6個目 探索団に加入せよ
≪医者≫
「ずいぶんと面白え野郎だな……ところで、そっちの姉ちゃんは? おまえさんのツレか?」
ガイアが男の隣に立つ女をさして言った。前髪がアシンメトリーになっていて、左目が隠れているが、片目しか見えていないからこそきらりと光る碧眼にはえもいわれぬ色気があった。耳元に揺れる蛇のピアスと、胸元の大きく開いた服を着ていることからもそう感じられたのだろう。
「別にツレじゃねえけど。でもコイツいいやつなんだよ、オーパーツのこととか教えてくれてさ。ギルド? っていうのを作ればいいんだよな?」
「ちょっと、そうだけど違うってば。あんたほんっと人の話聞かないわね」
あたしはロール、とガイアに軽い自己紹介をしてから、彼女は青年に向き直った。その目には幾分か疲労感が窺える。ここに来る前に一度軽く説明したのだろうが、それをもう一度説明してやるしかないなという、諦めの雰囲気を醸し出していた。
「いい? オーパーツを探索するにはこのトレジャーズ協会に所属してる探索団に加入してないとダメなのよ。団長として探索団を作るのは相応に実績のある人じゃないとダメ。だからあんたはムリ、どっかのギルドに入れてもらう以外ないの。オーケー?」
「えー、俺ギルド作りてえ! なんかカッコイイから! 団長やりてえ!」
「ムリだって言ってんのよ! 子供かあんたは!」
「いやだ! 俺は団長になってチヤホヤされんだ!」
「あーもうっ! 欲望に忠実っ!」とロールはげんなりしながら喚いた。
「今ならこの紙に名前を書くだけでウチの探索団に入れるぜ?」
ふたりの掛け合いを聞きながらするりと受付に行っていたガイアが、カウンターに戻ってきて加入申請書をテーブルに広げた。加入申請ギルドの欄にはデウスエクス・マキナ、そして推薦者の欄にはタイラント・ガイアの名が書かれている。
本来ならばこれが協会経由で探索団の団長に渡って行くのだが、今回のように団長直々に加入させようという場合は、これにサインをすればそのまま加入となるわけだ。
「ガイアさん! マジで言ってんのか⁉︎ コイツは――」フリードリヒ家に手を出した男だぞ、と言おうとしたが、ガイアはそれに対して「わかってるよ」と言って手を上げた。
「コイツはあのフリードリヒの野郎をぶっ飛ばした。だからウチに所属すりゃウチにも危険が及ぶかもしれねえ、そう言いてえんだろ? だがよ、望むところじゃねェか。それにコイツの目を見てみろよ、見どころのあるヤツじゃねえか」
青年の目は恐れを知らない少年のように無垢に見えた。あえて悪く言うならば、どこか間抜けなふうだとも言えたが、ピオはそれをなんとか喉元で押しとどめた。
「そら、にいちゃん、そこにサインしな」
「書かねえ! 俺は団長になるんだって言ってんだろ!」
「「えぇ……?」」青年の変わらない主張に皆の目が点になった。そんな中、はあっと呆れきったようなため息をついたロールが目を細める。
「デウスエクス・マキナで一回でも実績作れば新しい探索団作れるわよ」
「よし! 書くぞ! いや〜おっさんいいやつだな! 助かったよ!」
青年はころっと態度を変えて加入申請書に向かった。
「おっさんはやめろ、オレはまだ若い。赤ちゃんみてえな肌してんだろが」
「え……?」一同が顔を見合わせる。ガイアの彫りの深さと顔に刻まれた皺は四十から五十代頃に見えたが、誰もそのことには触れなかった。ガイアは少々特殊な生い立ちであり、確かに見た目よりはずっと若いが、種族的な意味で若いだけであって年代としては十分老けている。
「書いたか? どれどれ……」ガイアは青年の署名を覗き込む。「おまえさんの名前、アクタとしか書かれてないじゃねェか。ここはフルネームで書かねえとダメだぞ」
