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ヒロインは前世記憶持ちヒーローに裏切られる

作者: 遠津汐

悪人正機というけれど、憎がられてまめまめと生きるしたたかさがもたらす世界もあるのでしょう。

これは抱いた敵意ざまぁに耐えられず、内省にはしることを選んだヒロインの物語。


ですから、そっ閉じも選択肢に含めてください。 

 

 

 わたしはバカな子供だった。


 周りが見えない猪突猛進タイプだとは、前世でだって言われていたのに。

 そうやって職場でもよく諫められていたのに。

 わたしはゲームとそっくりだった世界に歓喜して、なんの努力もなくゲーム通りの友情と愛情をまわりに強要してしまった。


 空気の読める時代になっていた。

 もっと昔の、前世の時代感覚のままでいたわたしは、今よりもずっとわがままで、とても偉そうにふるまっていたと思う。

 だから、まわりの子たちはみんな空気を読んでわたしをストーリー通りにお山の大将にのし上げた。

 そうだよね。誰だってヒロインっぽい子がいたら、触らぬ神に祟りなし、めんどうだから勝手に演じていてちょうだいなと思うよね?


 だから、高校時代を通り越えた後には、何も残らなかった。


 前世の記憶に従い、乙女ゲームのシナリオを大きく外れない範囲で物語を進めたはずだった。

 わたしだってめんどうに感じていた。

 だけど、元々おまつりが大好きなんだよね。

 だから、高校時代は大抵のイベントの実行委員としてあちこちに顔を出した。

 生徒会に顔を出さなくても同じだった。

 イベントの実行委員として、あちらへこちらへと駆けずり回っているうちに、攻略対象にも必然的に出会えた。


 判子をもらったり。

 根回しだったり。

 依頼だったり。


 そういうわけで、お互いに名前と顔が一致する程度に一通り知りあった。

 知り合えばふつうに水やりくらい手伝うよね。夕立に身がすくんだら助けてもらうくらいふつうだよね。

 用具の点検だってそんな終わらなさそうなこと手伝うよね。お礼に紅茶のペットボトルくらい奢られるよね。

 資料が山積みになっていたら、資料を読み込んでまとめる手伝いくらいするよね。そうしたら、クッキーくらい食べてくよね。食べながら雑談くらいするよね。

 ねえ、それって恋かな?

 違うでしょ。ときめきとかじゃなくて仲間意識だよね。


 でも、恋愛なんて好みがあるでしょう?

 わたしは攻略対象のなかで、というよりかは全校生徒のなかで、たったひとり悪ぶった若手デザイナーにしか惹かれなかった。

 前世と合わせた年齢でいうなら先生がちょうどいいのかもしれないけれど、先生になる道を選んだひとが校内で生徒に粉をかける精神性を持ち合わせているだなんて、想像するだけでぞっとしてしまった。

 間違えているのかな?

 そういうの大人だったら自制しようとするはずだよね?

