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MATEREAL 世界の果ての壁の中  作者: 包み蛸焼き
第一章 壁の中にいる! ギガントマキナ編
2/16

2個目 フリードリヒ家の男

 ≪或る女≫




 ガシャン――!


 テーブルから皿が滑り落ち、派手な音を打ち鳴らした。落とした犯人は女の子が乗っている車椅子の肘掛けだった。金髪の男が車椅子の車輪にぶつかったことで連鎖的に起こった悲劇だったが、男は悪びれる様子もなく、怯えた様子の女の子を睨みつけた。


「貴様、僕の通行を邪魔していいと思っているのか?」

「ご、ごめんなさい。わざとじゃないんです……」

「わざとじゃなかったらやっていいのか? この僕に、下級民風情が?」

「クルクルル〜!」男の隣に立っていたゴシック系の服装をした女が笑う。「お兄様の足を引っかけてやろうなんて卑怯な奴らはたくさんいますものね。下級民ってすぐそういうこと考えるから、わたくし嫌いですわ〜」


 ここギガントマキナの街は、世界で初めてオーパーツが採れた街だ。オーパーツというのは世間一般的には『不思議な力を使えるようになる石』のことである。

 

 その力は電気を出したり水を出したりと、原理がまるでわからないもの全てがオーパーツとされている。もとの見た目がほとんどその辺の石ころと変わらなかったことから、便宜上は石と云われるが、加工は非常に簡単で、熱することで鉄のように延びるうえ、たとえば粉々にして靴底に入れておくなどしていても効果を発揮してくれる。


 何千、何万年という大昔の、それこそ神話の時代に作られたとされる説や、神が戯れに作り出した説などある――それゆえ神の玩具(オーパーツ)と云われる――が、詳細は現代でも不明だ。それでも、いや、だからこそ『お宝』としての価値が高く、いい効果のものはそれだけ高値で取引される。そこでトレジャーハンターという存在が現れた。

 

 彼らが掘り尽くしたため、このギガントマキナの採掘場にはろくなオーパーツが残ってないと言われているが、その一方でマーテリアル――神の玩具を生む秘宝石――はここにあると云われている。都市伝説ではあるが、それを信じる者は根強く残っていて、未だにここのトレジャーズ協会に集まっているような面々はほとんどそういった連中だった。

 

 フリードリヒ皇爵家のイチャモンか。あの子も可哀想に。

 

 カウンターで一杯引っ掛けていた女、ロールもそういった類いの目的があってここにいた。この街の人間ではないゆえに、相手が皇爵家だろうと仲裁に入ることもできなくはなかったが、わざわざ見ず知らずの他人の面倒ごとに首を突っ込む気にはなれない。


 協会を訪れている他の者たちも、見て見ぬふりを決め込んでいる。皆、皇爵家などと関わり合いになりたくはないのだ。そのうえ、相手は傍若無人にして傲岸不遜で有名なフリードリヒ家の『暴れん坊』とくれば、この静けさも無理はない。


「悪かったな、車椅子がぶつかっちまったみたいでさ」


 何者かが車椅子の前に立って、そう告げた。

 誰だ?

 視界の隅にちらと映る青年は、ともすれば襤褸を着ているといってもおかしくはない程度に浅黒く変色した薄汚いマントを羽織っていて、今どき珍しい冒険者風の格好だといえた。よく見れば、妙な黒光りするマスクをしていて不審者そのものだ。


「なんだ貴様は?」フリードリヒ家の男は眉を歪ませる。「僕はこの娘っ子に謝れと言っているんだ。関係ないやつは黙っていろ」


「ああ、そっか、そうだよな。悪い悪い。でもコイツさっき謝ってなかった? 聞こえてなかったのか。そんじゃまあ、もう一回大きな声で謝ろうぜ。ほら」

 

 青年は女の子の頭に優しく手を乗せて謝るよう促す。そのまま流されれるように頭を下げた女の子は、「ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください!」と堰を切ったように、室内に響くほど大きく、そして震えた声を上げた。


