わたくしの婚約者はかわいい
私には婚約者がいる。チャーリー・アルスガルドという名の婚約者が。
昔から私は何でも器用にこなせた。
勉学は言うまでもなく、ダンスや音楽など教えられたことはそつなくこなしてきた。だから両親含め、周囲からフレンダはすごい。この子は神童だなどともてはやされてきた。
それが民衆だけではなく、国王の耳にまで入った。その結果、それだけ優秀ならば、王太子殿下の婚約相手として相応しいという話になり、私は勝手に殿下の婚約者にされていた。
政略結婚。いずれそうなることはわかっていたし、誰かわからない人になるくらいなら、相手は殿下の方がいい。一つ文句を言うとすれば、仕事が増えて自由な時間が取れなくなったことぐらい。
殿下と会う時間もないくらい忙しい日々。だから、彼がそう言うのも当然のことだった。
私は王城の一室で書類仕事に忙殺されていた。休憩を取ることもなく必死に片づけていると、部屋のドアが開いたことに気づいた。そちらを見れば、婚約者であるチャーリー殿下が部屋に入ってくるところだった。
彼は部屋の中央ほどまで入ってくると、机越しに私へとこう告げた。
「フレンダ。僕は君との婚約を破棄する」
どうやら殿下たちの間では最近流行っているらしい。婚約の破棄を告げて相手に文句を言うという流れが。
「あら、私が何かしましたか、殿下?」
仕事の手を止め、入り口付近にいる殿下へと顔を向ける。あどけなさの残る顔立ちに、少し乱れた衣服。恐らく殿下の教育係から逃げてきたのだろう。
「だって、フレンダは僕と会ってくれないじゃないか」
その可愛らしい言葉に、思わずにんまりと笑ってしまう。けれど、見られていると思い直し、すぐに表情を引き締める。
「それは……このように仕事が忙しいので……」
こればかりはどうしようもないため、殿下には申し訳ないと思う。
「知らない。僕の婚約者なんだから、僕と一緒にいないとだめなんだよ!」
殿下は泣きそうな顔をしていた。毎日毎日教育ばかりで、遊ぶ時間もない。やっと時間ができたと思っても、婚約者の私はいつも忙しく時間が取れない。遊ぶ相手がいなくて寂しかったのだろう。
私としても、早く殿下と遊びたいのだけどね……。
殿下はまだまだ遊び盛りの年頃。ようやく10歳になったとはいえ、まだ子供だ。この年齢の子に王子の自覚を持てというのが酷な話だった。
「そんなの放っておいて早く遊ぼうよ」
「すみません、殿下……」
「……ケチ。もう知らない。フレンダとの婚約は破棄だ」
と言いたいことだけ言って、殿下はバタバタと出て行ってしまった。
『お待ちください、殿下!』
恐らく教育係に見つかったのだろうが、声を聞く限り殿下を捕まえられていないのだろう。
部屋の外では慌ただしく逃げる者と追う者で駆け引きが繰り広げられているようだ。
しばらくして彼らが過ぎ去り、部屋の外が静かになる。
「婚約破棄ね……」
最近は仕事ばかりで殿下にかまっていなかった気がする。前に会ったのいつぐらいだったかしら……。
思い出そうとしてもすぐには出てこない。
「そうね……。久しぶりに殿下と遊ぶのもよさそうね」
仕事は残っているが、これくらいなら後ですれば大丈夫だろう。
「放っておいたら、婚約を破棄されちゃうしね」
私は頬が緩むのを感じながら、立ち上がって部屋の外へと足を向けた。
何か思いついたので書きました