「フルネーム……ってなんだ? 俺はアクタだッ!」
「苗字はねえのか」
「知らねえ。なんだそれ」
「ふうん、そういう感じか」
ガイアは何かを察して何度か頷いた。
「よし、じゃあアクタ。抜ける前提なのが惜しいとこだが、少なくとも今回の遠征では俺たちの仲間だ。よろしくな」
アクタと握手を交わすと、ガイアは受付に申請書を提出し、遠征の準備のために奥の部屋に消えていった。
苗字のない者といえば、どこかしらの孤児か、あるいは神か、だ。アクタの世間知らずっぷりを鑑みれば、それは前者であろうことが疑いようのない事実としてのしかかる。一部始終を見ていたピオからすれば、得体の知れない謎の男であり、フリードリヒ家に弓を引いた恐ろしい人物でもあり、とにかく一緒に行動するには不安の残る人間としか言いようがなかった。
「きみはどうするんだ? 保護者として」
「保護者じゃないわよ、失礼ね」ピオの言葉に反論しつつ、ロールはにっと笑った。「あたしもついてくわ。所属は違うけど、同盟ってことでいいでしょ?」
「ふうん、どこの探索団?」
「そこはヒ・ミ・ツ、ってことで」唇に人差し指を当ててウインクをしてみせる。ぷっくりとして艶のある唇には大人の色香を感じさせた。
「まあ、おれは別にいいんだけど、きみ何か役に立てるのか? 悪党だっているしさ、ついてくるならガイアさんに何かしら役割があるってことアピールできないとだろ。なんか使えそうなオーパーツ持ってる?」
オーパーツを探索する時はギルド内でそれぞれの役割を担う。実際に探索をするための技術を持つ者はもちろん、その過程で怪我をする可能性が高いためピオのような医療の知識を持つ者を連れて行くのは重要なこととなる。それに加え、探索者たちが手に入れてきたばかりのオーパーツを狙う悪党―――探索者狩りは絶えず存在しているため、メンバーの戦闘力が高いに越したことはない。その観点からすれば、ロールは露出の高い服装で身軽な動きができそうではあるものの、決して強そうには見えなかった。
「あたしのオーパーツは見せらんないなあ」
ロールはすっとぼける。オーパーツは防犯の都合もあり、あまり他人に公開する情報ではない。○○のオーパーツを持っている、と事前にわかってしまっている場合、暴漢に対策されたら手も足も出なくなってしまう。それを避けるためにオーパーツ所有者はその能力を隠すのが常だ。
「あ、でもあたしさ、ただの若くて可愛い乙女に見えてちゃんとした鑑定士なのよ。ほら」
ロールは大きく開いた胸元に手を突っ込んで、カードを取り出して見せつけた。そこにはロールの顔写真と共にオーパーツ鑑定士検定一級資格者証と刻まれていた。名前の部分は指で隠れていて、今ひとつはっきりとした証明にはならなかったが、有資格者なのは一目瞭然。ピオはそれだけでも十分連れて行く価値があると納得した。
当然デウスエクス・マキナにも鑑定士は存在するが、オーパーツの無加工の状態ではただの石にしか見えないという性質上、鑑定士は何人いても困らない。それにオーパーツにも質がある。たとえば同じ"発火"のオーパーツだとしても、どれほど使いこなせるかどうかで火力が全く変わってしまう。それはつまりどれくらいの火力を秘めているのかがわからないわけだが、鑑定士にはその最大火力がわかるのだという。それを見抜くことで、協会へ提出する際に買い叩かれることを防ぎ、そのオーパーツを適正な価格で市場に流通させるという重要な役割がある。特別な訓練を経たエリートといえるだろう。
「一級鑑定士ならガイアさんも大歓迎だろうな」と、真面目な顔をしていたピオは急に鼻の下を伸ばしてじっとロールの胸の辺りを見つめる。「それにすげえエッチだし……」
「あ、セクハラ。お金取ろっか?」
「ごめんなさい」
「十万ヴァラーね」