 考えかたはひとそれぞれだけど、どうしようもないものが募って募ってどうしようもないならまだしも、くどいてくるだなんてわたしには気持ち悪いとしか思えなかった。


 それに若手デザイナーをいいなと思ったのには、前世からの理由がある。

 前世の父親は建築士だった。

 デザイナーハウスを主に請け負うようなひとだった。

 建築士のくせしていつも休日には日曜大工をして、受験勉強も国家資格の勉強もままならなかった。

 ひとりでは作れない棚を持ち、漆喰を混ぜ、手伝った。

 木くずや土をつけた手で、褒められたり叱られたりした。

 数年ごとに模様替えをするような家で前は育ったから、二度と会えない父親に似たひとを求めたのだと思う。

 念のために探してみたけど、前世の両親はこの世にはいなかった。


 だから、その彼が一番異界の住民らしからぬ等身大に見え、いちばん自然に思えたのだ。

 横顔だって好きだった。少し曲がった鼻のかたちや、頬骨の少し骨ばったかたち。全体的に濃い顔立ちなところ。

 あとは他のルートだと必ず誰かを没落に追いやったり、自分を含めた誰かが怪我をする羽目になることも無意識的に作用したのかもしれない。

 そしてデザイナールートを選びそしてそれがトゥルーエンドにならない限り、彼が必ず自主退学してしまうことも、少なからず作用したのだと思う。


 恋愛面の方向性を定めたあとは、ゲームで好きだった女性のサポートキャラとは親友と呼べるほどしっかり仲良くなるように心がけた。


 友情重視、恋愛はスパイス。


 せめてそのくらいのバランスじゃないと、二度目の高校生活だなんてやってられない。

 高校はおまつりだ。


 若手デザイナーとは、もちろんそのままトゥルーエンドを迎えた。

 ゲームでは年齢制限がかかるレベルでエロかったのが誤算だったけれど、現世では孤独だったから、人肌のぬくもりはうれしかった。


 誰かと手をつなぐこと。

 ハグをすること。

 軽いキス。

 笑いあうこと。

 自分の奥深いところまで存在を受け入れ許すこと。


 それが、こんなにホッとするとは知らなかった。

 わたしは、親友と恋人に恵まれて幸せだった。

 そう思っていた。



 ところがである。


 親友だと思っていたひとは、卒業後の春休みのうちに連絡が取れなくなった。

 携帯電話やSNSが繋がらなくなってからは、何度も手紙と葉書を送っても返事がなかった。

 実行委員会で手に入れた連絡先を駆使して行方を探したけれど、はっきりとした返事をもらえなかった。


 イベントをこなして選んだはずの恋人にも、卒業後最初のゴールデンウイーク最終日の朝のベッドのなかで振られた。

「もう在学中には君への興味を失っていた」

 蔑んだ瞳と、そんな言葉とともに。やけにむき出しの肩口ばかりを覚えている。


 頭が真っ白になった。

 それなのに彼の土踏まずの形ばかりを思い出すのはどうしてなんだろう。

 ここが乙女ゲームの世界だという夢も覚めた。



 それからの一年のことは覚えていない。

 少なくとも、カルテから辿れた事実はこうだった。


 髪に付着したものが一度洗った程度では落ちなかったので、適当に切った。

 ゴールデンウイークの期間中、ずっと耽っていた身体を念入りに血がにじむほどに洗いに洗っても、いつまでたっても汚れが落ちた気がしなくて毎日一時間以上かけて身体を擦っているうちに、目に見えるところも擦過傷だらけになって、ゴールデンウィーク明けの講義で、散切り頭で傷だらけになっていた小娘は、教授や助手や周りの学生に医務室に連れられた。

 それから、心療内科にしばらく入院。

 引き取り手がなかったため、入院は通常より長く続いた。

 退院後も長い間ひたすら通院して心理士との面談を重ねた。スマホは未練にならないよう、番号もSNSも新しいものに替えた。


 結局は頼りにできるひとがいない一方で、環境を変えやすい身軽な立場ならいっそ環境を丸ごと変えた方がいいとのことで、退院と同時に東京を離れた。

 受験し直すことにして、退学したのだ。


 全寮制の予備校に通っていた途中からはぼんやりと記憶がある。

 東のパーソナルスペースから、西のパーソナルスペースの狭さに慣れていった。

 浪人生活を経て京都に住みはじめたころには、大学の気質もあって、中身はすっかり前世で憧れていたおたくサイコーの境地を実現していた。


 むしろヒロインとして与えられた優れた容姿は最強だった。

 ちょっと幼くて、肌質もきれいで、太りようがない。ちょっと上目遣いをしただけで、あざとく決まる。これは推せる!

