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MATEREAL 世界の果ての壁の中  作者: 包み蛸焼き
第一章 壁の中にいる! ギガントマキナ編
9/16

9個目 シスター・レアの笑顔



 ≪少女≫



 コマリは最初から両親が亡くなっていることを知っていた。落盤事故があったとき、コマリを落盤から守るようにしてふたりが覆いかぶさっていたからこそ、彼女は助かったのだから。


 ただ、コマリは見ないふりをした。目を閉じていれば、両親が目の前で死んでいることから目を背けていれば、ふたりがいつか帰ってくるような気がした。土砂の海から救助された時も、意識がないふりをしたまま病院へと運ばれた。担架には自分だけが乗せられていた。


 次に目が覚めたとき、コマリはひとりだった。


 両親はどこへ行ったのかと看護師に訊ねた。皆、難しい顔をしたが、別の病院に運ばれたという説明を受けるだけだった。コマリはそれ以上聞かなかった。追求すれば、すぐにわかってしまう。両親の死という事実を受け入れてしまう。だから別の病院にいるという優しい嘘を信じているふりをした。本当は、すべてわかっているのに。

 

 コマリを手術した執刀医は神の手と称されるアスクレス・ナッツではなく、その弟であるアスクレス・ピスタチオだった。余裕さえあれば誰もがナッツを選ぶほど実績も経験も天地の差があったが、コマリのような緊急手術となれば、執刀医を指定するような真似は出来ない。

 

 結果としてコマリには後遺症が残ることになった。

 看護師が「今後は歩けなくなる可能性が強い」、「かわいそうに」と噂しているのを耳にしたときには、コマリも自暴自棄にならざるを得なくなった。だが、ピオは懸命に治療に取り組んだ。その姿をいつも隣で見ていて、コマリは次第に打ち解けていった。


 一ヶ月もすると、自分を執刀したのがピオだったせいで車椅子生活になったのだ、とは考えなくなった。リハビリが始まってからは、むしろピオが担当でよかったと思うようになった。歩けなくなるかもしれない、とまでいわれていた状態から、リハビリができるほどまでに回復したのは、ピオが親身になって治療の道を探してくれたからだ。

 

「ピオ先生、わたし、わたしね」コマリは脚を引きずりながらピオの元に辿り着いて、さっと差し出された腕にしがみつく。それから、ふうと一息ついてから言った。


「本当は最初から知ってたの。お父さんとお母さんのこと」

「そう、だったのか……」

「でもね、それでもね。ピオ先生が頑張ってわたしのこと治そうとしてくれてて、わたしはそれに応えなくちゃって思ったんだ。お父さんもお母さんもいないから、綺麗に治ってもそうじゃなくても見てもらえる人はもういないけど……でも、それでいいの。ピオ先生は、そりゃあ"神の手"なんかじゃないけどね、それでよかったの。だって――」

 

 コマリは自分の体を包む腕により強くしがみついて、それから何も言わなくなった。ナッツの"神の手"とは違う、"人の手"なのが、コマリには何より嬉しかった。一人一人の患者に向き合うピオだったからこそ寄り添えた。それがコマリの心の支えとなり、その脚を再び動かした。


「コマリちゃん?」

「え、あ、ううん、なんでもない!」

 

 そっぽを向いたコマリは慌ててピオから離れようとしてバランスを崩したが、ピオはすかさずその体をキャッチした。がしかし、ピオの貧弱な筋力では支えきれず、さらにバランスを崩してつまづいた。そこにアクタが素早く割り込み、ふたりをまとめてお姫様抱っこした形になった。


「同じ男として恥ずかしいです」と、ピオが赤面する。

「気にすんなよ、これくらい何ともねえから」

「アクタさんすごい……」


 アクタの怪力っぷりに感心しながら、コマリは自分の力で歩けるようになったら言おうと思っていたことを言うタイミングを逃してしまったことに後悔するのであった。それからアクタの手で車椅子に戻してもらい、もうじき出発の時間となってしまったのでお開きとなった。


「ねえピオ先生、帰りにまた来てくれる?」

「ああ、もちろん!」

「俺は? 俺は?」

「ふふ、アクタさんも! お弁当の感想聞かせてね!」

「おう! オベントーな! 楽しみにしとくッ」


 アクタの弁当を見る目が輝く。弁当の存在を知らないアクタは奇妙だったが、作ってあげた側としては、それほどまでの期待をしてくれるのは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といったところだった。

 そうして、ふたりは時間ギリギリだったのか急ぎ足で合流地点へと向かった。その背中が見えなくなるまで手を振り続けて見届けると、気づけばシスター・レアが横に立っていた。

 

「少し、手伝っていただきたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「あ、うん! さっき勝手にキッチン使っちゃったし……なんでもする!」

「まあ、うふふ。なんていい子なんでしょう」


 それではこちらへ来てください、とシスター・レアは先に施設の奥へ向かった。彼女の人形のような精緻な美しい横顔と寸分の狂いもない姿勢は、背後から見ていても気が引き締まる。


 コマリはシスター・レアのことを好いてはいたが、ほんの少し苦手だった。


 養護施設にやってくる子供たちは何もコマリのようにいい子ばかりではない。騒いでばかりで落ち着きのない子供や、盗みを働くことを悪いとも思っていない子供、ちょっとエッチなことをしたがる子供、実に色々な子供がやってくる。もちろん、静かに過ごすおとなしい子供もいた。しかしながら、シスター・レアは温厚な態度を崩さない。

 

 どんな子供に対しても、普通なら激情にかられる場面でも感情を露わにすることがない。悪いことをしても決して怒らず、諭さず、叱らず、罰を与えない。それこそが優しさというものなのかもしれないが、コマリにはそれが少し、ほんの少しだけ不気味に感じられた。


 そんなことを考えること自体が失礼なのかもしれないと思うと、何も言えなくなった。でも、シスター・レアはいつも優しい。それは紛れもない事実で、皆もそう言っている。

 そういえば――シスター・レアと一緒に食事を摂ったことがない。そもそも、ご飯を食べてるところを見たことがないなあ、今度はシスター・レアにもお弁当を作ってあげようっと。


 

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