「ごめんてばッ!」
ヴァラーとはこの世界共通の通貨だ。一、五、十、五十、百、五百の単位でそれぞれの硬貨があり、そこから上は千、五千、一万で別々のデザインをなされた紙幣がある。
成人男性の平均的な月収は三十万ヴァラーだとされており、つまりロールはほんの少し胸元を見られただけで月収の三分の一もの大金をせびろうとしたことになる。末恐ろしい女だと、ピオは額の冷や汗を拭った。あの露出の高い服装、絶対わざとだ。
「冗談よ、冗談」とは言うがその碧い目は笑っていない。「それじゃ、あたし準備してくるから後でね」背を向けたまま挨拶をして、ロールは協会を出て行った。
「よし、おれも準備してくるか。必要なもん買わないとな。アクタも一緒に行くぞ」
「おお、いいのか! おまえもいいやつだな〜」
「いいやつって。おまえ変な奴だな、別に親切で言ってるんじゃあないぞ。探索の為の装備は揃えてもらわないと、いちいち怪我されちゃおれが困るんだよ」
「それって、心配してくれてるってことだよな? だから奢ってくれるんだろ?」
「おまえな……」
奢るつもりは全くなかったが、この男、改めて上から下まで見回してみると、いかにも金を持っていなさそうな、古めかしい冒険者風のマントを羽織った格好で、田舎者丸出しだ。おまけに口元には金属製のマスクを付けていて、見た目の怪しさも抜群ときている。これでは金を持っているとは到底思えないし、逆に強盗と疑われかねない。
仕方なく奢ってやるということで決着がつくと、アクタは飛び上がって喜んだ。
ピオはあまり稼いでいる方ではないが、それでも医者なので多少は余裕のある生活ができている。ただ、それは兄であるナッツのネームバリューによるところが大きい。それもまたピオの覆したい境遇である。己の力で患者を治し、有名になるのも目的だ。
「ねえピオ先生、わたしも行っていい?」
キイキイと鉄錆の擦れる音を出す車椅子を動かしたコマリがピオを見上げてそう言った。ハーフアップにしてある両サイドの髪がちらちらと可愛らしく揺れる。
「コマリちゃんも? ついてきても面白くないと思うぞ?」
「そんなことないよ! それにお兄さんにお礼もしたいし……」
コマリは手元を遊ばせながら、少しばかり頬を紅潮させる。
「おおっ、そうか! おまえもいいやつ! いいやつばっかりだーッ!」
「やかましいッ! ちょっとは遠慮しろッ!」
感極まって叫んだアクタの背中をはたく。コマリがアクタへ感じている恩義を無下にするわけにもいかないが、あまり無理をさせたくはないという気持ちがあった。
コマリはこのギガントマキナの街への帰省中、不幸にも落盤事故に巻き込まれて下半身にひどい怪我を負い、車椅子生活を余儀なくされている女の子だ。事故さえなければ自由に走り回れる自分の脚を持っているのだが、今はまだまだリハビリが始まったばかりという状態で、無理をすれば傷が開いてリハビリどころではなくなる。オーパーツで彼女のような患者もすぐに治せたらと、切に願うゆえの探索稼業をピオは続けている。
出発はおよそ二刻後。街の出入り口でガイア率いる他数名の団員と合流し、午前のうちに街の隣にある"巨人のうろ"へと赴くことになっている。
オーパーツの探索で必要なものは登山や発掘で必要になるものとそう変わらない。すなわち前提として頑丈な靴や服の着用は必須で、それから丈夫な縄やナイフ、食糧に照明器具、土中や岩に埋まっているオーパーツを掘り出すためのピッケル等々だ。
医者のピオならそれらに加えて医療道具も持っていく。さらに非戦闘員ゆえに荷物持ちとしての役割も兼ねているので、かなりの体力勝負となる。作業を代用できるようなオーパーツを持っているのならばその分の荷物が減るだろうが、もちろん誰も持っていない。