 どんな衣装も着こなすから、前世では足を踏み入れなかった遅れ咲きのコスプレイヤーと化した。

 アニメキャラでも、前世では着られなかったゴスロリでもなんでも着こなせた。わたしはそうして花開いたのだ。


 元々彼を養う気でいた。デザイナーなんて売れるまでが大変だから堅実で稼げる仕事に就こうと思っていた。

 だけど法律から経済に転科したことで、以前ほどは、前世ほどは、勉強時間も必要ではなくなった。

 関西は一年生ではなく、一回生と数え、学年や進級といったこだわりも緩いように思えた。


 前世とは異なり、家族の評判が仕事を左右する士業の父もいない。商社で働いていた今世の父ももういなくなった。

 今世のわたしは天涯孤独なのだ。

 手を精一杯伸ばすところじゃなく、品行方正なんかじゃなく、今度は手が届く生き方がしたかった。


 だから、メイド喫茶でぱりぱりと愛想を振りまきながら働いて、衣装代に突っ込む日々を送った。

 物心ついて以来、新聞もテレビの報道番組も見ない生活だなんて前世も通じてはじめて過ごした。



 そして、気がついたらお店の子達のストーカーが全員のわたしの取り巻きになっていた。

 なんでまた……。


 高校時代に起きなかったイベントが、ここでひとを変えて品を変えて発生しようとしていた。

 ゲームのなかで既視感のある現象が、いくつもいくつも起こった。

 どうしてこうなってしまったのだろう。


 誰がどう貪欲だったの。

 何の意思が働いたの。


 わたし自身は、恋愛は一対一だと思っている。

 前世でも言われ続けた妙な潔癖さが、今でも抜けていないのかもしれない。

 その潔癖さは前世のジョブでなら許されるけれど、世間一般で許されるものではない。


 物語として読むならば、甘い物語が好きで、だけど友情も大事にしたかった。


 ハーレム物も逆ハーレム物も恋愛事に付随するどろりとした要素が苦手で、昼ドラは怖い。

 現実に触れすぎた前世で、もっともっと嫌いになった。

 録画して観るだなんて、前世の職場の友人が信じられなかった。

 誘われて録画した第一話目は、開始数分でそのどろりがこわくて逃げ出してしまった。


 だから本当は乙女ゲームの攻略も苦手なのだ。

 わたしはどう考えてもヒロイン失格だった。


 乙女ゲームも知っていたのは、このゲームだけ。

 前世の小学生のころに遊んだ。

 同じグループの友達と、学校の昼休みにこっそり遊んだ。

 みんなと遊ぶためだけに、話題のためだけにプレイした。

 友達のことは大好きだった。大好きだから一緒に遊びたくて覚えた。

 ただそれだけだったのだ。


 中学受験以降はずっと勉強尽くしで、資料の山に埋もれて命尽きた。


 どうして逆ハーレムルートのように、男性の取り巻きができてしまったのか。

 それでも一度こうなってしまったのは仕方がない。

 だから、責任感をもって、なけなしのヒロイン力で彼らを育て上げることにした。


 女性受けをする服の選び方。

 立ち振る舞い。

 話題の擦り合わせ方。

 私が失敗してしまった生きやすさ。


 彼らをヒーローになぞらえると、彼らはあっさりとそれらを覚えられた。

 日々自信をつけていく彼らを見守るときにだけ、ここに生まれ変わった意義を感じた。

 そして、送り出した。


 新しい彼らに好意を抱いた、あるいは焦りを感じて飛び出してきた娘たちとの間にイベントを発生させたのだ。

 彼らを次から次へと無事に彼女という名の三次元的な新しい巣に立たせたころ、私は、致命的なミスに気づいた。

 なんと、就活に出遅れたのである。


 二十世紀とは違って、今世紀は家庭環境が就活を阻害しないシステムになったというけれど、現実ではいつだって面接で家庭環境について聞かれるものだ。

 現世の私は、両親を亡くしている。

 そもそも亡くしているからこそ、そこそこの資金はあれども引き取りたいという親戚がいなかったから、あのとき、親戚に伝手がある全寮制のあの高校に転入することになったのだ。

