一部
三題噺もどき―ひゃくきゅうじゅうさん。
お題:縋る・怪我・晴れた空
ふるりと身を震わせる。
ひゅうと吹く風が体をなでる。
そのたびに体は強張り、必要以上の力が加わる。
それだけでも大層疲れるのだから。なんだか、生きていて疲れないということは、一瞬たりとも無いんだろうかと思ってしまう。一息つくとか、無理なのでは。
「……」
未だ歩く人はまばら。
犬の散歩をしているご老人。ランニングをしている若者。すれ違うのは1人か2人。その程度。その程度の人間しかまだ動き出していない。そんな時間。
「……」
私は1人で歩いている。
何を手に持っているわけでもなく。犬も飼っていないし、猫も飼っていない。健康に気を使うとか、そんなの気にしたことはない。どうでもいいとすら思っている。
何というか、健康体とか、必要なくないか?
「……」
まぁ、ホントに。心の底から、そう思っているんなら。いまさらこんな生きていないだろう。いや、思ってはいるが…諸事情あって、周りの人に健康を害することを許されていないのだ。ありがたいことに、過保護に育てられている。―諸事情あって。
「……」
特に目的があるわけでもないので。ぶらりと歩いている。足の向くまま気の向くままに。
格好も適当もいい所だ。見ようによってはパジャマ同然みたいな格好だ。
上下セットの黒のスウェットに、黒のスニーカー。少々肌寒さがあるので、上にパーカーを羽織ったりして。ご時世もあるので、一応マスクもしてる。すれ違う人は少ないから、不要かもしれないが。用心に越したことはない。
「……」
ゆっくりとしたスピードで。のんびりと進んでいく。
今は時間を縛られるような生活ではないので、気にしない。
―色々とあって、仕事していないのだ。今はまぁ、療養中という所だろうか。
普段は引きこもりしているのだが。それが続くのはよくないので。こうして比較的人が少ない時間を狙って外に出ている。
「……」
人がいないというのが、私にとっては結構重要で。
何をするにおいても、人が居ない、少ない。を前提条件として置いている。
―これでも、大人になって、社会人になって。少し妥協ができるようになった方なのだ。学生の頃なんかよりずっと。
「……」
昔。
まぁ、昔。
まだ、大人でも社会人でもない。何も知らないくせに、態度だけはでかいような。嫌な子供だったり、する頃。
ひとりでは何もできない癖して、大人にとやかく言われるのを鬱陶しく思うようになってしまう頃。
それぐらいの、頃。
「……」
そんな頃。
そんな、子供だった頃。
色々と。まぁ、思いだしたくもない。それのせいで少々生きづらくなったこともあって。考えたくもないのだが。
「……」
あの頃に、大き目の怪我を負ってしまって。
―それが、どうにも、治っていなかったようで。
大人になったから大丈夫だろうとか、思って普通に仕事を始めたら。
ダメだった。
まぁ、それで。色々あって。仕事を続けていけられなくなって。過保護な人に守られて。その人達に縋って。
「……」
治ったと、思っていた怪我は。
怪我だろうとなんだろうと。
私の一部なんだと痛感した気分だった。
あの頃の私が居なければ、今の私は居ないと思わされた。
この怪我ありきの私だとは、思いたくもないけれど。
でもきっと。
そうなんだと、感じてしまって。知ってしまって。
「……」
怪我を負う前の私が、どんなだったかさえ。もう覚えていない。
むしろそんなのあったかどうかすらも、疑ってしまうぐらい。
だからもう。
この怪我は、一生治らないし、直せないし。
どうにかしてしまえば、私が別の何かになるかもしれないという恐怖があって。
「……」
歩く足は、いつの間にか止まっていた。
冷たい風が吹く。
髪をかき上げ、額を撫ぜる。
服の隙間から覗く肌を、なでていく。
「……」
ふいと見上げた空は。どこまでも、どこまでも続いている。
晴れた空の先に、昇り始めた太陽があった。
「……」
―ふぅ。
さっさと帰ろう。
もう。
そろそろ。
疲れた。