「足りんな」男は呆れたと言わんばかりに深いため息をつく。


「頭を下げる時は地面に頭を擦り付けて謝罪ィィィッ!」男は車椅子の少女に向かってビシッと指をさした。「それが誰かにヒドイことをしたとき! 相手に対する誠意というものだろうッ⁉︎ ましてやその相手が! フリードリヒ家長男! このフリードリヒ・ドイヒとあれば当然も当然のことだァッ! そうだろう、我が妹シースよッ!」

「全くもってその通りですわ〜!」と同意を求められた隣の女、シースも同調する。


「あ、あ、あの、あの、でも」女の子は車椅子から床を眺める。


 酷なものだ。痩せほそった彼女にとっては、一人で車椅子から降りるのにも一苦労だろう。なのにそこから降りて土下座をしろというのだから。

 それでも誰一人として声を上げなかった。ロールもその状況には眉を顰めたが、手を貸そうとしない人々の雰囲気に呑まれて身動きができなかった。


 ここで動けばフリードリヒ家の二人に目をつけられ、今後の仕事に影響が出ることもあるし、何かしらの罪を着せられて投獄ということもあり得る。最悪の場合、その場で殺されるということだって考えられる。フリードリヒ家にはそれだけの大きな権力がある。見て見ぬふりをするのは当然のこと。当然のことなのだ。


 みんなだってそう考えている。だから誰の視線も外に向いている。それに、あたしにだって使命がある。今ここで悪目立ちして身動きが取りにくくなってはいけない。ロールは自分に言い聞かせることで心の平穏を取り戻して、ため息を放った。


「悪かった、謝るよ」


 青年は、青年だけは違っていた。女の子の代わりに、躊躇することなく汚れた床に額を擦り付けていた。きれいな土下座――ロールはその姿勢に釘付けになった。


「貴様、何のつもりだ。さっきから」

「俺の頭ならいくらでも下げてやれっからさ。これで許してくんない?」


 一瞬不愉快そうに鼻を動かしたが、ドイヒは次に「ふん」と鼻を鳴らして口元を歪ませて、青年の後頭部目掛けて踵を振り下ろした。その衝撃で青年の顔面は床にめり込み、床板は割れて一部弾け飛んでいった。


「もっと深く頭を下げて謝罪しろ! 悪いことをしたらゴメンナサイだろ!」

「ゴメンナサイッ!」

 

 青年が素直に謝罪するものだから、どこか不服そうにしながらもドイヒは足を退けた。

 

「つまらんな。これくらいにしておいてやる」

「お兄様、お許しになるのですか?」

「いいだろう。こんな腰抜けを相手にしている場合ではなかったしな」

「まあ、なんて寛大なお心! さすがお兄様ですわ〜!」


 不満げだったシースが一転、満面の笑顔になって部屋中に響くような大袈裟な拍手をした。

 

「本当に許してくれたのか?」


 顔を上げた青年がドイヒの背中に問いかける。恐る恐る、というふうではなく、まるで友人にでも話しかけるように軽妙な口調だ。この男、妙なマスクをしているわりには表情豊かで、その厳ついマスクを付けさせられているかのごとく似合っていない。


「いちいち確認するな、下級民風情が」

「じゃあ、次はおまえの番だな」

「なに――?」


 言い終わるが早いか、青年の手はドイヒの頭に覆いかぶさり、そのまま床へと強引に叩きつけていた。


 先ほど青年の頭が踏みつけられたことで壊れた床よりも強烈な衝撃で、いや、結果だけ見れば強く叩きつけたようだが、ドイヒが青年を踏みつけたときよりもよほど軽い力のようでもあった。それなのに床が大きく損壊して床下にドイヒの頭がすっぽりとはまってしまったのは、ちょうど運悪く床下に空間のある箇所だったからのようだ。


