貴史が小学校に入学しました(3)逮捕
「何なんだ!?ほかに金があるだろう!?通帳とか!」
「たっくん!?くそ、てめえ!」
「たっくんを放しなさい!」
育民と亜弓が眉を吊り上げる。
犯人はイライラとしているが、貴史は落ち着いて言う。
「ハムさん!モモちゃん!」
すると足元の死角から駆け上がったハムさんが犯人の帽子をジャンプして弾き落とす。
「あ、てめえ!?」
そして間髪入れず、モモちゃんが男の顔に貼り付いた。
「うおっ!?」
両手で引き剥がそうとしたので、貴史が放り出される。
その途端、隊長が風のように走り、男のナイフを持つ腕に噛みついた。
「ぎゃああ!?」
「この野郎!」
育民が孫の手を竹刀のように振り上げ、男を打ち据えて行くと、亜弓は、
「よくも酷い事をしてくれたわね!この!」
とゲシゲシと蹴る。
そのうちに、ジミー君の声で集まって来た近所の人が中を覗き、犯人は取り押さえられた。
亜弓は泣きながら大人達に、
「怖かったあ。うわああん」
と訴えて、育民共々やり過ぎた反撃をなかった事にした。
「お父さん!」
尚史は貴史がケガをしていないのをサッと確認すると、抱きしめた。
「よかった。
隊長達も、よくやってくれたな」
隊長達が誇らしげに周囲を囲んだ。
警察署へ迎えに来たほかの親達も無事を喜び、貴史達はお手柄小学生となった。
が、子供達の間で、ある二つ名が生まれた。
「大川、孫の手で何度も何度も凄かったよな。あいつは、剣王だ。怒らせたら斬られるかも知れない」
「片岡も怖かったよな。あれだけ蹴り飛ばしておいて、大人の前では怖かったって泣いて名演技だもんな。誰も思わねえよ。笑いながらタマを踏みつぶそうとしてたなんて」
「ああ。片岡は裏の顔を隠した魔女だ」
「そんなやつらを顔色も買えずに見ていて、『そろそろやめた方がいい』とか冷静に言う事聞かせて、動物にまで指図する沖田は何」
「最強のテイマーだ。たぶん」
そんな二つ名がこれから広がって行くとは、まだ想像していなかった。
事件を知って駆けつけて来た春彦と3人でご飯を食べ、流石に疲れたのか貴史はうつらうつらとソファで寝だした。
「なかなか、将来が楽しみじゃねえか?」
にやにやとして春彦が言う。
坂本春彦。尚史の幼馴染で親友だ。ロックバンドのメンバーみたいな男で、カッコいい。女子にも昔からモテて来た。だがなぜか交際となるとうまくいかず、もてるのはマッチョだと、ガリガリな体に筋肉を付けるべく筋トレを欠かさない。
投資で大きくした資金でマンションやビルのオーナーになり、仕事らしい仕事はしていなかった。
「何が楽しみだ」
「だってさあ。お前は学生時代、普段は優しいのに怒らせると誰よりもすさまじいい一撃をお見舞いする『氷の大天使』って呼ばれてただろ」
「知らん。お前は、大人数の中に突っ込んで笑いながら暴走族をぶちのめしてた『炎の笑鬼』って呼ばれてたけどな」
「恵美ちゃんは『天然メグちゃん』だしな」
言って同時に、仏壇の遺影を見た。
「見事にお前と恵美ちゃんのハイブリットだぜ」
春彦に言われ、尚史は嬉しそうに笑った。
それを見て春彦はおかしそうに笑う。
「全く。
まあ、何も無くて良かったよ。
あれだぞ。遅くなる日とか、これまで通り俺が見るから」
「お前だってデートとかあるだろ。ほら、運命の出会いとか言ってたやつ」
言われて、春彦は下を向いた。
「婚約してた」
「……大丈夫。勘違いだっただけだ」
尚史は春彦を慰め、2人でコーヒーを飲み出した。
それを、遺影の中から恵美が笑って見ていた。
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