 そして心を病んだときも頼れる身寄りがないからこそ、東京を離れて京都にやってきたのだ。


 世のなかは、ままならない。

 たとえゲーム内の範囲の未来を予測できていたとしても、私の意思だけではままならないものだ。


 両親の死亡フラグを折りたいと願っていた。

 あれだけ幼いときから苦心していたのに、不自然なまでに劇的に亡くなった。


 わたしは絶望のなか転校したのだ。

 そして実行委員となり、校内をいつも走り回ることで、その悲しみも挫折も思い出さないよう願った。

 恋人と親友を作ることで、心の隙間を埋めようとした。


 出遅れた就職活動は、バツを積みかさねるだけだった。

 エントリーシートは超えられるのに。

 筆記試験も超えられるのに。


 一次面接のときもあれば、最終面接のときもあった。

 いつも、どこかのタイミングで家族構成を聞かれたたびにすべてが終わって祈られるばかりだった。

 わたしの名前はヒロインらしく変わったものだったから、両親は亡くなったと告げればニュースを思い出すのはさぞかし簡単だっただろう。


 だけど、亡くなった両親を今も生きているようには偽装できるわけもない。


 くやしさが募った。

 さみしさが募った。


 ヒロインの身体を得てもっとも困ることといえば、喜怒哀楽だ。

 この身体は、たやすく涙がこぼれる。

 ときに、まるで操られたみたいに、たやすく義憤を口にしてしまう。

 ただでさえ前世から、猪突猛進直情型だと言われていたのに。

 前世のわたしは正義ぶりたくてたまらなかった。

 実際正義ぶれる職に就いて、世の中そんなにきれいじゃないと知った。

 そのむなしさは今世でも、もう味わい尽くした。高校時代の私なんて黒歴史だ。


 わたしはすべての就職試験に落ちた。

 身寄りなく、留年できるはずがない。

 ましてや、就職浪人をできるはずがない。

 結局は、面接の際に家族構成なんて既往歴なんて訊かれない派遣社員として働くことになった。


 そう、コスプレに夢中になるまえに、身寄りのないわたしは社会に通用するコネクションをたくさん作っておくべきだったのだ。

 サークルでコネをつくるべきだったのだ。

 教授に紹介してもらえるようになるべきだったのだ。

 せっかくの学歴を全くこうも活かせないひとは珍しいと、就職相談室でも言われた。


 ヒロインの容姿に恵まれた。

 ヒロインの学力に恵まれた。

 ヒロインの体力に恵まれた。

 ヒロインの運動神経に恵まれた。


 職業適性検査だって記憶力はいいほうだから、嘘っぽい理想値からほんの少し社畜向けよりに動かして、統一性のある回答をするなんて簡単だった。

 年齢のことなら、この大学ならば何浪もして入学するひとも多いから問題にならない。

 そう言われたのに、それでも無理だった。


 ただヒロインの柔軟な性格は受け継がなかったから。そればかりに。


 誰が新卒正社員以上に偏差値の高い大学を出ている、新卒派遣社員を受け入れたいと願うのだろう。

 そんな聞くからに使いにくい人材を願う企業は、きっとほとんどない。


 このご時世に就職もできずに登録した派遣会社は、学歴を当たり障りないところと詐称するよう提案してきた。

 それに関してはもちろんきっぱりと断った。

 プライドが高いと嫌そうに言われても、それは雇用のトラブルとして法律相談も多い件なので、折り合えないラインだった。

 長患いのあと、前世の記憶は強くなるばかりで、かたくなさも際立ってきた。

 専門性と現実は違ったけれど、これでも前世は法曹界に籍を置いていたのだ。


 結果的に、根性があるなら誰でもいいから紹介してくれと泣きついてきた町工場に、なおざりな感じで紹介予定派遣された。

 次の検定で日商簿記3級が取れて、あとは英会話教室に通ってくれればいいというのである。

 それだけ満たした際には、正式採用してくれるというのだから、君なら薔薇色の未来くらい余裕でしょというのである。


 ヒロイン脳をもってしての結論は言うまでもない。

 簿記は年齢制限がないから早いうちから前世と同じように一級を持っていた。司法試験を受けない代わりに公認会計士のほうではなく、コスプレの合間にこつこつ科目取得していける税理士くらいはと思い官報合格していた。むしろ実務経験になれば、たしかに薔薇色の未来である。

 司法試験は税理士の上位互換だから、前世の学識もあればチートもいいところでずいぶん楽をさせてもらえたと思う。

 英語の方も元々問題がなかった。

 前世ではケンブリッジ英検のCPEを突破して、留学をしていたのだ。

 国際司法裁判所に勤めることが夢だったのだから。

 夢は道半ばで絶たれたけれど、世界最高峰の特にヨーロッパ圏で価値の高い英検は、前世の私を何度か助けてくれていたから、今回だって、まだ投げやりになっていなかった高校時代に同じように取得していた。