 あまりに一瞬の出来事で、ドイヒ自慢のたおやかになびく美しい金髪が幾数本ほど宙に舞う。皆、なにが起きたのか理解できず、しんと静まり返ってしまった。

 

「お、オマエ! お兄様になにを……」はたと気がついたシースが青筋を立てる。「許しませんわよッ! わたくしの"回転"を――」

「やめろシース!」ドイヒが床下に頭を突っ込んだまま声を張り上げた。

 

「妹に仕返しをしてもらうほど格好悪いことはない! まずは僕を引き上げろ! 話はそれからだ! だがいいか、ソッとだぞ! ソッと!」

「は、はい! その通りですわね! 少々我慢してくださいませ!」

 

 戦々恐々としながら床からドイヒを引き抜こうとするシースの華奢な手がドイヒの肩にかけられたとき、青年がドイヒの後頭部をさらに踏みつけた。


 ぐえっ――と。割れた床に喉が圧迫されたのかドイヒの情けない呻き声が上がる。シスはふたりを交互に見やり唖然としていたが、すぐに血相を変えた。


「オマエーッ! 一度ならず二度までもお兄様にッ!」

「ゴメンナサイは?」

「は……?」

「だから謝罪だよ。コイツもヒドイことしたじゃん」

 

 青年は眉ひとつ動かすことなく言った。


「悪いことしたら頭を地面に擦り付けて謝罪するのが当たり前なんだろ? だからコイツが謝ったら後はそれで終わり、丸くおさまるってわけだ」


 なにを言っているのかわからない。そのような面持ちで、シースは絶句していた。肝心の女の子も呆気に取られていて、何が起きているのか理解できていない様子だった。


「わかった! 僕が悪かった、だからまずはここから出してくれ」

 

 唯一まともなのはドイヒだけ、とでも言えそうなくらいおかしな状況だ。青年はドイヒの言葉に満足してその体を引っ張り上げてやった。まるで慎重さのかけらもなく、遠慮なく、強引にバリッと軽快な音を立てて床が壊れた。すると割れた板が"返し"になっていたせいでドイヒは顎のあたりから出血してしまう結果となった。ドイヒは「クハハハ……」と力なく笑った。笑った、ではなく、笑うしかないといった雰囲気だ。


「よくも、ころ、この、僕をコ、ココ、コケ、コケにすて、くえたら……!」


 このようなことをされたのは初めての経験だったのだろう。怒りを通り越して逆に真っ青になるほどドイヒはわなわなと震えていて、喋る言葉もままならないようだ。


「コケコケうるせーよ、ニワトリヒ。もう俺たちお互いに謝っただろ? 俺を踏んだことも許してやるよ。俺も踏んだしな。これでチャラにしてやるって」

「貴様〜……!」


 ドイヒの整った顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。それでも先ほどよりは冷静さを取り戻したらしく、呂律は回るようになっていた。


「そのガキのことはもうどうでもいいッ! 貴様ッ! 貴様だーッ! 貴様だけは絶対に許さんッ! 表に出て僕と勝負しろッ! 一対一の真剣勝負だッ!」


 これはとんでもないことになっちゃってるな。

 ロールはそう思いながらも、ときめきのようなものを感じていた。決闘の申し出をあっさりと引き受けたあの青年は、次に何をしてくれるのだろう、と。


 フリードリヒ家の長男といえば、傲岸不遜にして傍若無人、厚顔無恥で有名だが、それでも実力は確かなもの。所有するオーパーツは知られていないが、腕っぷしの強さでも有名だ。そうでなければこうなるまで野放しにはされていないだろう。ようするに、誰もあの男に敵わない。権力だけでなく、そう判断されているからこそ無法が通っている。


 それでも、あの青年はフリードリヒ家に鉄槌を下すのかもしれないと、野次馬根性丸出しでロールは外に出ていくふたりのあとを追った。もし、万が一にもそうなるのならば――青年の動向を見張っておく必要があるのかもしれないのだから。

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