでしょ」
一蹴だった。
「普通に歩いて出るのよ。こうやって」
ミィレセスが軽く手を振る。
すると彼女の先の空間が歪み出した。
全身鏡を思わせる縦長の歪み。間も無くしてその歪みが色づき始める。
その奥に何があるのかは判別がつかない。ただそれがどこか別の場所に繋がっているということに間違いはなさそうであった。
いわゆるゲートみたいなものである。
「この場所は単なる私に充てられた固有空間。あなたが行くべき本当の世界はこの先よ」
どうやら俺はまだ真に異世界の大地を踏んでいたわけではなかったらしい。ここは単なる待機スペースで、本番はここから始まるということだ。
正直いきなり異世界に召喚され、挙句の果てには他の神と戦えなんて言われてしまえば、快く首を縦に振ることはできない。しかし、現状にこの道を進む以外の選択肢が無いのも事実。……というか、何を言っても聞いてくれなさそうである。
「……最後に聞きたいんだけど、俺って元の世界に戻れるの?」
召喚されたとなればどうしても気になるのはそこだ。すぐにでも帰りたいという後ろめたさがあるわけではないとはいえ、この異世界で一生を終えたいとも思わない。
「この戦いが終わったら帰してあげるわ。私を勝たせてくれたらね」
「どのみち他の神とやらと戦わなくちゃいけないってことね。……本当に帰れる?」
「私たちは神よ。信じなさい」
それが出来たら聞いてないっての。
「……まあいいや。せっかくの異世界ライフなんだし、可能な限り楽しむとするか」
状況はどうあれ、異世界に召喚されてチート能力(?)を手に入れたことに変わりはない。つまりこれから先は人生イージーモード。楽しい生活が俺を待っている!
小さな声で今後の展望を口にしてから俺は足を進め始めた。
「そういえばまだあなたの名前を聞いていなかったわね?」
ゲートの前にまで近づいたところでミィレセスがそう言った。確かにまだ彼女には名乗っていなかった気がする。
「永瀬逢人だ」
「アイトね。改めて――私はミィレセス。守護の神、ミィレセスよ。よろしくね、アイト」
「――ああ、よろしく……って、今なんて?」
「ほらそれじゃ自己紹介も終わったし、さっさと行ってらっしゃい!」
「は? ちょっ――!」
どんっ、と突然背中を押された俺は前のめりになって不規則なステップで前に出る。
そのまま俺はゲートの中へと入っていった。
* * *
「うわ、とっ、とっとっ……!」
ミィレセスが開いたゲートに倒れ込むようにして進んだ俺は、たたらを踏みながら本当の異世界へと足を着けた。……なんて格好のつかないスタートダッシュなのだろう。
踏み出した足の裏にしっかりとした地面の感触が伝わってくる。凹凸のある先程までの岩場とは違った平らな感触だった。
ここは……どこかの町だろうか。建造物らしい壁面がすぐ目の前に見えることからそうなのではないかと思ったのだが、あまり明るい雰囲気は感じられない。建物の影が目立つことからもどこかの路地裏にでも出てしまったようだ。
もうちょっとわかりやすい場所には出せなかったのかとそんな不満を頭に浮かべたところで、
「――え?」
ミィレセスの声、ではない少女らしき声が聞こえた。
顔をその方向に動かすと、そこには桃色の髪を肩口にまで伸ばした少女が、丸くした真紅の瞳をこちらへと向けていた。
怯え、戸惑い、驚き……その彼女の双眸から窺える感情はその一瞬では判別が出来ない。
しかしそんなことを思っていると、
「…………おい」
今度は聞き覚えの無い男の声だった。その低く高圧的な声色に、少女の方に向けていた俺の顔が反射的に動く。
視線を向けた先にはガラの悪そうな三人組の男が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。中央にいる最もガタイの良い強面の男の睨むような視線が俺へと突き刺さる。
「…………」
「………………」
「「――――何だ?」」
見知らぬガラの悪い男と息ぴったりの反応を行う。それが異世界初日、現地人との初会話。――控えめに言って最悪だった。