 語学力に助けられて働く場を得てようやく、また努力をすることを歩み出すことを自分に許せた気がした。


 しかし、むしろ最初にかかってきた国際電話はオーストリアからで、ドイツ語だった。

 フランス語ならともかく、そんなの聞いてない。話が違う。

 実際に、ドイツ語圏の他には、北欧諸言語と、英語圏からの案件が多い。

 でも、専門用語を覚えてより細やかな点まで対応できるようになるたびに、この工場のひとたちは、前世の父のように褒めてくれたのだ。


 助かったよと言われてあがる口角。

 ヒロインだからとても綺麗に笑えるけれど、その思った以上に馴染みのない筋肉の動き。


 ああ、わたしは久々に微笑んだのだと知った。


 誰だって役に立つということは嬉しい。

 必要とされることは嬉しい。


 なんだったのか分からない高校時代を過ごしてしまったから、余計にそう思える。


 やりがいなんて、こんなところにあったんだ。

 必要とされているときにこそ、ひとはやりがいを感じるのだ。

 そんなことはあまりにも基本的なことで、どうして忘れたのかをわたし自身に問いたいほどに、それは簡単なことだった。


 迷惑なことに猪突猛進に生きた前世と、それから今世を合わせて、ようやくそのことに気づけた。

 また世界が輝きを取り戻したように感じた。

 努力は楽しいことを思い出せた。

 こんなふうに生きたかったんだ。


 ここはただの町工場なんかじゃない。


 そうなのだ。

 この町工場は社長の金物への追求心が凄すぎて、いつしか世界の最先端を走っていた。

 ここ10年、世界に名だたる企業や大学からサンプル品からはじまる依頼が絶えないそうだ。

 東洋史に残る錬金術師育成所とまで呼ばれていた。


 それなのに、どういう形で対応すれば良いのか分からなくて困っていたのだという。

 手作業を大切にしたいから、大工場にはしたくないのだという。

 手に負える範囲で働きたいのだという。


 引く手数多なのに、本契約では日本語の契約書にしかサインをしないことが、直接契約を阻んでいた。

 商社をたくさん挟み、マージンをたくさん取られることが痛手となっていた。


 わたしはヒロインのかわいさを携えて、にっこりとほほ笑む。

 交渉はわたしに任せてくださいね。

 社長は酸化した金属粉にまみれた手でぐりぐりとわたしの頭をなでる。


 わたしは、わたしを必要とする場所にたどり着けた。

 最高のご縁となったのだ。


 今世では途中で折れてしまったけれど、前世では国際法規を集中的に学んでいた。

 そのためのやり方がすでに分かっているなら、前世で今世の法令の差を埋めることはそう困難ではない。

 惑わされやすい外国語の契約書のニュアンスに気づくことは、英米濠の英語に限れば慣れたことで、難しくなかった。


 この日のために生きていたのなら、それまでにも意味はあったのかな。



 わたしはバカな子供だった。


 ヒロインだなんてとんでもない。

 わたしの人生は挫折ばかりだ。

 ゲームではない現実なのだから。


 両親を亡くしたくないと幼いときからずっと足掻いた。

 でも両親の死亡フラグは結局は折れなかった。


 やっぱりゲームだと思い込んだ高校時代。

 わたしはヒロインとしての舞台を周りに押しつけた。

 だから、舞台の終わりとともに縁を切られた。

 

 その後だって、やっぱりゲームの世界なんだというぶり返しは何度だってあった。

 わたしに、現実じゃないんだという逃避がひとつもなかったとは言えない。


 でも、確かなのは、必要とされたければ真剣に生きないといけないということ。

 本当の縁はなかなか繋がりにくい。

 だからおまつり好きで、ひたすら駆け回って署名を集めて根回しにつとめた高校時代に出会ったひとたちとの縁はふたたびつながった。


 わたしがどうしてヒロインに生まれたかなんて分からない。

 前世でひたすら主役たちの舞台を観て、そして裁いていたから?

 不服としたひとに襲われたことで舞台に上がってしまったのかもしれない。


 だけど必要とされ報われた今は、今度こそやり直し人生がはじまったのだと信じたい。




 

 

~攻略メモ~

 

・攻略対象C ≪転生者≫

・お助けキャラ ≪転生者≫

・ヒロイン ≪転生者≫

 

お助けキャラは、考えた。

攻略対象Cは、考えた。

―― 生き延びるために、未来に進むために、やり過ごすために、蔑みながらも利用してやる。



【攻略対象C】 ≪転生者≫

装身具デザイナー。容姿を生かしメディア露出したことで、名を売った。

やがて、若年を売りにできなくなったころ、新素材に活路を見出した。

ところが世界唯一の製造元であり、世界一の加工技術を誇る町工場の社長が、会ってくれない。プレゼンの機会すら与えてくれない頑なさ。

あるとき与えられた書類で顔色を変えたヒロインは、社長に問われる。青い顔で「元彼なんです」と、ただそれだけを答えたにも関わらず、社長の鼻に引っかかった。くんくん。

挙句の果てには、攻略者に新素材を売った卸会社に「あいつにゃ売らんとってくれや」と電話をかける始末。意外にもこの特殊金属を数多生み出した世界的に名を誇る天才社長に嫌われてしまったデザイナーの話は業界内に広まってしまい、長らく仕入れに苦労することになる。

