4個目 そして青年は団長になったッ!(なれない)
≪或る女≫
「あんた、すごいわね! ドイヒのヤツ、吹っ飛んでいっちゃった!」
ギャラリーと化した人垣の中から飛び出したロールは、一息ついていた青年の手をとって、文字通り跳ねるように振り回した。周囲の人間も事の顛末にはどよめいていたが、どう言い訳をしようともフリードリヒ家に手を出したという、事が事なだけに素直に祝福はできずに困惑していた。その中でロールはひときわ喜びの色が強かった。
「別に、俺の方が強かったってだけだ。でもアイツもかなり強かったよ、喋ってんのにいきなり殴りかかってくるんだもんな。なかなかやるよ、いい戦略だったと思う。ま、俺にはそんな小細工効かねえけどな!」
わはは、と青年はまるで犬のように顔をくしゃくしゃにして笑う。
ロールの目にはただの卑怯な手にしか見えなかったが、強者の目線からすれば立派な戦略に見えていたらしい。この男から底の知れなさを感じてますます興味が湧いてくる。
青年が先ほど地面に投げ捨てた金属製の黒焦げマスクを拾い、再び顔に装着するのを見て、ロールの頭に疑問が浮かんだ。
おそらくドイヒは青年にオーパーツを捨てさせておきながら、自分だけはオーパーツを身につけたまま闘おうとしていたはずだ。それなのに、結果は逆。ということは、青年こそがその卑怯な手を使ったということになるのではないか、と。
「ねえあんた、そのオーパーツ間違いなく置いてたわよね?」
「これか? 置いてたけど……つーかさあ、アイツも言ってたけど、いったいなんだってんだ? これオーパーツなんて名前じゃないぞ」
「え? じゃあ何?」
「見たことないのか? これはマスクだよ」
「いや、それは見ればわかるけど」
「だいたいさあ、俺はそのオーパーツってのを探してるんだよ。あとマーテリアルってヤツもなんだけど。なのになんで俺がそのオーパーツを持ってるってことになってんだよ、意味わかんねえ。まるで俺が頭の上に眼鏡があるのに眼鏡探してる人みたいじゃん」
「頭の上に眼鏡があるのに眼鏡探してる人なのよ、あんた」
「マジ……?」
「マジ……」
「これがオーパーツだとして」青年は咳払いをして、あくまでも仮定のまま話を進める。「オーパーツって何なんだよ? アイツとやり合うときには聞ける雰囲気じゃなかったから聞かなかったけどさ、あの感じだといっぱいあるみたいじゃんか」
「あんた、オーパーツ知らないの……?」
今どきオーパーツのことを知らない人間がいるとは思えないが、この青年は至って真顔だった。嘘をつく顔ではないし、何より嘘をつける人間だとも思えなかった。にもかかわらず、そのマスクは鑑定士であるロールの目には何かしらのオーパーツで間違いないものに見えた。
知らず知らずのうちにオーパーツを身につけている人間が、これまた知らず知らずのうちに別のオーパーツを隠し持っているとは考えにくい。つまり――。
「素であの強さなわけか……ドイヒのやつ、それ知ったら貴族様としてのプライドがズタズタね。怒り狂ってハゲ散らかすんじゃないかしら」
「そんで、オーパーツのこと教えてくれんのか?」
「いいわよ。特別にタダで教えてあげる」
「えっ、ほんとか! おまえいいやつだな!」
「そうよ、すっごく美人ですっごくいい人なの、あたし」
ロールは本来なら何をするにも金を取る、がめつい人間だが――この男は強い。貸しを作っておけば間違いなく役に立つだろう。それに、これだけの強さの人間が敵に回った場合のことを考えると、ロールがここにやってきた目的の障害にもなりかねない。どうにかして取り入っておく必要があるだろう。敵になる可能性は出来うる限りに潰しておく。不確定要素を消す。そうしてひとつひとつ積み上げるのが知恵者というものだ。
オーパーツが元はただの石にしか見えないものであること、身につけている人間に特別な力をもたらし、神の玩具とも云われること、マーテリアルという特別なオーパーツがあるとされていること、オーパーツを探索するにはどこかしらの探索団に入るか自分で探索団を作る必要があること、探索団に入るにはその探索団の団長の勧誘を受けるか団員の紹介を経由すること等々をつらつらと懇切丁寧に教えた――が、当の本人には今ひとつ通じていない雰囲気があった。
「うん……手がかりゲットだな」ボソリとつぶやいた青年はさらに続けた。
「まあよくわかんねえけど、とりあえずギルドを作ればいいんだな? さっきは邪魔が入っちまったけど、俺がたまたま行ったあの店で合ってたってわけか」
「だからギルドを作るのには実績がいるからムリよ、どっかに入れてもらわないと。それに協会はお店じゃないし……まあここのは酒場も兼ねてるから似たようなもんか」
「そうと決まれば行くぞーっ! 俺は団長になるッ!」
「人の話は最後まで聞けーッ!」
話の途中から既にいなくなっていた青年の背中に向かって怒声を上げる。この自由な男について行くのは骨が折れそうだな、と波乱の予感を覚えずにはいられなかった。念の為、やはりこの男のことは組織に報告しておいた方がいいだろう。ロールは耳につけた蛇のピアスを撫でた。