思わぬ因果応報もあったものだけれど、ホスト的手法でその苦難は耐えぬいた。購買者のみんなのアイドルなので、結婚はできなかったが金銭的に苦労しない一生を送れた。


【悪役令嬢C】

デザイナーの幼なじみ。デザイナーの良心によってストーリーからスピンアウト。画面の外で結婚したのちも良いところの奥様として、デザイナーを支持しアクセサリーを身につけた。


【お助けキャラ】 ≪転生者≫

元親友は家業を手伝い、秘書道を歩む。正にお助けキャラの性質を活かした道。

しかし、どうしてか二学年下の弟に、姉さんが怖いと避けられるようになった。母校関係者が多い企業からは、それとなく取引を断られることがある。

連絡が取れなくなってすぐに主人公が周りに事件に巻き込まれていないか、心配でたまらないと尋ねた件に起因する。主人公は学校行事に貢献した立役者なため思いのほか、連鎖的に消息を辿る人間が動いていた。そういうふうにして、主人公の退学と転学に至る経緯は高校内にも知られてしまったため、彼女の評価は下がってしまった。

それでもお助けキャラとしてのタレントを活かし、家業をしっかりと盛りたてた。

生涯の友と胸を張って言えるような友人には恵まれなかった。家のために最善となる結婚ではあったけれど、お助けキャラのタレントを活かし家庭は円満だった。


【ヒロイン】 ≪転生者≫

天賦の才を無駄にするタイプ。ついでいうなら資格も勉強が楽しいだけなので登録料を惜しんで無駄にするタイプ。

身寄りがないことを知った社長が養子に迎えてくれた。恩を返したくて、社長を煩わしい表舞台から楽しい製造現場に戻し、女社長として対外交渉を一手に担った。

必死で真剣でそんな様子はたくさんの取引先をトリコにして、長い縁をつないだ。そもそも彼女にかかればひとは天賦の才を解放するのだ。

久々に同窓会に顔を出せば、行事で携わってきたたくさんのひとが心配してくれていた。

そんなあるとき、契約を詰めるためにやってきた外国企業の顧問弁護士が雷に打たれたように君に恋をしたと言ってきた。ヒロインの両親はライブ中継の大きなイベント中の落雷で亡くなっているので、大のトラウマを刺激されて逃げた。ヒロインはショックすぎて両親の思い出のほとんどを忘れてしまっている。

お金より愛だと、この恋のために国を渡られ、口説かれすぎて溺愛されて、やがてほだされて家族まみれになった。もうさみしくない。

ここに国内法はもとより国際法や税に詳しすぎる町工場が爆誕する。町の商工会も頼りきり。税務署をその場で法と判例で言い負かしてしまうなんて強すぎ。神様が邂逅をもくろんだ前世からの運命は、どうやらそんなところに落ちていたらしい。


【他の攻略対象を含む母校のみんな】

主人公は親を亡くしての転校後、精力的に高校生活を送っていた。

すなわち、生徒会役員を含む上役にとっては特に地雷を踏まずに配慮もしてくれる、働き者の可愛い部下だった。外から見た分には、主人公は好感の持てるとてもけなげな良い子だった。

だからむしろ羨ましいくらいに仲が良かった恋人や親友が、大学に進学した途端に手のひら返しをしたことのほうが、同窓生たちには奇異に映った。

お助けキャラやデザイナーこそ、母校では、全く信用の置けない人物として名を馳せている。

同時に母校を同じくする親世代までにこの経緯が広く知られてしまっているので、若くして心を病んだとして主人公は就職活動では忌避されてしまったが、無事に製造業の星、天才社長のところで辣腕を揮っているのを知り、みなが安心した。

主人公の勤め先と取引のある企業だってある。オーナーサイドなのにみんな身軽に主人公に会いにきた。

主人公は愛されながら女社長をやっているのだ。

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